「最も合理的な駆動方式は」と考えると、FF(前輪駆動)レイアウト効率のよさにかなう駆動方式はないし、4WDがオールラウンドで最強の(そして安全な)駆動方式であることは言わずもがなである。
しかし、高級セダンの世界では(昨今4WD設定が増えてきたとはいえ)いまだにFR(後輪駆動)レイアウト、後輪駆動車が主流である。なぜ高級セダンはFRにこだわるのか? そしてなぜ、近年になって国産メーカー各社はFRセダンのラインアップを減らしているのか? かつてFR車両開発に携わっていた、元メーカー開発エンジニアの筆者が、「FR車のメリットとデメリット」について考えてみた。
文:吉川賢一
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■FRセダンのメリットとは?
まず初めに、FRのメリットとしては
・加速時に後輪へ荷重移動することで駆動輪のトラクションがかけやすく大トルクエンジンが搭載できる(※FFはフル加速時に駆動輪荷重が足りずにスリップしてしまう)
・フロントタイヤは操縦、リアタイヤは駆動という機能分離ができるので“ごく自然なハンドリング”がしやすい(※FFは前輪が駆動と旋回の両方を担うため摩擦円限界が狭い)
・ドライビングプレジャーを得ることができる(リアスライドが生じるギリギリを攻める“スリル”を楽しいと感じる)
などが、教科書やWEB記事によく挙げられる。
世界中のスポーツセダンの「指標」となっているBMW3シリーズ。もちろんFR(後輪駆動)であり、FRならではのよさが各所にある
上記のどれも、間違いではないが、現代のFRセダンのメリットとして、本当にそうであるか、FRでないとそのメリットは得られないかというと、実はそうとも言い切れない。
FFであっても発進時のトラクションコントロールによってすばやく滑らかに加速ができるし、そもそも4WDのほうがトラクションに優れている。また、ゴルフに代表される最新のFFは、FFであっても、最新型のラックEPSとその制御により、シャープで滑らかな「極上のステアフィール」を持っているし、「リアを滑らせてスリルを感じられるからいい」というのも前時代的だ(嫌いではないが)。
ではFRレイアウトはないのか。かつてはあったけど失われてしまったのか。
実はあまり知られていないが、FRのよさは、前述したようなものではなく、FRでしか得ることができない本質的なメリットがある。
■FRレイアウトの本質的なメリットとは?
走行中の自動車は、わずかではあるが、エンジンが絶えず上下・左右、また、ローリングやピッチングを起こすことでも、ボディに揺れが伝わっている。
例えば、加減速操作を行うと、エンジントルクの反動を受け、パワートレイン自体が数ミリ単位で「グラッ」と傾いたりもする。このわずかな動きは、微舵のハンドリングや乗り心地、ロードノイズなどのNVH(ノイズ・バイブレーション・ハーシュネス)に悪い影響を及ぼしてしまう。
これを抑制しようとして、必死でエンジンマウントを固めても、クルマに対するエンジンの傾きは抑制できても、肝心のエンジンの回転振動を拾ってしまう。
この振動をボディに伝わらないようにするためには、エンジンマウントを固めずに、エンジンマウントの位置をパワトレの重心位置に寄せたり、左右対称排気系レイアウトにして左右重量バランスを均等化したり、前後のエンジンマウント間のスパンを確保しエンジンのピッチ/ロール振動を抑制する、など、エンジンとエンジンマウントのレイアウトに関する基本的なポテンシャル設計が「キモ」となる。
「音振対策ならば遮音材や吸音材、制振材でいいじゃないか」と思うかもしれないが、それは間違いである。FRセダンに求められる要件は、「ハンドリングと快適性の高次元の両立」だ。特に、NVHは快適性へ多大に影響するため、シャシー側でNVHの基本ポテンシャルを確保しておかないと、遮音材や吸音材ではカバーしきれないし、メーカーとしても不要な対策で追加コストを使いたくはない。
こうした基本ポテンシャルを向上させやすいのが、実はパワートレインを縦置きするFR形式なのだ。
しかも、高出力ターボやハイブリッドなどの高トルクエンジンや、V6やV8などの大排気量エンジン(※パワトレ単体で400kg近くにもなる)であるほどに、このレイアウトのメリットは大きく効く。
何度も言うが、NVHは遮音材や吸音材で簡単にはカバーしきれない。エンジンマウントのレイアウトといったポテンシャルを確保しておかないと、世界一級のライバルとの戦いに生き残ることはできないのだ。
トヨタマークXや日産スカイラインなど、日本にも良質なFRセダンは数多くあった。しかし現在は人気が落ち込んでいる…
■FRセダンのデメリットとは?
では少なくとも高級車は軒並みFRにすればいいか、というと、一概にそうとも言い切れない。
当たり前の話だが、FRにはデメリットがある。
「リアデフを組み込んだリアサスのため後席や荷室レイアウトが難しくなる」、「プロペラシャフトなどの部品点数が多い」、「クルマ全体が重くなる」、「リアデフの発熱」、「前後異幅タイヤの場合タイヤローテーションができない」…等々あるが、一言でいうならば、「無駄が多くて高い」のだ。コスパが叫ばれる現代には、到底見合わないシステムである。
しかし、FRセダンを作るメーカーにとって、FRセダンには、決して捨てることができない“情緒的な価値”がある。FRセダンは自動車メーカーの花形車種であり、ベンツやBMW、ジャガーなど、FRセダンを作るメーカーには一目置かれる世界が、いまだ存在するのだ。
「伝統のFR」に挑む自動車メーカー・エンジニア達には、そのクルマを期待しているファンに応えるため、誇りをもって仕事をしている。
■まとめ
昨今、誕生し始めたフロント輪をモーター駆動する『電動4WD』(例:新型NSX)などもある。こうした新しいパッケージによって、FRセダンの駆動方式は数年以内に様変わりする可能性もある。非常に楽しみである。
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