「ドイツ車のシートは硬い」、「アメ車のシートはフカフカだ」、「海外は椅子文化だが日本は座敷文化なので、シートは輸入車にはかなわない」---クルマ好きならば一度は聞いたことがある評価だろう。では、日本車のシートについて、あなたは日頃、どう感じているだろうか。クルマのシートは、評価する視点で変わってくるものだが、「快適に移動するためのシート」として考えると、ある結論に行きつく。
以下、元自動車メーカーエンジニアの筆者がシートについて解説する。
文:吉川賢一 写真:Adobe stock、池之平昌信、TOYOTA
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■そもそも「いいシート」とは?
クルマのシートの「勝ち負け」を語るのはとても難しい。サーキットを走るクルマなのか、一般車なのか、高級車の後席シートなのか、ミニバンの2列目や3列目シートなのか、クルマが使用される道路事情や乗員の体格によって「いいシート」の定義は変わってくるからだ。
たとえば、クルマを「居住空間」としてみた場合、日本車のミニバンのシート「アレンジ」性能は世界一といえるだろう。それは、狭い道の多い日本という国のお国柄が生み出した功績である。2列目シートの大きな前後スライドや「ぺったんこ」に折り畳める機能、そしてシエンタやフリードのように3列目シートが床下へ器用に折りたたまれて消えるギミックなど、欧米人に見せれば、「Amazing!」と心底驚かれるものだ。
シートを「座る道具」として考えるのではなく、「狭い車内で快適に過ごすための装備」と考えると、そのアレンジ性能やスペース効率、細かい使い勝手の工夫など、日本車のシートは世界に類を見ない性能を持っている(写真はN-BOXのシート)
ただ、クルマを「移動空間」としてみると、少し様子が違ってくる。日本車のなかでも、世界基準で作るようになったミドルクラス以上のクルマのシートは、(現時点での快適性能でいえば)世界に出ても「負けていない」と言えるが、日本車のコンパクトカーのシートには、形状や大きさ、クッション性など、まだ改善できることは残っているように感じる。
■具体的な「いいシート」の評価軸
シート設計のポイントは、おおまかには「ホールド性(身体の保持)」、「サポート性(たわみ)」、「座り心地(柔らかさ)」、「乗り心地(振動遮断)」の4つだ。
この4つのポイントは、互いにトレードオフ性能となることが多いため、それらをどういった配分で目標設定をするのかが、シート設計の“キモ”であり、メーカー開発担当者の大切な役割となる。自動車メーカーのテストドライバーや、シート開発担当の方と話をすると、“いいシート”の条件は、「お尻をしっかりとホールドし、脇腹をサポートするシート」であることだ。
個人的な見解ではあるが、最近試乗したクルマの中で“いいシート”と感じたのは「BMW Z4」、「ベンツCクラス(標準シート)」、「クラウン」、「インサイト」、「JUKE NISMO(※本革RECAROでなく布シート)」あたり。
先述した4つのポイントのバランスが、とてもいい。
現行クラウンのシート。さすがに国内専売車種最高峰のモデルだけに、シート設計にも装備品にもお金がかけられており、また工夫や知恵も詰まっている。エンジニアの努力の結晶が現れているので、ぜひ試乗してみてほしい
逆に、座面がフカフカすぎるシートや、肩までがっちりとホールドするシート、乗降性を優先しサポートが緩いシートなど、極端なバランスに設定されたシートが日本車のコンパクトカーやミニバンで多いように感じる。短距離を移動し、頻繁に乗り降りをするような使い方をする日本では、上記の4つのポイントよりも、「居住空間としての使い勝手」を優先しているのだろう。
ひとつわかりやすい事例を挙げる。いま爆発な人気の新型RAV4。実際に乗り込んだことがある方は実感されたかもしれないが、このRAV4の前席シートはとても大きく、脇腹のサポート、腰回りのホールド、ヘッドレストの高さなど、我々日本人の平均体格には若干あっていない。
これはRAV4が海外を基準に開発しているクルマのためだ。
RAV4は今や世界中で販売されているクルマであり、米国人体格のAM50(175cm78kg)で設計するワールドルールに従っている。ドメスティックな日本人体格のJM50(165cm65kg)は合わせてもらえていない。これはグローバル販売を主体とするクルマの注意点でもある。
2019年4月に日本市場で発売となった新型RAV4。売れ行きは絶好調で、発売後1カ月の受注が月販目標台数(3,000台)の8倍である約24,000台であったと発表された。しかしシートはあくまで米国基準設計。もちろん、グローバル販売車種であったからこそ車両本体価格を安く抑えられており、だからこそ売れているのだろうけど……うーん、ちょっともやっとする話
■まとめ
快適に遠くまで移動するための“最適なシート“は、自動運転がレベル4やレベル5に移行する時代になると、また変わっていくだろう。クルマのシートは今後、どのように進化していくのか、元メーカーの”乗り心地設計屋“としては、非常に楽しみである。
■【まだあるシートのあれこれ話】メーカーはシート開発を丸投げしているって本当?
「シート開発はサプライヤに丸投げしている!」と指摘する記事がよくあるが、それは半分間違っている。
生産ラインへ納品するシート製作はシートサプライヤだが、シートの設計仕様を提示するのは自動車メーカーだ。元自動車メーカーエンジニアである筆者の経験の範囲では、完全に丸投げしたという事例は聞いたことがないし、シートに対する設計思想がないと、クルマのコンセプトからかけ離れた“ちぐはぐな”シートになりかねない。
実際には、シートサプライヤの社員が自動車メーカーの社内で、メーカー社員と“座席を並べて”開発していることが多い。シート開発は、自動車メーカーとシートサプライヤとの協業によって行われているが、決して“丸投げ”などはしていない。
■シート開発の裏事情
実は意外と知られていない事情として、ひとつの自動車メーカーで2,3種のシートフレームを使いまわししていることがある。高級セダンとミニバンの基本となるフレーム構造が同じだったという事例もある。共用化によるコスト低減が目的だが、その時代のあらゆる基準を満たした「BESTなシートフレーム」を開発し水平展開している。ただし、より厳しい基準に合わせる上位互換が必須なので、性能には申し分ない。
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