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第7回:世界を「制覇」したフォルクスワーゲン・タイプ1

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第7回:世界を「制覇」したフォルクスワーゲン・タイプ1

近代史家たちは、しばしばこう言う。「高速道路アウトバーンと国民車フォルクスワーゲンは、ヒトラーが生み出した数少ない有益なものである」と。

アドルフ・ヒトラーと彼の率いるナチス政権は、周辺諸国に対しては拡大主義的野心を次々と満たしていく一方で、インフレや軍費偏重による国民の不満を払拭するポピュリズム政策の一環として、まずは第3帝国内を網羅する高速道路網「アウトバーン」の建設を推進、さらにアウトバーンを走るためのクルマ、それも一握りの富裕層を対象としていた当時の高級車ではなく、ドイツ国民であれば誰もが乗れる安価な乗用車、すなわち「国民車構想」をブチ上げた。

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この時代、ドイツの自動車メーカーは「ドイツ帝国自動車産業連盟(RDA)」という国家主導の統一団体に義務的に参加しており、RDA加盟各メーカーは、この国民車構想に沿って、それぞれ小型車の設計・開発に挑んだのだが、ヒトラーの目にとまったのは大メーカーではなく、小さな設計事務所を主宰するいちエンジニアの革新的な提出案だった。

このエンジニアこそ、2000年に選定された「カー・オブ・ザ・センチュリー」エンジニア部門において20世紀最高の自動車設計者として表彰されたフェルディナント・ポルシェ博士である。それがのちに自分を「ナチス協力者」として断罪されかねない事態を招くことになるとは思いも寄らず、博士はヒトラーとの出会いを千載一遇の好機と無邪気に喜んでいたという。そしてポルシェ博士の国民車プロジェクトは、1934年6月「国民車生産に関する正式調印」を経て国家承認のものとなり、いよいよ本格的開発に移る。

ポルシェの設計思想は、大型車を単純にスケールダウンしたものが多かった当時の小型車設計の常識とは完全に別物で、空冷リア・エンジンや4輪独立懸架のシャシー、流線型のボディなど、極めて高度かつ個性的なものだった。同じく国民車コンペに参加しつつも、ポルシェ案に敗退したオペル社の主任設計者、ハインリッヒ・ノルトホフは、ポルシェ試作車のリアに置かれる総軽合金製フラット4ユニットを「まるで航空機エンジンのようで、量産車用には過剰品質」と批判したという。

それでもポルシェ博士は、約3年に亘る開発期間を経て、1938年のベルリン・モーターショーに、このクルマを「KdF」としてデビューさせる。KdFとは、「喜びを通じての力(歓喜力行)」のイニシャルで、工場の所在地もKdF市とされた。KdF車の購入を希望するドイツ国民は毎月5マルクずつ積み立て、それが990マルクに達したら車両が引き渡される。一方KdF工場の生産費用は、国家保証のもとにその積立基金で賄うというシステムが採用されていた。

ところが、この翌年にドイツ軍がポーランドに侵攻したことから、ついに第2次大戦が勃発、KdF工場は軍需に転用された上に、40台あまりが作られたといわれるKdF完成車たちも、有名な「キューベル・ワーゲン」など、軍用モデルのテストに供されてしまうことになる。結局、夢のマイカーを手に入れるべく爪に灯を点して資金を積み立てたドイツ国民のKdFへの思いは、無残にも破られてしまったのである。

1945年4月、ドイツの無条件降伏によってヨーロッパでの第2次大戦が終結し、ドイツは連合軍の統治のもとに戦後復興に向かう。KdFはイギリスをはじめとする連合軍に向けて、戦争のばく大な賠償金の一部を肩代わりするものとして引き渡されることになり、1945年中には早くも1785台ものKdF車がラインオフされた。空爆を受けて無秩序状態にあったKdF工場を立て直して生産体制を築く、という特命を帯びてイギリス軍から派遣されたアイヴァン・ハースト少佐の、献身的な努力の功績であった。

ところが当時の連合軍上層部たちは、あまりに先鋭的なKdFの真価が見抜けず、このクルマの将来には難色を示していた。そして工場とその設備は、実は別の自動車メーカー、とくに米英両国に影響力の強い北米ゼネラルモーターズ系の企業であったオペルへの譲渡が画策されていたという。しかしハースト少佐は、当時のあらゆる小型車よりもハイレベルな技術を備えていたKdFのポテンシャルに気付き、その存続を連合軍の関係各機関に訴えて説得、その結果、KdFの生産続行が決定されたという。

そしてこの時期に、KdFという暗い影が付きまとうプロジェクト名は放棄され、国民車を意味する「フォルクスワーゲン(Volkswagen:国民の車)」と改名された。その第1作である2ドアセダンはシンプルに「タイプ1」と命名された。加えて、生産拠点であるKdF市も「ウォルフスブルク」市へと改名されたのである。

プロジェクト再建の功労者であるハースト少佐は、1947年末をもって英国軍内での任務を終え、ウォルフスブルクを離れる。そして少佐に代わって、1948年1月1日付で工場責任者に就いたのは、KdF時代にオペルの技師としてこのクルマに厳しい評価を下していたハインリッヒ・ノルトホフその人であった。しかし、かつてはライバルとしてKdFを酷評したはずのノルトホフは、一方では、フォルクスワーゲンの持つ無限のポテンシャルも確信していた。

彼は、まずフォルクスワーゲン社を連合国の管理下から独立した民間企業へと転換する手続きを始めるとともに、この時期から早くも世界進出を目論み、輸出や海外生産にも積極的に乗り出すなど、果敢な企業姿勢を打ち出していく。そして、ノルトホフが社長在任中に逝去する1968年までに、フォルクスワーゲン社は、欧州最大級の自動車メーカーへと成長を遂げることになる。

かくしてフォルクスワーゲン・タイプ1は、本国ドイツを筆頭に、南極を除く全大陸の21カ国で生産され、2003年7月30日、メキシコの「フォルクスワーゲン・メヒコ」ブエブラ工場にて、最後のVWタイプ1がセレモニーとともにラインオフされるまでの累計の生産台数は、なんと2152万9464台に及んでいた。

ガソリン自動車の活動し得る環境の土地ならば、この地球上の隅から隅まで、「ビートル」ことフォルクスワーゲン・タイプ1が足を踏み入れていない国など、恐らく存在しないと見て間違いあるまい。ポルシェ博士の素晴らしい基本設計はもちろんだが、終戦後にこのクルマの潜在能力を認め、献身的に働いた2人の「中興の祖」の貢献も忘れてはならない。

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