この記事をまとめると
■俳優でレーシングドライバーのポール・ニューマンはボルボのワゴンを好んで愛車としていた
この四角感がたまらん! いまクラシックボルボが若者の間で流行しているワケ
■過去に所有していた3台のボルボはいずれもエンジンを高性能なものにスワップしていた
■ボルボV90にはコルベットZ06のエンジンがスワップされ「ボルベット」と呼ばれていた
カーガイのポール・ニューマンが愛したステーションワゴン
ニューマン物がまたまたオークションで高額落札! というニュースを聞けば、ちょっと知ってる方なら「ロレックスのクロノグラフでしょ」となるかと。俳優とレーサーといういまでいう二刀流だったポール・ニューマンは、レースの際に好んでロレックスのクロノグラフ「デイトナ」を身に着け、それはのちに「ニューマンモデル」として珍重されることに。実際に彼が身に着けていたデイトナは、20億円という時計として史上最高値で落札されています。
が、今回はクルマ、しかもボルボのステーションワゴンというなんともニューマンに似つかわしくない地味なもの。それこそ、彼が乗ったSCCA仕様のダットサンとか、ニューマン・スカイラインなら納得なんですがね。
ところで、ポール・ニューマンは自らの名を冠したドレッシングやパスタソースを販売していたこともご承知のとおり。料理が趣味でもあったニューマンは、俳優業がスランプ(成功作に恵まれなかった)だったころ、冗談半分で「ニューマンズオウン」という会社を設立し、自らのレシピによる商品を販売し始めたのです。これらはオーガニックなんて言葉が流行る前から天然素材を活用したもので、予期せぬ大ヒットとなったのです(実際のところ、まあまあ美味しいです)。
で、ニューマンは試作品をどしどし作って工場へと自ら運んだというのですが、その際のアシがボルボのステーションワゴン「740」だったのです。が、740の鈍足ぶりに嫌気がさしたニューマンは、さすがレーシングチームを持っていただけあって「そうだ! エンジンスワップしちゃえ」と思いつきました。
アメリカは車検制度が我が国と違うため、エンジンの換装はわりとポピュラーなカスタム。とはいえ、主流はマッスルカーとか商用トラックのエンジン。さらに、当時のボルボはアメリカではブサイク、不格好とネタになるようなメイクスだったのに、なんとも思い切ったアイディアではありませんか。
で、選ばれたエンジンはビュイック・グランドナショナルに積まれていた3.8リッターのV6ターボ! およそ300馬力を発生するエンジンに、トランスミッションはポンティアック・ファイヤーバードの5速マニュアルがコンバインされ、にわかにニューマン740は「フライングブリック(空飛ぶレンガ)」へと生まれ変わったのでした(ちなみに、フライングブリックの祖先は1984年からヨーロッパツーリングカー選手権を破竹の勢いで突き進んだ240ターボ)。
もちろん、空を飛ぶような勢いですから、サスペンションやタイヤも強化パーツがおごられたのはいうまでもありません。それでも、ニューマンのセンスの良さはボディに妙な手を加えなかったことでしょうか。派手なエアロパーツはもとより、これ見よがしなエキゾーストパイプなど突き出していないところなど「さすがに、わかってらっしゃる」感じです。
もっとも、ほめるべきはボルボの堅牢なボディワークでしょう。重くて大きな鋳鉄ブロックをエンジンベイに乗せて、しかも社外のミッションケースを収納してもしっかり走ってくれたのですから。で、これに味をしめたニューマンは2台めのボルボ・ステーションワゴンに手を出すことになるのです。
コルベットZ06のエンジンを載せた「ボルベット」
1995年、アメリカのTVショー司会で有名なデヴィッド・レターマンのもとにポール・ニューマンから電話がありました。「またボルボのワゴンを買ってきて、今度はフォードのV8積もうと思うんだけど、君も1台どうかね」とのお誘い。レターマンは「冗談じゃない、あのエンジンはちっちゃなピアノほどもあるんだ。エンジンルームを広げないとダメだろう」と一蹴したものの、結局は一緒になって960ステーションワゴンを購入したとのこと。
※写真はノーマルのボルボ960ステーションワゴン
スワップされたのは当時のマスタングが使っていた5リッターのV8ユニットで、コンバース・エンジニアリングというマニアックなファクトリーがキットとして販売しているものでした。コンバースによれば、フォードのV8を選んだのはディストリビューターの位置がボルボのフロントフードに収まるからだとしています。そして、コンバースからはスーパーチャージャーも89ドルのオプションパーツとして売られており、ニューマンは迷わず装着したとのこと。
当然、オリジナルの740よりもパフォーマンスは上まわり、0-60mphは7.4秒で、最高速は145mph(およそ233km/h)となり、これはストックの740ターボや850ターボを余裕でぶち抜くもの。コンバース氏はニューマンが100km/hオーバーでカウンターステアをあてながらコーナリングする助手席に座っていたとのことで、「じつに楽しそうでした」と回想しています。
さて、冒頭のオークションに出品されたボルボは前述の2台ではありません。じつはニューマンは3台目のボルボをプレゼントされており、この最後となったV90がちょうど出品中なのです。
ご存じのとおり、ポール・ニューマンは2008年に83歳で没しています。この晩年にニューマンのチームが「最後のボルボワゴン」としてチューニングカーをプレゼントしました。V90をベースとしたのはそれまでのニューマン流を踏襲していますが、スワップしたのはコルベットのLS-2 V8、すなわちC6に積まれた6リッターのエンジンで、後のZ06でも採用された、言わばコルベットにとって伝家の宝刀かのようなユニット。
これをもってして、V90はついにV06「ボルベット(Volvette)」なるニックネームが付けられたのですが、アメリカ人らしい悪ノリというか洒落っ気もいいところ。ちなみに、それまでのボルボはマニュアルミッションでしたが、さすがにニューマンの年齢もあったので6速ATとなり、また重量級エンジンのために、フロントサスペンションはポルシェから流用したとのこと。
泣かせてくれるのは、チームがダッシュボードに貼ったプレートで、そこには「This should get you to the grid on time from the team」とあり「これで時間通りにグリッドに着けますよ」と遅刻魔だったニューマンへメッセージを贈ったこと。
残念ながら、ご本人は病魔との闘いで存分にボルベットを楽しめなかったようですが、クルマ好きにとってはロレックスなんかよりずっと価値あるストーリーを遺してくれたのではないでしょうか。
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