■かつてのスバル車が奏でた「ボクサーサウンド」の正体とは?
スバルの「水平対向エンジン」は、誕生から約60年もの長きにわたり、スバルが主力エンジンとして進化させてきました。そのため、「スバル=水平対向エンジン」というイメージを持つ人も多いでしょう。
2019年に「EJ20型」と呼ばれる主力エンジンは生産を終了しましたが、現在でもスバル車は水平対向エンジンを搭載しています。
スバル以外では、ポルシェも水平対向エンジンを採用していますが、このエンジンは、ピストンの動きがパンチを打ち合うボクサーの動作を連想させることから、「ボクサーエンジン」とも呼ばれています。
かつてのスバル車は、このボクサーエンジンから発せられる「ボクサーサウンド」とよばれる独特なサウンドを奏でていましたが、近年のスバル車ではその音は聞かれなくなっています。それはなぜなのでしょうか。
水平対向エンジンの構造上、各シリンダーから最短でエキゾーストマニホールド(以下、エキマニ)を繋ごうとすると、エキマニの長さが均等にならず不等長になります。
そのため、各エキマニの排気が集合する部分でぶつかって「排気干渉」という現象が発生し、それが独特の「ドコドコ」とした排気音になっていました。
これがボクサーサウンドと呼ばれ、スバルの熱狂的なファン(スバリスト)からは個性として好意的に受け止められてきました。
しかし、このボクサーサウンドが万人に受けていたとはいいがたく、2003年あたりからは「等長エキマニ」を採用することが増えたことから、ほかのガソリンエンジンと同じような静粛性を確保する代わりに、独特のボクサーサウンドが聞けなくなっていったのです。
スバルの前身は第二次大戦前の「中島飛行機」という航空機会社でした。同社は、航空機用のエンジンとして、放射状に配置されたピストンが向かい合って動く「星形エンジン」を開発。このエンジンから発想を得て、自動車用の水平対向エンジンが生まれました。
1966年に誕生した「スバル1000」に搭載された「EA型」と呼ばれるスバル初の水平対向エンジンが開発され、長らく基幹エンジンとして採用されてきました。ただし、この「スバル1000」は等長エキマニを採用していました。
その後、世界に通用する走りを目指して基本設計から刷新された「EJ型」水平対向エンジンが開発さ、ステーションワゴン&4WDブームを巻き起こすほどの大ヒットモデルとなった初代「レガシィ」に搭載されたことで、一気にメジャーな存在になります。
そして、このレガシィが「不等長エキマニ」を採用したため、あの独特のボクサーサウンドも広く知られることとなりました。
レガシィでは初代から3代目あたりまで不等長エキマニを採用していましたが、ツインスクロールターボや電子制御スロットルの搭載などと合わせて排気干渉を解消させ、燃費効率の向上を目指した4代目から等長等爆エキマニへとスイッチしたのです。
■高性能の証だったボクサーサウンドと引き換えに得たものとは?
水平対向エンジンは、低重心・高剛性・理想的な左右の重量バランスを実現しやすいという特性があり、ショートストローク化によって高回転が得意で馬力を追求できるのが特徴です。
そのため、1990年代の「インプレッサ」は、ターボ付きとはいえ2リッターで280馬力を発揮するなど、抜群のハイパワーが自慢でした。
しかし水平対向エンジンは、部品点数が多い上に排気類の取り回しが複雑になりがちで、生産コストが高いというデメリットもあります。また、日常での使い勝手を考慮して低回転でもトルクが出しやすいロングストローク化には向かない構造といわれています。
さらに横方向に一定の幅が必要となる上に、エアコンやパワステなどの補器類までを狭いエンジンルームに収めなければならず、結果として整備性が悪くなってしまうというデメリットもありました。
不等長エキマニならではのボクサーサウンドという個性を手放してでも、ハイパワーとスムーズさの両立、燃費や静粛性という環境性能など時代のニーズに応える必要があったのです。
それでも、レガシィはもちろん、弟分であるインプレッサも2代目の途中までは不等長エキマニを装着し、その高性能の証としてボクサーサウンドは多くの人に愛されていました。
この独特の排気音は、クルマ好きにはたまらない、力強いビートの「ドコドコ」した音質で、アメリカのマッスルカーなどで人気のV型8気筒エンジンの「ドロドロ」に通じる、エンジンの鼓動をはっきりと感じさせるものでした。
ボクサーエンジン自体はまだまだ続いていくでしょうが、燃費効率に悪影響が出やすい排気干渉を起こす不等長エキマニをスバルが今後採用するとはいいがたい部分もあります。
しかし、現代のスバル車でボクサーサウンドを楽しみたいという人は、社外品の不等長エキマニを装着するという方法があります。
例えば、アフターマーケットには、カスタムメーカーから「BRZ/86」用に開発された「不等長エキゾーストマニホールド」が販売されています。
エキマニをあえて不等長にすることで意図的に排気干渉を起こし、ボクサーエンジンらしい「ドコドコ」を再現することを可能にしたマフラーが開発されること自体、いかにボクサーサウンドを堪能したいユーザーが多いかがわかる証拠ともいえます。
※ ※ ※
スバルがボクサーサウンドという個性より、静粛性や燃費性能を追求するためには、製造に手間のかかり、レイアウトが難しい等長エキマニを、あえて採用することによりスムーズな回転を確保する必要があったのです。
ボクサーサウンドはすっかり大人しくなりましたが、ボクサーエンジンはまだまだ魅力的で独特の個性を持っています。
クルマは常に進化を続けてきました。その過程では、時代のニーズに合わせて変化しなければいけないものもあり、ボクサーサウンドの消滅はそのひとつだといえるでしょう。
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