ホンダが新たに投入したBEV(バッテリー式電気自動車)の「N-VAN e_」は、かつてない乗り味の軽商用バンだった! 今尾直樹がリポートする。
大きな荷物も比較的簡単に出し入れ出来る!
日産ファンの熱い期待に応えたミニバン──新型セレナ オーテック・スポーツスペック試乗記
ホンダの軽商用バン、N-VANのEVバージョン、N-VAN e:(エヌバン・イー)の試乗会が神奈川県横浜市のみなとみらい地区で開かれた。「とってもイー!」と、筆者は思った。騒々しくて遅い軽の商用バンが電動化によって、静かで速くて快適な乗り物に変身したのだ。これはショック。ショッカーである。イーっ!!
まずもって、N-VAN e:の成り立ちを簡単に説明しておこう。N-VANのプラットフォームは、ホンダの大ベストセラー、「N-BOX」と、基本的に同じで、運転席の下のフロアに薄型の燃料タンクを配置するセンタータンク方式を採用している。その燃料タンクの位置に薄型リチウムイオンバッテリーを、フロントに横置きする660cc3気筒エンジンに換えて、小径モーターとその上にインバーターを載せて小型化を図った新開発のPU(パワーユニット)を搭載する。エンジン版N-VANのパッケージングを最大限活かすべく、前輪駆動が採用されている。
そもそもN-VANというのは助手席側のセンターピラーがない、ピラーレス構造になっている。それゆえ、助手席側のドアと、その後部スライドドアを開けると、どど~ん、と爽快なまでにでっかい開口部があらわれる。もちろんテールゲートも備えていて、配送や大工さん等、仕事に使われる方は後ろから横から、どうぞ。と、大きな荷物も比較的簡単に出し入れができる。
おまけに「ダイブダウン機構付き助手席&リヤシート」という仕組みを備えている。これは後席と助手席を倒すと、運転席を残してフラットなフロアがどど~ん、と出現するという賢いもので、バイクも載せられるし、車中泊もできたりする。使い方はいろいろゆえ、ホビー用としても人気があるらしい。本欄でも4月に取り上げたN-VAN FUN特別仕様車 STYLE+NATUREはまさにホビーを意識した仕立てだった。EVになっても、このダイブダウン機構付き助手席&リヤシートを維持する。そのための工夫がフロントのコンパクトなPUと、前後席の床下に配された薄型リチウムイオンバッテリーを含むIPU(インテリジェント・パワー・ユニット)なのだ。
一充電走行距離は十分一充電走行距離は245kmと長くはないけれど、たとえば、日産の軽EV、「SAKURA」や軽商用バンの「クリッパーEV」の180kmを上回っている。これはAESC製のバッテリーが1世代新しいからという。ただし、WLTCモードで245kmはベストの航続距離で、リアル・ワールドで245km走れるとは限らない。安心してください。ホンダの調査によると、宅配便の1日の走行距離は開発の拠点のある栃木県宇都宮界隈で90~100km、東京の中野辺りで50kmぐらいだという。であるなら十分実用になる。というのは、先行する他社の軽EVが実証済みかもしれない。
バリエーション展開は、商用向けのe:Gとe:L2、一般向けのe:L4とe:FUN、の全部で4タイプ。e:Gはひとり乗り+荷室、e:L2はふたり乗り+荷室で、配送業やサービス/メインテナンス業での使用を想定している。商用向けということで、ホンダの法人営業部と新車オンラインストア「Honda ON」での限定販売、リース契約のみの取り扱いとなる。
自家用車兼用の個人事業主、および趣味グルマとして使われることを想定しているのがe:L4とe:FUNで、こちらはふつうに購入できる。どちらも4人乗りではあるものの、ベーシックなe:L4の後席にはヘッドレストが省かれている。e:FUNはガソリン版同様、LEDの丸型ヘッドライトにベージュ内装が採用されるなど、レジャー向けを意識した仕立てだ。価格は22万円違うけれど、後ろにひとを乗せる機会が多いようであれば、後席にヘッドレストが備わるFUNを選んでおいたほうが後悔はなさそうである。
モーターの最高出力は、e:Gとe:L2は39kW(53ps)、e:L4とe:FUNは47kW(64ps)と差別化されている。これはちょうど、エンジン版の自然吸気とターボ、それぞれの数値と同じだ。ただし、最大トルクはどちらも162Nmを発揮する。ちなみにエンジンの自然吸気は64Nm、ターボでも104Nmだから、その違いは大きい。プラス500cc以上の余裕がある。
車重は筆者が試乗したe:L4で1130kg。e:FUNは1140kgある。エンジン版と較べると200kgほどの重い。重い電池に加え、衝突時に電池を保護するためのフレームの追加、車重増に合わせて1インチアップの13インチのホイール&タイヤを採用していたりもするからだ。
大地に根が生えているみたいな安定感、安心感がある。室内は質素である。運転席まわりではレバー型だったギヤのシフターはホンダのハイブリッド車でお馴染みのボタン型にあらためられている。着座位置は高く、見晴らしはたいへんよい。フロント・ガラスはほぼ直立しており、ずいぶん高いところまで上に伸びている。スターターのボタンを押すと、電池のエネルギーは満タン、航続可能距離は208kmと液晶画面に表示された。245kmではないのは、それまでの走行パターンも含めての予測の数値だからだ。
ブレーキをゆるめると、ゆっくり動き出す。アクセルを軽く踏むと、エンジンが唸ることなくスッと前に出る。駆動系のスムーズで静かなことも印象的だ。さすがEVである。
それと乗り心地のよさに驚いた。軽商用バンというのはたいていリヤが跳ねる。N-VANの場合、最大積載量350kgを積んでも大丈夫なように脚がセットされている。走り出して、ポンポン跳ねるぞ。と、思っていたら、ぜんぜんそうではない。しっとり落ち着いている。サスペンションは車重増に合わせて、自然吸気モデルよりバネとダンパーの最適化を図っている。つまり硬くしている。それなのに、跳ねない。バッテリーが積荷代わりになっている。搭載位置が前席と後席の床下ということで、低重心につながってもいる。電池保護のためのフレームもボディ剛性アップに効いているはずだ。全高1960mmと、2.0mに届きそうな背の高さで、しかも全幅1475mmという軽の枠に閉じ込められた狭いトレッド、というプロポーションなのに不安定感はない。大地に根が生えているみたいな安定感、安心感がある。
内燃機関と違って微振動がまるでないのもEVの特徴だ。ガバチョとアクセラレーターを開けても、ヒュ~ンッという人工音は聞こえてこない。ただロードノイズのみが高まる。信号待ちからゼロ発進加速を試みると、全開加速をしなくとも十分速い。これはいきなり最大トルクを発揮するモーターの特性による。全開にすると、加速がサチュレート(飽和)してしまう感が出てしまう。開発者によると、0~100km/hの数値はN-VANのターボと同程度。
けれど、エンジンとは違って静かで、しかも加速の初期の立ち上がり方が違う。0~50km/hが速い。162Nmの最大トルクの出方も絶妙で、ものすごく乗りやすい。横浜の山手町、港の見える丘公園へと向かう急な上りの地蔵坂もなんのその。急な下り坂は、B(ブレーキ)レインジに切り替えると、エンジン・ブレーキと同様の効果が得られる。
もちろん充電スポットの数が少ないとか、急速充電でも30分かかるとか、あるいは発電そのものをどうするのか、というEVにかかわる大問題は依然として藪のなかである。
とはいえ、うるさくて遅くて振動だらけの軽商用バンがEV化によって、静かで快適で、よく走る乗り物に変身したのだ。働く人にとって、これ以上の朗報はない。趣味グルマにしようという人は、時間のかかる充電もまたよきかな。充電スポットが見つからないワクワクドキドキもまた楽しきかな。
価格はe:L4で269万9400円、e:FUNで291万9400円。国からの補助金が55万円、事業用の黒ナンバーだと約100万円もらえる。さらに各自治体からの支援制度もある。要チェックである。イーっ!
文・今尾直樹 写真・小塚大樹 編集・稲垣邦康(GQ)
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みんなのコメント
大手なら複数台用意して一台は常に充電スポットに繋がっていてスタンバイ、って使い方も出来るが赤帽のような個人事業主だと難しい。
赤帽とかはたまにチャーターで遠距離走ることもあるし。