イタリアにおけるVW
フォルクスワーゲン(VW)といえば、いわずと知れたドイツ発祥のブランドである。しかしイタリアにも根強いファンがいる。背景にあるのは独特の歴史だ。きっかけはゲルハルト・リヒャルト・グンパートという人物だった。1940年に駐イタリア・ドイツ大使の公設秘書としてやってきた彼は、赴任地にすっかり惚れ込んでしまった。そして第二次大戦後の1954年、VWの輸入代理店「アウトジェルマ(現VWグループイタリア)」をボローニャに興す。取り扱い車種は当時唯一のモデルであった初代ビートルだった。同社の社史にはグンパートの積極性も記されている。自らの足でイタリア半島をめぐり、ディーラー網を開拓した。同時にアフターサービスは販売以上に大切であると信じていた彼は1965年、ヴェローナにパーツセンターを設けている。アウトジェルマは1970年に(以下アウディ、ポルシェと合わせて)約8万2千台、81年には10万台の販売を達成。90年には24万1718台を販売するとともにイタリア国内市場で10%のシェアを獲得するに至った。
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いっぽう、イタリア屈指の初代ビートル用パーツ専門店「デイ・ケイファーサービス」を中部シエナ県で経営するジョヴァンニ・デイ氏(1947年生まれ)は、別視点からイタリアにおけるVWを解説する。「後年の高い知名度と裏腹に、60年代のイタリアで初代ビートルの人気は限定的でした」。多くの一般人にとっては、国産車であるフィアットのほうが身近であったのだ。「第二次大戦中におけるドイツとの複雑な関係からも、ビートルは、けっして万人に歓迎されるものではありませんでした」とデイ氏は証言する。しかし、やがてビートルの高品質に価値を見出した人々が、徐々に増え始めた。「当時イタリア車のメカニックだった私の目にも、ビートルはクオリティに対して十分お得に映りました」。それゆえ、今日の仕事を始めたのだという。“おねだん以上”だったのである。
セミと大合唱
今回紹介するイベントは「レジェンダリー・インターナショナルVWミーティング」という。空冷VWを中心とした1983年創立の愛好会「マッジョリーノ・クラブ・イタリア」と、前述の「デイ・ケーファーサービス」が中心となって、例年7月に間催している。彼らによれば、連続開催のVW系イベントではイタリア最古で、2023年に第37回を迎えた。ちなみにmaggiolinoとは、昆虫のコフキコガネを表す。イタリアにおけるビートルの愛称である。毎年集合場所はフィレンツェから南に約50キロメートルにあるスタッジャ・セネーゼ村である。3日間の会期中テント滞在をする参加者のために、地元のサッカー場を使ったキャンプ用サイトも設けられる。2023年の参加台数はドイツなど越境組も含め約190台だった。筆者が取材したのは最終日にミニツアーの目的地として企画されたキャンティ・ワイナリー「イル・チリエージョ」だった。
午前11時、トスカーナのなだらかな丘の向こうから、エントラントたちがやってきた。カメラを向ける筆者に、歓喜に満ちたホーンを鳴らす。パーキングで筆者が観察したところ、主に参加者は3タイプに分類できた。1. 歴史探求派 : 空冷VWの歴史や設計思想、シンプルな構造に共鳴して“入信”。2. カルチャー派 : 1960-70年代のヒッピー文化・ノマド文化への憧れ。当時実現できなかった、もしくは若すぎて免許取得年齢の頃にはブームが終わっていた人たちが青春を取り戻すべく実践。3. 魔改造派 : アメリカ風空冷VWのカスタマイズを楽しむ派。ローライダー風に加え、敢えて錆を浮かせたダメージド風もみられる。
音のアルバム
かくも空冷VWは、多様な楽しみ方ができ、かつ日常乗りも可能なヒストリックカーだ。その愛好者たちが、3日にわたって、イタリア流田舎料理を味わいながらひたすらおしゃべりを楽しむ。それがレジェンダリーVWミーティングなのである。最後に個人的なことをお許しいただければ、当日最も感動したのは、エンジン音だった。筆者が少年時代を送っていた1970年代、我が家のクルマはビートル1300だった。正直にいえば、空冷フラット4のブリブリ音は苦手だった。上信越道がなかった頃、毎夏旧盆に父の帰省で辿る国道18号は大渋滞していた。冷房がなかったので、窓を常に全開にしていなければならず、ブリブリはさらに増幅された。周囲の静かな水冷エンジン車が羨ましかった。今回の参加車がセミの鳴き声とともに奏でたブリブリの大合唱は、国を越えても同じだった。世紀をまたいでも同じ音色。かつての“苦行”を美しい思い出へとコンバートしてくれた。国を越え、世紀を越えても同じ音であることに心動かされたのである。電動化にともなって、将来クルマの音はインバーターや車両接近警報装置が発するものになるのかもしれない。そうしたなか、空冷VWのエンジン音は筆者にとって、貴重な音のアルバムなのであることを認識したのだった。今回動画で敢えてBGM部分を最小限にしたのは、そのきっかけとなった“ブリブリ”を、読者諸氏にも堪能していただきたかったからに他ならない。
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