今、自動車メーカーは脱炭素化に向けた次世代エネルギーを利用した、エンジンの新しい可能性を探っている。だが、たとえばトヨタMIRAIに使われる水素エンジンは水素を燃料とするので理に適っているが、保管や運搬方法など課題は山積みだ。
今回は、水素エンジン、合成燃料、そして微細藻類を培養して作るバイオ燃料。3つの次世代エネルギーの特徴と課題に迫る!
もはや立ち入る隙はない? EV含め全方位開発に邁進するトヨタが牙を剥いた相手は誰か!?
文/高根英幸、写真/TOYATA、HONDA、MAZDA、AdobeStock
[gallink]
■高圧で圧縮した水素で、十分な動力性能と驚異的な航続距離
2021年シーズンのスーパー耐久で、水素燃料で走るカローラスポーツが快走している。トヨタの水素エンジンがメキメキと熟成して、エンジンの新しい可能性を感じさせてくれることを喜んでいるクルマ好きは多いのではないだろうか。
自動車メーカーでもトヨタ以外に、ヤマハや川崎重工が水素エンジンのオートバイを開発中で、ヤマハは2018年にトヨタからの依頼で水素エンジンを開発しているから、すでにノウハウはある程度もっているようだ。
しかし水素は最も軽い元素なので、エネルギー密度が小さいのが難点だ。そのためエネルギーとして使うには、大量に使う必要があり、そのためには密度を高めなくてはいけない。
トヨタMIRAIなどのFCVでは、70気圧という途方もない高圧で圧縮した水素を溜め込むことで、十分な動力性能と驚異的な航続距離を両立させている。
水素はエネルギー密度が低いため、エネルギーとして使用するには出すには膨大な体積が必要になる。トヨタMIRAIなどは高圧で圧縮することでエネルギー密度の低さをカバーしている(epitavi@AdobeStock)
水素は地球上にほぼ無尽蔵にあり、ガソリン車もディーゼル車も炭素と水素を酸素で燃焼させているのだから、水素を燃料とするのは理に適っているように思える。量産車に採用した場合、水素エンジンをモーターと組み合せたハイブリッドとすることで、大幅に燃費を向上させることもできるだろう。
けれども、水素という気体を燃料とすることには他にも課題は残っている。再生可能エネルギーによる電力で水を電気分解して水素を作ればほぼゼロカーボンになるが、コスト面で実現可能になるのは、まだかなり先のことだろう。
水素を保管、運搬する方法も色々考えられている。しかしパーソナルなモビリティとしてはまだ現実的ではない、というのが現状だ。
だから次世代燃料と呼ばれるものには、大きく分けて3種類の燃料が存在する。1つは前述の水素だ。しかし水素は軽く小さいため、保存や運搬に向かないという弱点がある。それを解決する手段が残り2つの次世代燃料なのだ。
■水素を利用して液体燃料にする合成燃料
2つめに紹介したいのが合成燃料である。これはその名の通り、化学的に生成された液体燃料だ。その原料は再生可能エネルギーで作られた水素と、工場や家庭から排出されるCO2だ。さらに再生可能エネルギーの電力を使って、化学合成されることで炭化水素を成分とした液体燃料を作り上げることができる。
水素のエネルギー密度や運搬性を解決する手段として考えられたのが合成燃料と言ってもいい。脱炭素対策で、このところ合成燃料を利用しようという動きが欧州でも日本でも目立ってきた。
水素エンジンを搭載したカローラスポーツを走らせたトヨタも、同じスーパー耐久で次期シーズンはGR86も合成燃料で走らせることを表明している。
スバルも同様に特認車両のST-Qクラスで合成燃料によってBRZを走らせる計画だが、BRZは市販車ベースの水平対向エンジンなのに対し、GR86はGRヤリスの直列3気筒ターボエンジンを1.4リッターにダウンサイジングして搭載させるようだ。
これは同じ条件で2台走らせるより、異なるパワーユニットにしてより多くのデータを得ようとしているからだろう。
水素のエネルギー密度を解消するために生まれた合成燃料。現在この燃料を使用してスーパー耐久でカローラが戦っている(marekphotodesign-com@AdobeStock)
しかし水素を炭素と結び付けて、燃やさずに液状化させるのは、それだけ外からのエネルギーを必要とする。CO2をCO(一酸化炭素)にして、水素と反応させることで水と合成燃料を作るのだ。
モータースポーツの世界やスーパーリッチの趣味向けに供給するなら高価でもいいのだろうが、せいぜい今のガソリン価格の倍程度までコストダウンできなければ、主役級の燃料となるのは難しいだろう。
水素にエネルギーを費やして液体燃料にするなら、水素のまま燃やした方が効率がいい。そう考えたのが水素エンジンで、クルマのエンジン以外にも発電用などでも開発は進んでいる。
■植物、藻、廃油などから作られるバイオ燃料
そこで最後に紹介したいのがバイオ燃料である。このバイオ燃料もかなり昔から研究、導入されている。サトウキビを大量に栽培しているブラジルでは、古くからガソリンとエタノールの混合燃料が使われてきた。米国のインディカーレースのマシンもエタノールを使っている。
サトウキビやトウモロコシを発酵させて作るエタノールは、食物との競合が起きてしまうので食用にならず、成長が早い植物を原料にエタノールを作る方法も考えられた。これが第2世代のバイオエタノールで、糖質ではなく食物繊維をエタノールにするため、やや効率が悪いのが難点だ。
現在は第3世代のバイオ燃料として、微細藻類を培養して燃料を作る研究が進んでいる。世界中に二千種類以上いると言われる藻の仲間には、体内に油を作って溜め込む性質をもつ種類がいくつもいる。これを培養して油を搾り、改質することで燃料とするのだ。
IHIはこの分野では最も進んでいて、ついに今年、微細藻類から作ったSAF(持続可能な航空機用燃料)を作り上げ、日本で国内線の燃料とすることに成功している。
デンソーも微細藻類によるバイオ燃料を長年研究しており、クルマ用の燃料としてはトヨタと共同開発できる環境は整っている。
マツダも広島大学などと共同研究して微細藻類によるバイオ燃料の開発を行なっているが、それと並行してユーグレナが食用廃油から改質して作るバイオ燃料「サステオ」を使ったバイオディーゼルをスーパー耐久で走らせ始めた。すでに公道では実証実験で確認済みだから、おそらく大きな問題なく耐久レースも走り切れることだろう。
第3世代のバイオ燃料は微細藻類を培養して燃料を作る。また株式会社ユーグレナが食用廃油から改質して作るバイオ燃料「サステオ」を開発し、公道では実証実験済みだ。写真は横浜市鶴見区にあるユーグレナのバイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラント
ユーグレナは微細藻類であるミドリムシの人工培養に成功したベンチャーだから、ミドリムシより油を溜め込む性質の高い藻を培養すれば、一気に実用化へのブレイクスルーを果たす可能性もある。
ただしバイオ燃料の原料となる微細藻類の培養はエネルギー消費は少ないが、大量に培養するとなると広大な敷地が必要で、台風などの災害などでダメになった場合のリスクが大きい。太陽光を利用するため、培養池は屋外に限られるからだ。
またWRCが2022年から導入するのは、バイオ燃料と合成燃料をブレンドしたもので、「サステナブルフューエル(持続可能な燃料の意)」と呼ばれている。これは工場などが排出するCO2から炭素を取り出し、再生可能エネルギーで水から取り出した水素と合成燃料を作り、それに植物などから作られたバイオエタノールを混合させるようだ。
モータースポーツの世界が日本だけでなく世界レベルでもサステナブルフューエルを採用する傾向があるように、エンジンによるモータースポーツでなければ人々を熱狂、感動させることが出来ない、と思っている人々は少なくない。
それに完全に合成燃料やバイオ燃料だけを使った液体燃料にしなくても、化石燃料との混合から普及させる手段も採れる。そうやって規模の拡大とコスト削減を進めていくやり方もアリだと思う。
20年後の2040年あたりは、移動のためにカーシェアのEVに割り切る層と、EVのオーナー、ハイブリッド車のオーナーの3つにパーソナルモビリティが大別される時代になっているかもしれない。
エンジンを捨てる宣言をしたホンダだが、日本のその他のメーカーがこれだけエンジンの存続を賭けて挑戦を始めているのを見て、いつか方針を変える日が来るのでは、と筆者は期待している。
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