“恒例”の供給不足 今回は何が違う?
執筆:Hajime Aida(会田肇)
【画像】製造ラインと電装パーツ【トヨタ・ハリアー】 全20枚
編集:Tetsu Tokunaga(徳永徹)
半導体のひっ迫が世界中で深刻化している。
影響を受けるのは当初こそPC、スマートフォン(スマホ)、家電といったエレクトロニクス製品など限定的と思われていたが、昨年あたりから自動車産業にも影響が出始め、今や生産そのものを停止する事態にまで影響は及んでいる。
これは自動車産業の歴史の中でも初めてのことだ。
実は、半導体がひっ迫すること自体はこれまでも何度もIT業界が経験してきた。
そもそも半導体の需要は一定ではなく、それを予測するのは難しい。半導体はPC・スマホの需要状況に合わせて生産が調整されてきたからだ。しかし、それは言わば、半導体産業がこれまで何度も経験してきた“恒例行事”でもあった。
しかし、今回のひっ迫は今までとは明らかに様相が違っている。
昨年あたりから「半導体が調達できず、自動車の生産ラインがストップしている」という発表や報道が相次いでいるのだ。しかもそれは自動車業界にとどまらず、一般家電などにも影響は広がりそうな勢いだ。
これは一体どうしたことなのか。何が起きているのだろうか。
見誤った新型コロナウイルスの影響
これまで伝えられた報道によれば、7月16日時点で半導体不足による北米の自動車車両の累積減産台数は167万8000台にも上ったという。
VWも、ドイツ国内2工場で8月の夏季休暇期間を1週間延長することを決定した。
日本の自動車メーカーでは日産が今年3月に北米3工場で生産休止を実施したほか、お盆が明けた8月19日にはトヨタが大規模な生産調整を公表し、20日にはマツダが半導体部品の不足で海外2工場の操業停止を発表。まさに全世界の自動車メーカーが影響を受けている状態なのだ。
その要因としてあるのが、自動車業界の旺盛な半導体需要に生産が追いついていないことだ。
そもそも論で言えば、半導体不足も、コロナ禍で起こったマスク不足も根本は同じ。急激に需要が高まったのに、市場で流通する物量が少ないと発生する。
もともと半導体は自動車だけでなくPC・スマホなど個人需要の端末のほか、基地局など5G関連のインフラ整備が急ピッチで進められていたこともあり、需要は旺盛だった。そこを襲ったのが新型コロナ禍だ。
実は半導体メーカーは、コロナ禍による影響で自動車の生産台数は大きく落ち込むと見ていた。
状況は自動車メーカーも同じで、半導体の注文を各社とも手控えていたのだ。ところが中国の景気回復が予想よりも早く、新車販売も急回復する。
この状況に自動車メーカーは慌てて半導体の発注を行うが、半導体メーカーは巣ごもり需要で注文が増えていたPC・スマホなど“IT系製品シフト”をしており、すぐには対応できない。
そんな矢先、半導体工場の火災が発生する。
重なった火災 クルマ自体の進化も
悪いことは重なるもので、2020年10月に旭化成が、2021年3月にはルネサスで生産ラインの火災が発生。
ルネサスは早々に復旧宣言を表明したものの、旭化成は復旧を断念。当面は外部委託でしのぎ、最終的には新規に工場を建設する方向にシフトした。
さらに21年2月には、北米で発生した大規模停電の影響でサムスンが製造ラインをストップさせた。これらが市場の混乱に拍車をかけたのは間違いない。
ここで知っておきたいのが、自動車メーカーがどうして急激に半導体を欲しがるようになったかである。
実は自動車にはこれまでも多くの半導体が使われてきた。しかし、それらは主にエンジンなどを電子制御するECU(Electronic Control Unit)に使われる程度だった。
それが今やクルマはスマホ並みの多彩な機能を持つインフォテイメントシステムを搭載するようになり、さらにはドライバーの運転を支援するADAS(先進運転支援システム)も標準化されるようになった。
こうなると旧世代のマイコンでは完全に力不足。つまり、こうしたクルマの急速な進化も半導体の需要ひっ迫の一因を作っているのだ。
半導体メーカーがこだわる確定受注
では、こうした需要にどうして半導体メーカーは対応しないのか。
注文があるのだから増産すれば会社にとってもプラスになるのでは? これは誰もが思うことだ。しかし、事情は想像以上に複雑だった。
まず、半導体は一朝一夕に作れるものではないということだ。半導体の製造は、ウエハーと呼ばれる円形の基盤の上に電子回路を高精度に埋め込むことが基本となる。
その設計を含むと、完成してウエハーから切り出して製品化するまでの工程は、少なくとも3~4か月はかかるという。しかも、この設備投資には莫大な資金が必要で、確定注文がないと引き受けることはできない。
日本の自動車向け半導体の大手メーカーであるルネサスの代表取締役社長兼CEO、柴田英利氏は、4月に開催された決算説明会の席上、「オーダーがかなりタイトになってしまっていて、少なくとも半年先までは確定受注いただかないとモノが納められない」と語った。
つまり、それだけ半導体の製造はリスキーであるわけだ。
そんなリスキーな事業である故に採用されているのが、外部生産委託だ。
自動車向け半導体メーカー自体はグローバルで見れば決して少なくはないが、このリスク回避をするために自社で生産する半導体は限定的とし、大半を外部生産委託して製造しているのだ。
しかもこの生産委託は、台湾のTSMC(台湾セミコンダクターマニファクチャリング)か、韓国のサムスン電子の2社に絞られる。それだけに、2社の製造ラインは1~2年先まで押さえられてしまっており、注文の多いユーザーが優先されがちというのが現状なのだ。
街のディーラー、量販店の声は?
この影響はどう及んでいるのだろうか。
まずは、納車がすでに来年となっている新型ヴェゼルを販売するホンダ系ディーラーを訪ねた。
もちろん、新型ヴェゼルではなく納車が早そうな「Nワゴン」で聞いてみる。すると納車は1か月程度であることが判明。
ただし、それには条件がついた。「カーナビを人気の三菱製8インチでなく、パナソニック製7インチ・モデルにして欲しい」というのだ。さらに、ETC2.0への変更も止めて欲しいとも言われた。
営業マンによれば「新車を購入したい客は多いが、それに十分応えられず経営に与える影響は大きい」と話す。
次にオートバックスへ向かった。まずカーナビを聞いてみると、「7インチ・モデルのエントリー機なら入荷されやすいが、大画面系はほぼ全滅状態で、注文してもいつ入荷されるかわからない」との回答。
ETC車載機も「本部から割り当てられた分が入荷されるだけで、ETC2.0になると入荷はほぼない状態」だという。
一方で状況がいいのはドラレコで、「どのメーカーも比較的落ち着いていて、新製品なども手配はつく」とのことだった。まさに影響は末端にまで及んでいることは間違いないようだ。
まだ見えないか 解消までの道のり
とはいえ、この半導体の需要ひっ迫が落ち着くのはいつ頃なのだろうか。
ルネサスの柴田社長は「今回の需要は“実需”であることは間違いなく、2022年第1四半期でも現在の状況は続いているだろう」と話し、当面は半導体不足が解消する見込みは立っていない状況を説明した。
今後はEVや自動運転車が普及していくことは間違いなく、その需要を考えれば、残念ながら半導体不足が落ち着くことはしばらくはないのだろうと思う。
しかし、このまま半導体不足が続けば、自動車業界のみならず雇用・景気にも甚大な影響を与えることは確かだ。
今後は自動車メーカーが強大な資本力を使い、半導体の製造ラインを直接押さえに行くことも考えられるだろう。
「半導体は産業のコメ」とは以前から言われてきたが、今や自動車産業にとっても半導体は命の糧となった。供給不足が1日も早く解決することを祈りたい。
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