優勝争い、そしてチャンピオン争いの大きなポイントであるスーパーフォーミュラ最終戦鈴鹿の予選でランキング3位のアレックス・パロウ(TCS NAKAJIMA RACING)が見事にポールポジションを獲得。パロウは1ポイントを追加したことで、トップの山本尚貴(29ポイント)との差は3ポイント差の26ポイントとなった。予選の圧倒的な速さから、パロウの逆転タイトルの可能性がにわかに高まってきたが、そのパロウの速さのイメージにはF1フェラーリのセバスチャン・ベッテルのイメージがあったという。
「Q1はすごくよかったけど、Q2はみんなが速くて『何があったんだろう?』と戸惑った。ピットに戻った時にチームと話し合ってデータを確認して、セットアップを変更したのがうまくいったね。クルマがバッチリ決まってラップタイムも良くなった。開幕戦と比較するとセットアップは少し違うけれど、今回はかなりクルマの調子がいい」と、会見で予選を振り返ったパロウ。
チャンピオン決定戦の予選後の山本とキャシディ、ふたりに聞く決勝への手応えとタイヤ戦略のシナリオ
そのパロウと今年、二人三脚でスーパーフォーミュラに挑んでいるのがトラックエンジニア3年目のナカジマレーシングの加藤祐樹エンジニアだ。パロウが今回、ポールポジションを獲得できた要点となったQ2からQ3の間のセットアップ変更、実際、土曜の予選日はどのような変更を行ったのか?
「あまり変えていないんですけど(苦笑)、大きかったのはQ2からQ3にかけて1周早くアタックさせることでしたね」と加藤エンジニア。
「ふたりで話して、ふたつ選択肢がありました。Q2と同じくウォームアップを1周入れるけどQ2よりゆっくりタイヤを温めるか、もうひとつはトップ3と同じようにアウトラップの次に計測するか。そこでアレックスはとにかく『彼らと一緒の方法で勝負したい』と。それをやるためにタイヤの内圧を調整しました。あとは朝のフリー走行からは少し、曲がるようにフロントが入りやすいクルマに変えましたね」と続ける加藤エンジニア。
開幕戦の鈴鹿ではパロウと加藤エンジニアは予選2番手、ポールを獲得したのはチームメイトの牧野任祐と岡田淳エンジニアのコンビだったが、優勝は予選12番手のキャシディに奪われてしまった。ただ、タラレバで言えば決勝でタイヤ交換後の脱輪がなければパロウか牧野、どちらかが勝利していた可能性が高い。開幕戦の鈴鹿のナカジマレーシングの2台はライバルを大きく引き離す圧倒的な速さがあった。
今回予選5番手に留まった『鈴鹿マイスター』の山本尚貴(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)が「クルマのフィーリングも良かったですし、アタックもミスしたわけではないので相手が速かった」と予選後に話していることからも、明日の結果次第ではナカジマレーシング、そしてパロウが新たに『鈴鹿マイスター』と呼ばれるようになる可能性は高い。
今回のパロウ車のセットアップは開幕時とどの程度、違うのだろうか。加藤エンジニアに聞く。
「ベースのセットアップは基本は開幕戦の時と同じで、そこにシーズンを通して研究してきたことを結構、盛り込んでいます。これまでレースウイークの中でテストしてわかったことを入れているので、一か八かではなく、分かった上で入れているので開幕の時とは自信という面でだいぶ違うと思います」と加藤エンジニア。
実際、クルマは持ち込みセットアップをほとんど変更することなく、ポールを獲得するまでに至った。
「持ち込みのセットアップが良かったですね。今朝の練習走行も80分という長い時間でしたけど、リヤのスタビを少し変えたくらいでしたので、持ち込みのセットアップからほとんど変えていません。もちろん、このセットアップがベストというわけではなくて、アレックスが求めるところにはまだ少し足りない状態ではありましたけど、でも十分だったと思います。路面のコンディションがどんどん変わっていくことも分かっていたので、クルマはそれほど触らずに進めました」と加藤エンジニア。
今回の鈴鹿では金曜日の専有走行が雨で参考にならなかったことも、大きく影響することになった。パロウと同じくタイトルの可能性があった前戦岡山のウイナー山下健太(KONDO RACING)が「練習走行の状態からクルマの感触が良くなくて、予選に向けて変えて良くなってQ1は突破できましたが、Q3に進める力はありませんでした」と話せば、前回の岡山でポールを獲得してこの鈴鹿でも優勝候補に挙がっていた平川亮(ITOCHU ENEX TEAM IMPUL)も「今回、セットアップを大きく変えて持ってきたんですけど練習走行でダウンフォースが思ったように出ないトラブルがあって、セッションが終わってからトラブルの原因がわかりましたが、すぐに予選になったので時間が足りませんでした」と、持ち込みセットアップで苦労したことが予選低迷の大きな要因となった。
●パロウが加藤エンジニアに要求したF1日本GP鈴鹿のベッテルの走らせ方
パロウと加藤エンジニアは、その持ち込みセットアップで外さなかったことがポール獲得の大きなポイントとなったが、さらにもうひとつ、今回の鈴鹿に向けてはパロウから特別なリクエストがあったことを加藤エンジニアが明かした。
「ここに来る前に、F1日本GPの(セバスチャン)ベッテルのオンボード映像をアレックスから見せられて『僕はこう走りたいんだ』と言われました。それはF1なんだけど、と思いましたが(苦笑)、鈴鹿でポールポジションを獲得したベッテルの走りを見ながら『ベッテルのクルマの動きはこうだけど、開幕の時の僕らのクルマの動きはこうだったよね』と言われて、たしかにそうだねと。でも、F1マシンなんだけどねと(苦笑)」
加速パワーが明らかに違い、鈴鹿の走行ラインも違うF1とスーパーフォーミュラを比べることに加藤エンジニアは戸惑いを見せたようだが、それでもパロウが理想としている走り方、クルマの走らせ方のイメージは共有できたという。
「F1マシンなんですけど、彼が求めるイメージがわかりやすかったですし、そのイメージも今回のセットアップに盛り込んで持ってきています。本人も『F1マシンだけどね』と言って僕も笑っちゃいましたけど、いずれにしても彼は研究熱心というか、常にクルマやレースのことを話していますね」と加藤エンジニア。
話から推測するに、フロントの回頭性の高いマシンをパロウは求めているようだが、いずれにしても、パロウの勤勉さと加藤エンジニアとの信頼の高さが伺えるエピソードだ。
とはいえ、現実に目を移せば、今年のスーパーフォーミュラではポールシッターが勝った回数は6戦中、第3戦SUGOと第4戦富士のわずか2回。ポールスタートはソフトタイヤで逃げる展開でレース終盤にミディアムタイヤに交換する戦略が理想だが、セーフティカーが序盤に入ってしまうと展開は逆転。スタートでミディアムタイヤを選択して早めにピットインしてソフトタイヤで走り続けたマシンが先行する、というパターンが今年のスーパーフォーミュラの定石となっている。
とは言っても、スタートでポールポジションのマシンがミディアムタイヤでスタートすれば、ソフトタイヤでスタートしたマシンに序盤で交わされやすくなるため、スタートタイヤの選択は、レースを戦う上での大きなポイントとなる。どのドライバーも同じ条件だが、ポールはリスクを取りづらい立場になる難しさがある。
「決勝については材料は揃っていますので、どう組み立てるかですね。後ろを見るというよりは、まずはこのレースに勝ちたい。チャンピオンシップもトップとはまだポイント差がありますから勝たなきゃいけない立場です」と加藤エンジニア。
「僕自身もまだエンジニアの経験が浅いなかでチャンピオン争いができるので、アレックスも含めて、チャレンジャーという気持ちで楽しんでベストを尽くすことが出来ればいいかなと思っています。経験は浅いですが、自分たちがやっていることに対しては間違っていないという自信はありますので、慢心せずにやれれば結果は付いてくると思います」
これまでデータエンジニアとして経験を積んでいた加藤エンジニアだが、トラックエンジニアとしては3年目。パロウは今年のスーパーフォーミュラ1年目で、フォーミュラ・ニッポン時代を含めてルーキーイヤーでチャンピオンとなったのは、1996年のラルフ・シューマッハーまで遡るというから、パロウが今年タイトルを獲得すれば23年ぶりの快挙となる。
1年目のパロウとトラックエンジニア3年目の加藤エンジニアが今年、日本のモータースポーツに大きなインパクトを残そうとしている。
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