「クルマのスマートフォン(スマホ)化」が目前に迫っている。ソフトウエアによってクルマそれぞれの機能を実現するソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)を、世界の主要自動車メーカーが競って開発しており、2024年から25年にかけて市場投入される電気自動車(EV)などで採用が本格化する。SDVへの移行は、100年以上ほぼ変わることなく続いてきた自動車関連ビジネスが大きく変わる可能性を秘めている。
〈新春記者座談会〉テスラ超えブランドは出てくるか? SDVで儲かる仕組み作りが重要
性能や機能はソフトウエアが決める 自動車業界がSDVに注目したのは、18年に米国の非営利組織が発行する消費者向け雑誌「コンシューマー・レポート」で、テスラのEV「モデル3」の購入を推奨しないとの結果が掲載されたことに端を発する。その理由として挙げたのがモデル3のブレーキ性能で、車重が重いフォード・モーターのフルサイズピックアップトラック「F―150」よりも制動距離が長いとされた。
この指摘を受けてテスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は短時間で対策を実施。テスラは無線通信でソフトウエアをアップデートするOTA(オーバー・ジ・エアー)を使ってモデル3のプログラムを書き換えた結果、制動距離を20フィート(約6メートル)短縮した。これを確認した同誌はモデル3の購入について「推奨する」に変更した。
テスラは制動時のエネルギーも動力に利用するEVならソフトウエアによってエネルギーのコントロールが可能で、クルマの性能を変更できることを理解していた。クルマを差別化するのはエンジンやトランスミッション、足回り部品などのハードウエアによることが当たり前だった伝統的な自動車メーカーは、ソフトウエアでクルマの性能を変更できることを目の当たりにして衝撃を受けた。そしてハードウエアの進化でクルマの性能を差別化することに限界を感じていた自動車メーカーは、ソフトウエアがクルマの性能や機能を決めるSDV開発に走った。
EVとソフトウエア関連事業を「アンペア」に分社化したルノーのジャンドミニク・スナール会長は「現在、クルマに占めるソフトウエアの価値の割合は10%にとどまっているが、30年までに40%に上昇する。クルマは、より洗練されたテクノロジーによって道路を走るスマホになる」と予想する。
自動車を取り巻く環境の変化や技術の進化もSDV実現の追い風となっている。その一つが自動車各社が本腰を入れているEVシフトだ。アクセルを踏んだ瞬間に最大トルクを発揮し、制動時のエネルギーも回収して動力源に再利用するEVは、エネルギー管理をソフトウエアでコントロールするため、SDVとの親和性が高い。SDVに多数搭載される電子デバイスの電源を確保する上でも大容量電池を搭載するEVが適している。
また、クルマの「走る・曲がる・止まる」といった操作に関して、メカトロニクス(機械)の要素をなくして、電気信号で制御するバイワイヤ技術の進化もある。アクセル(スロットル)、ブレーキに加えて、ステアリングやシフトチェンジに関してもバイワイヤ化が進む。機械的な装置の場合、性能を改善するのに新しい部品の採用や設計変更が一般的だ。バイワイヤ技術ならソフトウエアのアップデートで、より快適な走行性能を実現できることからSDVのメリットをより引き出すことができる。
自動車関連ビジネスの観点で見れば、市場拡大が見込まれるEVで収益を確保するため、SDVによって新たなビジネスモデルを構築する面もある。欧州や中国でEV市場は拡大しているが、車両価格の2割を占める車載用リチウムイオン電池のコストが大きく、EVの収益率は低いとされる。部品点数が内燃機関車と比べて半分から3分の2に減るEVが普及すると部品メーカーの仕事量が減ることを意味し、自動車産業の市場規模は縮小する。現在、EV事業で高い収益を上げているのはテスラと中国の比亜迪(BYD)ぐらいで、他の自動車メーカーのEV関連事業の収益は全体的に厳しい。
そこで自動車各社がEV開発と並行して模索しているのが、販売した後のビジネスモデルの構築だ。これまでのハードウエア重視のクルマは、顧客が購入した時点が最も価値が高く、その後は一貫して低下していく。販売後、点検・整備といったアフターサービスはあるが、自動車メーカーはほぼ売った段階でその顧客とのビジネスは終わる。
SDVを実現するハードウエアの開発 SDVでは、ソフトウエアのアップデートでクルマの性能が改善する。このため、顧客がクルマを購入した時より価値が上がる可能性もある。これに成功しているのがテスラで、ユーザーは車両購入後、テスラのアプリを通じて自動駐車、自動レーンチェンジなどの機能を有償で追加設定できる。テスラは販売後のクルマでも稼ぐ仕組みづくりに成功した。これら有償オプションの多くはOTAによるソフトウエアアップデートで実現するため、手軽で販売コストも抑えられる。
販売した後のクルマのビジネスを実現するには、高い処理能力を持つ半導体などのハードウエアをあらかじめ車両に搭載しておかなければ機能の拡張に限界が生じる。テスラ車には処理能力の高い高性能コンピューターがあらかじめ搭載されている。中国の新興EVメーカーも5年後を見越したソフトウエアの機能の要件に対応する半導体をEVに搭載している。
ただ、販売後に新たな機能を付加することを想定して開発するSDVに、単純に現在と同じ手法で多くの半導体を搭載してソフトウエアで制御するとなると、その開発は高度化・複雑化する。これを避けるため、自動車メーカーはECU(電子制御ユニット)やセンサー、アクチュエーターをつなぐSDV向けの「EE(電気・電子)アーキテクチャー」を開発している。自動車の中央に大規模コンピューターを搭載し、各種ECUを統合する「ゾーンアーキテクチャー」が主流だ。車両の中央にシステムを集積することで、複雑性をなくして統合制御を可能にするのに加え、ワイヤーハーネスなども削減でき、コスト削減にもつながる。
さらに、SDVに搭載する半導体についても次世代技術である「チップレット」の活用が検討されている。車載用の制御システムは従来、1チップにCPU(中央演算装置)やマイコン、メモリーなどを集積したSoC(システム・オン・チップ)が主に使用されている。チップレットは規模の小さい回路にして、これを接続することで1パッケージ化する技術だ。製造が難しい先端半導体を使用しても歩留まりを改善できるのに加え、微細加工プロセスの世代や、ロジックだけでなく、アナログなどのチップを組み合わせることが可能となる。チップレットならSDVに求められる高度でさまざまな機能を実現できる可能性が広がる。
スマホのように、購入したクルマにアプリで新たな機能を追加できるSDVでクルマはどう変わるのか。まず車室内は大きく変わることが予想される。テスラをはじめとするEVの多くが、インフォテインメントシステムやインストルメントパネルを、大きなディスプレーに置き換えているが、SDVでは物理的なスイッチ類が最小限に絞られ、操作はタッチパネルや発話が基本になる見込み。機能の追加やアップデートするのに、物理的なスイッチ類は邪魔になるためだ。
SDVでは、オーナーごとの運転方法の癖や特徴などに合わせて、快適に走行できるように制御を変更する機能も付加される。自動車メーカーの一部はすでに、コネクテッドカ―からドライバーの運転データを収集するとともに、人工知能(AI)を活用して「満足度の高い制御」について解析している。
次世代自動車がSDVへと移行するものの、販売した後の自動車関連ビジネスの成功例は、現在のところ数少ない。さらに、自動車業界のソフトウエアエンジニア人材不足や、高度化・複雑化するサイバーセキュリティー対策、先端半導体搭載に伴うコストアップなど、SDV実現に向けた課題も少なくない。それでもSDVがクルマの価値を大きく変えて、従来の自動車ビジネスを根幹から変える可能性を持っているのは確実で、自動車新時代となるSDVの世界の幕が上がる。
(編集委員・野元 政宏)
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日本の自動車産業は徐々に衰退する。