軽自動車からスーパーカーまであらゆるクルマを所有し、クルマ趣味を追求し続ける自動車ジャーナリスト西川淳氏がスタートさせたチャレンジ企画。タイトル通り、無茶、無謀と思われる究極のクルマ遊びを考案し、それを実践。クルマ好きの、クルマ好きのための冒険連載。今回は世界最速の称号を手に入れた日本人チューナー製作のフェアレディZを公道で試す!
30年経った今も発せられるホンモノのオーラ
今だからこそ“最近のイイクルマ”を思い起こす──心に残っているクルマ達 2019-2020 Vol.8
究極のチューンングを施した、しかも30年も前の国産スポーツカーであるにも関わらず、そのエンジンはあっけなく目を覚ました。最近の徹底したメンテナンスのおかげだろう、まるで気難しいそぶりをみせず、多少ワイルドなサウンドを鳴らしたのみで、1000馬力の3.1リッターV6ツインターボに火が入ったのだった。
とはいえ、その尋常ならざるアピアランスと、いかにも歴戦の勇者然としたスパルタンなコクピットに、今や何億円のスーパーカーでも物怖じしなくなったはずのボクも少なからずたじろいでしまった。このマシンを仕上げた人たちの熱き思いや、背負って立ったあの頃の日本チューニング界の声援が、30年経った今もなお、一定のエネルギーをもって全身から発せられているかのようだ。これぞ、ホンモノのオーラというものなのだろう。
見慣れたZ32のインテリア(実は筆者も一時期、800馬力のZ32を所有していたが、見た目ほぼノーマルの内装だった)とはかなり様子が違っている。パーソナルのステリングホイールが懐かしい。クラッチはカーボンプレートに換装されており、半クラを意識的に使って繋いだほうがいいと現オーナーのA氏から言われたのだが、それがまた難しいのだ(ふつうのクラッチでは極力使わないほうがいい)。ガツガツと少なからずぎくしゃくした動きをみせつつ、ボクの駆るボンネヴィルZは何とか走り出した。
動いてしまえばこちらのもの、などと古いスーパーカーと同じように思ったのは早計だった。あちらこちらから凄まじいメカニカルノイズ、つまりは騒音が聞こえてきて、このまま街中を走らせているだけで壊れてしまうんじゃないか、と、心配してしまったほど。特に盛大だったのは燃料ポンプの音で、右アシに力を込めるたび罪悪感を覚える。当然ながら乗り心地も決して良いとは言えない。強化されたボディの、元の弱さを感じ取れてしまうほどにアシはかためられている。このマシンと常日頃付き合うA氏の心臓はカーボンファイバー製の剛毛に覆われているに違いない。
Rei.Hashimoto飛ぶように走るとは正にこのこと
高速道路に入った。まずはゆっくりと回転をあげてみる。それでもパワーのツキがすさまじく、それなりに重量のあるフェアレディZ32が軽自動車くらいの大きさに思えてしまうほど。これは心して踏まねばなるまい。もう一度、心の襷をきりりと締め直し、前が空いた瞬間を見計らって、ありったけの蛮勇を奮ってみた。
およそ過去に経験のない、恐ろしい加速フィールであった。ブガッティのヴェイロンやシロンといった現代の最強マシンとは、当たり前だけど、まるで違う質の速さ。紙細工のクルマが飛ばされるが如き浮いた加速フィールに、もはや路面のことなどよく分からなくなっていた。乗り手と外とを分け隔てているのはスチール製のボディではなく、自ら発するノイズとバイブレーションだけであり、それ以外はまるで紙のようなのだ。飛ぶように走るとは正にこのことを言う。
Rei.Hashimotoそれでも不思議とどこか望まぬ方へと飛んでいきそうな、そんな不安はなかった。それはとりもなおさず、このマシンには世界最速という勲章があって、その勲章こそが日本屈指のチューナーによって注ぎ込まれた技術の成果であるとボクが知っていたからだろう。
恐ろしく刺激的であることは間違いない。けれども意外に乗り易いという印象さえあった。確かな技術に対するそれは信頼のようなものかもしれない。おそらく、このマシンを踏み抜くA氏の、エンジニア&メカニック諸氏への敬意がチョイ乗りしたボクにも感じられたのだろう。
Rei.Hashimoto同時にボクはなんだか魂を少し吸い取られたような気もした。A氏にお願いすればいくらでも乗っていられそうだったけれども、世界最速Zの試乗をボクは自ら小一時間で終えることにした。何だかそれ以上乗っていられなくなったのだ。
クルマ負けしてしまった、という事実。まだまだ趣味の修行も足りない、ということかも知れないなぁ。究極を探して乗る旅は、まだまだやめられない。
PROFILE
西川淳
軽自動車からスーパーカーまであらゆるクルマを愛し、クルマ趣味を追求し続ける自動車ジャーナリスト。現在は京都に本拠を移し活動中。
文・西川 淳 写真・橋本玲 編集・iconic
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