高性能ながら高い実用性も有するマクラーレンGTに乗って、長野県・軽井沢を目指した。ゆったり走る、スーパーカーの魅力とは?
スーパースポーツでも、真の“GT”を作ることは可能である
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気がついたら、目的地の軽井沢に着いていた! ミドシップ・エンジンのスーパースポーツでこんなことは初めてだ。マクラーレンに話を限っても、こんな経験をしたことはかつてない。
「MP4-12C」以来、マクラーレン・オートモーティブ社が送り出すクルマの大半に試乗する幸運を得てきた。この仕事をする上での数少ない役得のひとつだと思う。でも、こんなマクラーレンはなかった。
前任機種にあたる「570GT」でも、こんなことは起こらなかったのだ。ミドシップ・エンジンの320km/h以上の最高速度に到達可能なスーパースポーツでも、真の“GT”を作ることは可能であるということを、あらためて思い知らされた。
Hiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiマクラーレンの魅力の核
マクラーレンGTには以前、2度試乗したことがある。その際にも、570GTで狙った性格付けを大きく深化させることに成功したと実感したし、そのチューニング技術の進化に驚きもした。けれど、今日ほどその真価を実感することはなかった。
マクラーレン・オートモーティブ社が送り出すクルマの魅力の核にあるものはMP4-12C以来、一貫して変わっていない。ドライバーズ・シートは右か左のどちらかにあるにもかかわらず、夢中になって走らせていると、まるで自分が車体の中心線上に座っているかのように錯覚させる。クルマの中心に自分がいて全てを把握しているような感じがするのだ。
Hiromitsu Yasui重心位置が低いと感じることでも抜きんでている。アッパー・ボディが存在しないのではないかと思う瞬間すらある。慣性質量がまとわりつく感じがない。
ステアリング・フィールに優れるということでもピカイチだ。情報伝達能力に優れるということで同じ水準にあるのはポルシェ「911」のGT3だけではないか。
それでいながら、ポルシェのそれほど屈強な感じではなく優しい。操舵力、保舵力ともに少し軽めで繊細だ。しかし神経質になることがない。信頼感に満ち満ちたステアリング・フィールなのだ。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiそして、そのシャシー。炭素繊維強化樹脂(CFRP)で成形されたカーボン・バスタブとアルミニウム合金製のサブフレームに支えられたサスペンション・システムは、驚くほどしなやかで、路面の良し悪しを問うことなく、素晴らしいロードホールディング能力を発揮する。
サーキット走行を無理なくこなす強力なスプリングに支えられているのに、ダンピング・コントロールが巧妙で、そのスプリング・レートを忘れそうになるぐらいにひたひたパタパタとよく動いて、路面を離すことがない。路面のよくないワインディング・ロードでそうした状況になっても、ボディが激しく揺すられることがない。道を選ばないということではマクラーレンは最良のスーパースポーツなのである。
Hiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiもちろん、モデルによって最適速度域は変わってくる。僕が体験した限りにおいても、570GTからセナまで、快適速度域は異なる。けれど、芯にある性格はみな共通していた。
マクラーレンが最初に“GT”と名付けて投入した570GTは、その快適速度域が広かった。低い速度域への適応力が拡張されていたからだ。マクラーレンはどれに乗っても乗り心地のいいことに感銘を受けることになるのだけれど、一般公道でいちばん快適なのは、だから570GTだった。
しかし、である。その570GTであっても、それは骨の髄までドライバーズ・カーだったのだ。ひとたびステアリング・ホイールを握れば、ドライビング行為そのものに意識を持っていかれる。パセンジャー・シートに同乗者がいても、いつのまにか言葉少なくなって、操縦に意識が集中している。ドライブ・フィールが鮮やかで、それに抗うことができない。マクラーレンとはそういうクルマなのである。
消える術を身に付けたGT
マクラーレンGTもまた、そういうクルマである、と、3度目の試乗となるこの日まで思っていた。過去に2度乗って、それが570GTを超えて快適なクルマだということを知っていたし、いざ鞭を入れれば、これまでと同様に、並外れたボディ・コントロール能力をもったスーパースポーツだということも確かめていた。そして、操縦する行為そのものに喜んで没入できるということでも、マクラーレンの名に恥じないクルマだと。
Hiromitsu Yasuiにもかかわらず、関越自動車道に入り、時間にして10分ほどだっただろうか、マイナー・コントロールの扱い方を思い出す頃には、クルマが消えていた。助手席の住人とあれやこれやマクラーレンGTについて話しているうちに、意識から消えたのだ。マクラーレンGTを話題にしているのに、それを操縦している行為に意識をもっていかれることがなかったのである。
ハッ!と気付いた時には碓氷軽井沢ICの出口に鼻先を向けて減速していた。どうにも遅すぎるクルマに前方を塞がれたとき以外は、追い越し車線に出ることもなく、平和なクルージングを続けていた、はずだ。なにを話していたかはよく覚えているのに、道中のクルマの挙動やドライブ・フィールを身体が覚えていなかったのだ。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasui過去2回のテスト・ドライブでは、たとえ助手席に住人がいても、こんなことは起こらなかった。2度とも、どんなクルマなのかを把握しようと、意識を尖らせて集中していたからかもしれない。あるいは、平均速度がもっと高かったからかもしれない。この仕事を35年も続けてきたせいで、それがどんな種類のクルマであろうと、そのクルマのことを考えずに運転することがない身体になってしまっていることも理由のひとつかもしれない。
軽井沢に着くまで操縦行為が意識から消えていたという事実に気付いて、口には出さなかったけれど、少なからぬショックを受けたことを、ここで白状する。これはマクラーレンなのだ。よもやこんなことが起こるとは、夢にも思わなかった。
動揺を悟られないように運転に意識を集中しながら軽井沢の街を目指すなかで、GTがマクラーレンのなかでも並外れて快適なクルマであることを再確認した。脚はどこまでもしなやかで、バネ下がひたひと動いていることさえ忘れさせるほどに、しっとりと穏やかな乗り心地を実現している。ステアリング・フィールはマクラーレンの特徴をもれなく備えながら、感触が最も優しいものであることも間違いない。素晴らしく運転が容易だ。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasui意識変革なくしてこのGTなし
そうしたことをひとつひとつ確認しながら、ひとつのことに思い到った。このクルマを開発した人たちは、このGTを生み出すに当たって、自分たちのクルマづくりを、マクラーレンとはなにか? を、おそらく初めて客観的に見つめたのだろうと。そうでなければ説明がつかない。乱暴な言い方をするならば、これまでマクラーレン・オートモーティブが送り出してきたクルマは、すべておなじクルマだった。彼らが“マクラーレンかくあるべし”と信じるがままに作られたクルマだった。570GTでさえそうだった。マクラーレンにとってGTとはなにかを考えただろう。GTとはどのようなクルマなのかも、もちろん考えただろう。
Hiromitsu Yasuiけれど、それはマクラーレンの内側から見た世界だったのだと思う。マクラーレンGTの開発に、外部からやってきたスタッフがいて、その人が、外から見るきっかけをもたらしたのかもしれない。そうでなくとも、これまでどおりのスタッフだけでこれを作ったにしても、そこに大きな意識変革があったに違いないと思わせるものが、570GTとGTの間にはある。
マクラーレンGTは、全長が長い。ノーズ先端が高い。エンジン上に設けられた荷室の容量が画期的に大きい。そこにはふたりぶんのスキーを積むこともできるし、標準サイズのゴルフバッグをひとつ積むこともできる。ノーズ内に設けられた矩形の荷室も150リッターの容量を持っている。ターボ過給エンジンを積むミドシップ・エンジンでありながら、エア・インテークはリア・フェンダーのボリュームが増えることを辞さずに、目立たないことを優先して造形されている。速く走るための機能最優先主義から意識的に離れなければ採用できないデザインがいたるところに見つかる。
Hiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiこれまでのマクラーレンは、速く走るための機械として完成したローリング・シャシーに、上から柔らかな布を被せたようなデザインだった。内容積最小のスタイリング。そこから離れたことは一度もなかったのである。
そう思ってあらためて見直せば、キャビンの質感も決定的に違う。これまでのマクラーレンの室内は、やはり機能最優先主義に貫かれていた。機能最優先であるから、それが快適性やラグジュアリーであることを求められる種類の570GTや720Sであっても、スパルタンな機能主義を覆い隠すために使う表層処理が違うだけだったのであると思う。だから、1度その表層処理の違いから意識が離れると、そこに例外なく、潔いまでの機能主義が現出した。
Hiromitsu YasuiHiromitsu YasuiHiromitsu Yasuiところが、このGTは異なっている。基本レイアウトは何も変わるところがないのに、容易なことでは機能主義が表に出てこない。それほどに高級な仕立てが室内の隅々まで施されている。これまでのマクラーレンを考えると、ここにあるのは過剰といっていいほどに入念で豪華な仕立てだ。
その仕立ての高い質感と美しさに見入ってしまう。豊かさが意識を捕らえて、その内側にある機能主義へと思いを到らせない役目を果たしている。高級なGTにひとが期待する世界がそこに確かにある。
Hiromitsu YasuiマクラーレンGTは、ひとりマクラーレンの考えるGTではなく、われわれクルマ好きが思い描くGTそのものだ。と、同時に、今だかつてないGTでもある。
ミドシップ・エンジンでこんな芸当をやり果せたメーカーは、古今東西、他にないのである。
Hiromitsu Yasui文・齋藤浩之 写真・安井宏充(Weekend.)
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みんなのコメント
マクラーレンは他にはない品を感じる車を作るよな。
V8くらいでもっと安いの作ってくれないかね
おぎやはぎの番組で見た時、
なんて上品なスーパーカーなんだと思った。