国産アメリカンブームを築いた「Vツインエンジン+魅せる車体構成」
レーサーレプリカをはじめ、高性能モデルが400ccクラスを席巻した1980年代から1990年代初頭を経て、次に国内中型二輪クラスの販売をけん引したのが「程々の性能」のモデルだ。
筆頭に挙がるのはカワサキ・ゼファーだが、それ以外では国産アメリカンが多様なモデル展開を見せ始めた時期でもある。
【画像18点】90年代に大ブーム!歴代スティードとバリエーション車を写真で解説
その急先鋒にあったのが「ホンダの鉄馬」スティードである。
日本国内の2輪車市場での1990年前後というのは、一つのターニングポイントだったと思う。1970年代後半から1980年代にかけて、熾烈な性能競争と販売シェア競争に明け暮れた各国内メーカーは、開発面で少なからず疲弊した。
従来モデル、あるいはライバルモデルを上回るべく、次々と市場に送り出される高性能モデル……「この競争にどこまで付き合うべきなのか」という疑問が、徐々に作り手にも消費者にも生まれた。
それを踏まえ、腰を落ち着けて乗れる「程々の性能」が模索されるようになったのだ。代表格が、オーソドックスなフォルムに空冷4気筒エンジンを搭載したカワサキ・ゼファー(1989年)だ。
だが、この方向を模索したのは、カワサキだけではない。
ゼファー登場以前に、ホンダも親しみやすい性能のモデルの開発に取り組んでいる。
売れ筋の400ccロードスポーツでは、水冷400cc並列4気筒のネイキッドモデル・CB-1(1989年3月発売)を出したが、その前年1988年1月には新設計の水冷Vツインを近未来的なフォルムに搭載したブロスシリーズ(プロダクト1=650cc、プロダクト2=400cc)も発売。
この2モデル、今なら評価は違っただろうが、古典的なデザインをあえて復活させたゼファーとは異なり、デザインをはじめ車体もエンジンも新たなトライにこだわった。
それはそれで過去を振り返らないチャレンジングスピリットのホンダらしいモデル展開だったのだが、それゆえゼファーに勝てなかった、とも言えた。
ホンダ スティードのデザイン「リジッドサス風の本格的フォルム」
そうした時代の中、ホンダが出した「非高性能モデル」で成功した筆頭は、1988年1月登場のアメリカン・スティード(400、600)だろう。車名の「STEED」は、英語で「元気な馬、軍馬」といった意味だが、同車は発売後10年間で累計8万台の出荷を記録。一時期はベストセラーモデルに君臨した。
低く構えたフォルムに1600mmという長いホイールベース、680mmの低いシート高、狭角52度水冷V型2気筒を抱える車体は、ヘッドパイプから後輪車軸部までを一直線に見えるように構成し、これをホンダは「デルタ・シェイプ・デザイン」と表現。
小ぶりなティアドロップ型の燃料タンク、スリムな右側2本出しマフラーを採用し、リヤサスペンションはモノショックを内側に隠すようにスイングアーム基部につなげる形式。
いわばハーレーダビッドソン・ソフテイル系に通じるような、リジッド風サスペンションとしている(ホンダはこれを「レトロな固定式後車軸システムをイメージ」と表現している)。
ロー&ロングなスタイルで、各部はハーレーダビッドソンのスポーツスターにも、ソフテテイル系にも通じる雰囲気でまとめられた。これを「独自性や先進性がモットーのホンダらしくない」と批評する向きもあったが、消費者がこの時期に求めたものには合致した。
1988年に登場したホンダ スティード(400/600)
狭角52度水冷Vツインエンジンをロー&ロングな車体に搭載して、初代は1988年1月に登場。
400、600ともに共通の車体ながら、トランスミッションは400の5速に対し、600はワイドレシオの4速。400は手前に引かれたティラーバーハンドルとフラットバーハンドルの2タイプを用意、600はティラーバーハンドルのみの設定。
当時の新車価格/販売予定台数はスティード(400)が59万9000円/3000台(2タイプ合計)、スティード(600)が62万9000円/1500台。
ホンダ スティードのエンジン「デザインや鼓動感にこだわった水冷V型2気筒」
それは前述のゼファーも共通するのだが、技術面では特に革新的でなくとも、消費者は高性能化以前の、素のバイクらしいバイクを求め始めていたのである。
そんなスティードは、前述したフォルムにレトロなリジッド風味のリヤセクションなどを持つ一方、水冷52度OHC3バルブ(吸気2、排気1)のVツインエンジンは、高スペックではなくとも凝っていた。
エンジンのルーツを辿ると、1983年登場のアメリカンモデル・NV400カスタム、ヨーロピアンロードスポーツのNV400SPになるが、これは後に1988年登場のブロスへ継承される。
この時にボア・ストロークをスクエア方向の64mm×62mmの398cc(従来は71mm×50.4mmの399cc)に変更したためスティードの直接のベースはブロスとなるだろうが、さらに同車専用として細かな点まで手が入れられている。
従来の52度水冷Vツインは、バランサー不要でも一次振動を低減できる位相クランク(76度)を採用したのだが、スティードでは多少の振動は鼓動感にも通じる味付けになると判断し、同軸クランクへ変更。
性能はブロス・プロダクト2(400cc)の37ps/8500rpm、3.5kgm/6500rpmに対して、スティード(400)では30ps/7500rpm、3.3kgm/5500rpmと低中回転重視に。
エンジンは、確かに相応の鼓動(振動)も感じられるものの、それとてハーレーダビッドソンの大排気量Vツインほどの荒々しさを持つ訳ではない。
ただし、Vツインエンジンは外観面での主張も強いし、何より当時のライダーの心を捉えたのは、そのスタイリングとパッケージにあっただろう。
ハーレーっぽいと言われようと、スティードのVツインの造形やリジッド風リヤサスペンションを含む「デルタ・シェイプ・デザイン」は、国産アメリカンの分野に新風を吹き込んだのだ。
そしてロー&ロングフォルム+Vツインの組合わせが様になったスティードの登場あたりから、国産アメリカンは、薄口コーヒーのような紛い物感を漂わせる「アメリカン」の通称から「クルーザー」という呼び方に移行し始めたような……と感じるのは筆者だけだろうか。
スティードのバリエーションモデル「後発のライバル機種に対抗」
1990年代に入ってからも、スティードは国産アメリカンブームを牽引し、ホンダもそれに呼応するように、同車を熟成していく。1988年の登場後、1990年6月には早くもマイナーチェンジ。カラー変更のほか、シートバック(背もたれ)を標準装備化。
1992年3月にもカラー変更を実施し、1993年にはカラー変更のほか燃料タンクを9L→11Lへ増量。さらに1994年1月にもカラー変更を実施し、7月にも新色追加と目まぐるしく展開。
そして1994年の販売計画台数は、400が1万8000台となっていた!
対する600は1600台……。「限定解除」が必要だった当時、600が劇的に少なくなるのは当然の流れだが。
登場当初、1988年に設定された3000台の実に6倍だ。次のモデル変更から台数更新はなかったから、ある意味同年がスティード400のピークだろう。
一方、そんなスティードの好調ぶりをライバルメーカーもずっと静観していたわけではない。
売れ筋クラスの400ccでは、スズキが1994年にイントルーダー400を投入。水冷45度Vツインをスッキリとした車体に搭載し、前輪に大径21インチタイヤを履かせたフォルムは、チョッパー風味も漂わせた存在感あるモデルだった。
また、洗練されたスタイルデザインで定評のあるヤマハは、空冷70度Vツイン搭載のビラーゴ400を1987年から投入していたが、1996年に同車のエンジンを継承しつつ車体を刷新し、ロー&ロングなフォルムに仕上げたドラッグスター400を発売する。
それら後発モデルの登場に加え、ヒット商品の宿命で、街中のあちこちで見慣れてしまえば新鮮さが薄れていくのは仕方ない流れだろう。
異色のスプリンガーフォーク仕様「スティードVLS」も登場
だが、ピークを越えたかに見えたスティードは、以後もライバル車に対抗し続けた。1995年6月にはカラーリングをモノトーンのブラック、背もたれを廃してシート表皮をシンプルなものとし、価格を標準仕様より抑えたスティードVCLを追加投入。
さらに1996年1月には、標準仕様に対するカスタム版とも言えるスティードVSEが追加登場。後輪にアルミディッシュホイールを装着し、跳ね上がったリヤフェンダーや専用シート、サイドカバー、幅広のハンドルなどを装備。
これでスティードは3バリエーションを揃えたことになり、同時にミッションギヤ比、吸排気系の変更などでエンジン出力(+1ps)、トルク(+0.1kgm)向上も果たしている。
さらに、1998年にフロントにスプリンガーフォークを採用したスティードVLSが登場。車体はローダウンしたうえで前輪を21インチに。また、タンク下端の継ぎ目が目立たないフランジレスタンク採用などでカスタム感をさらに強調した。
テレスコピックフォークが主流の時代の中、作動性能的にも重量的にも利するところのないこの機構、元ネタはハーレーのスプリンガーフォークで、センスの良い仕上げにはなっていたものの、ある意味では「ホンダらしくない」意欲作はスティードの延命に貢献することなくフェイドアウトしていく。
スプリンガーフォークのVLSが登場する一方、装備をシンプル化したVCL、カスタムテイストのVSEはラインアップ落ちしている。
なお、その前年の1997年、クラシックスタイルのクルーザーとして、同じホンダからシャドウ400が登場したことも、スティードの存在を薄めたが、この兄弟モデルだけがスティード凋落の原因ではない。
前輪が大きくフォークも長めのチョッパー風から、前後タイヤを太くしてディープフェンダーをまとった今で言うボバースタイルまで、1990年代以降の国産アメリカンはバリエーションモデル含め乱発された感もあった。
事実、スティードの後継・シャドウも、後に装備をシンプルにしてローダウン化したシャドウスラッシャーを2000年に追加したり、2008年にはシャドウ・クラシック、シャドウ・カスタムと2種類に細分化していった。
それまで、単体で息の長いヒットにはなりづらかった国産アメリカンだが、新鮮なスタイルで一大ブームを巻き起こしたスティード。
ライバルメーカーにも刺激を与えつつ、その後の「国産クルーザー」の発展にも貢献した「名車」として記憶されるべき存在だろう。
スティード最後のモデルチェンジが行われたのは、2001年2月。
国内排出ガス規制に対応してエアインダクションシステム(二次空気導入装置)が装着されたほか、ワイドハンドルの新採用するなど地道な変更が行われるが、車体色はモノトーンのブラックのみで、バックレストが省略される。
そして販売計画台数1500台の発表も含め、シリーズの終焉を感じさせた。新車当時の価格は59万9000円。
■ホンダ・スティード(400)主要諸元(1988年)
[エンジン・性能]
種類:水冷4サイクルV型2気筒OHC3バルブ ボア・ストローク:64mm×62mm 総排気量:398cc 最高出力:30ps/7500rpm 最大トルク:3.3kgm/5500rpm 変速機:5段リターン
[寸法・重量]
全長:2310mm 全幅:760mm 全高:1130mm ホイールベース:1600mm シート高:680mm タイヤサイズ:F100/90-19 R170/80-15 車両重量:208kg(乾燥196kg) 燃料タンク容量:9L
[新車当時価格]
59万9000円
レポート●阪本一史 写真●八重洲出版/ホンダ 編集●上野茂岐
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