■最高出力を430psまでアップし「買ってそのまま参戦できる」マシンに
トヨタのスーパースポーツカー「GRスープラ」をベースにしたレーシングカー「GRスープラ GT4」は、GT4選手権やスーパー耐久シリーズに「買ってそのまま参戦できる」というものです。
既に世界で優勝実績を重ね続けるGRスープラ GT4に、サーキットで試乗する機会を得ました。
【画像】スパルタンさが「カッコいい」! トヨタ「GR Supra GT4」を写真で見る(45枚)
量産車をベースにしたモータースポーツの最高陣と言えば「GT3」です。元々はアマチュアドライバー向けのカテゴリーとして生まれましたが、年々高性能化、高コスト化、そしてプロ化が進み、当初の目論見とは異なる状況になってしまったのも事実です。
そこで生まれたのが「GT4」です。量産車ベースと言う部分ではGT3と同じながらも、「市販車との共通部分が多い」、「改造範囲がより限定的」、「マシン費用が安価」、「メンテナンス/ランニングコストが抑えられる」といった特徴を持っており、現在様々な自動車メーカーがマシンを開発しています。
その中の1台が、今回紹介するGRスープラ GT4です。
GRスープラは2019年に登場し、BMWとの共同開発が話題となりましたが、開発段階から本格的なモータースポーツへの参加、サーキット走行などを念頭に入れた開発が行なわれています。
実は市販モデルの登場の1年前となる2018年3月のジュネーブショーで、レーシングモデルのコンセプトをお披露目しましたが、ここにヒントがありました。
開発責任者(当時)の多田哲哉氏は「これまで量産車からレーシングカーに仕立てる際に『量産車の段階でこうしておけばよかった』と後悔することばかりでしたが、先にレーシングカーを仕立てることで、量産車にもいいフィードバックができる」と語っていました。
TOYOTA GAZOO Racingの「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」をいち早く取り入れたモデルであり、その素性が色濃く活きているのがGRスープラ GT4と言うわけです。
ではどのようなマシンなのか、解説していきましょう。
エクステリアは、フロントスプリッター/リアウイングなどの空力パーツ、冷却用ダクトが追加されていますが、基本的には形状は量産車と同じです。
それに加えて、軽量化のためにウィンドウをガラスからポリカーボネイト化し、安全対策のために燃料タンクが専用品に変更されています。
GRスープラ GT4のインテリアは、軽量化と難燃性のためレースに不必要なアイテムは取り外され、安全対策のためにロールケージが組み込まれています。
インパネ形状に量産モデルの面影が僅かに残るも、ステアリングやメーター、各種スイッチ類はほぼ専用設計となっています。
エンジンは量産車と同じ3リッター直列6気筒ターボ(B58型)で、専用ECU/専用エキゾースト(標準の2本出しから1本出しへ変更)の採用により、ベース車の387ps/500Nmから、430ps/650Nmに出力アップ。
トランスミッションも、量産車と同じAT(8HP)が搭載されていますが、規定に合わせて7速までの使用となっています。Dレンジはなくパドルでマニュアル操作のみです。
サスペンションは、形式はもちろんジオメトリーまで量産車と同じですが、レース用サスペンション(KW製:車高&減衰力調整式)、ブッシュ類(ゴム製からピロボール化)が変更されています。もちろん、ブレーキも大径化された専用品(ブレンボ製)が装備されています。
■レーシーだけど乗り味は「まんまGRスープラ」!?
そんなGRスープラ GT4に、富士スピードウェイの本コースで試乗をしてきました。
日本でGRスープラ GT4は、スーパー耐久シリーズ(ST-Zクラス)とインタープロトシリーズ(TOYOTA SUPRAクラス)に参戦していますが、今回のマシンはSHADE RACINGがインタープロトシリーズに参戦する885号車です。
ちなみに今回、レーシングドライバーではなく筆者(山本シンヤ)が乗る事になったのは、恐らく次の理由だと推察されます。
まずGT4マシンの特徴である「ジェントルマンドライバー(スーパー耐久シリーズの主催者が認めた40歳以上のアマチュアドライバー、もしくは60歳以上の全ドライバー)向けのマシン」であること、そしてベースのGRスープラ市販モデルとの繋がりを伝えるうえで、筆者がピッタリな人材だったのでしょう。
これまで様々なレーシングカーやラリーカーに試乗したことのある筆者ですが、ナンバー付きや入門フォーミュラが主で、本格的なマシンは初。
試乗前に「何かあったら自己責任」の念書を書き、「コースアウトしたら/クラッシュしたら」のレクチャーを受けると、「自分は本当に乗れるのか?」と、だんだん不安になっていきます。
ただ「無理せず、転がす程度にしておこう」と開き直り、運転席に座ります。
ロールケージが装着されているので乗り込みは大変ですが、乗り込んでしまえば窮屈な感じはありません。
OMP製のシートは欧米の大柄体形に合わせたサイズで、筆者でもサイドにクッションを追加しないとユルユル。シートは固定式(重量バランス適正化)ですがペダルが前後に調整可能で、ステアリングはチルト&テレスコ機能付きなので、ポジションはバッチリ決まります。
ステアリングはレクサス「RZ」バイワイヤ仕様のような異形で、様々なスイッチがレイアウトされていますが、解りやすい表示で、直感操作も楽。フル液晶のメーターの表示項目の瞬時の視認性は、量産車よりも高いレベルだと感じました。
ちなみにGRスープラ GT4には、パワステやABS、トラクションコントロールも装着されています。ABS/トラクションコントロールはその効きをダイヤルで調整することも可能(OFFにもできる)です。
ブレーキを踏んだ状態でステアリング右下のスタートスイッチを押すと、エンジンが始動。勇ましいサウンドが、と言いたい所ですが、音量は量産車+αでアイドリングも安定しているので、気難しい印象は皆無です。
パドルでギアを1速に入れてスタート。ATなのでブレーキを離すとクリープ現象でスルスルと走り始めるため、レーシングカーに多い「発進時の気難しさ」は全くありません。
1周目は様子を見るためにペースを抑えての走行を行ないましたが、その印象はズバリ「これ、まんまGRスープラですね!」です。
もちろん、前後左右の姿勢変化の少なさや、スリックタイヤ(強力なグリップ)と空力アイテム(ダウンフォース)などの相乗効果で、まさに路面に張り付くようなコーナリングなどは「さすがレーシングカー!」だと感じる部分です。
しかし乗り味の部分はベースのGRスープラ市販モデル(以下、ベース車)に近く、むしろベース車よりも「乗りやすい」と感じました。
ベース車は、デビュー当初のピーキーな印象も薄まり、最新モデルでは素直で安心感のあるハンドリング特性に熟成されましたが、GRスープラ GT4はベース車のいいところはそのままに、よりダイレクト、よりレスポンシブ、そしてより一体感のある走りがプラスされていました。
具体的には、進入から旋回、そして脱出までというコーナリング時の一連のクルマの動きはベース車よりも鋭いのに、連続性が高くクルマの動きの予測がしやすいので、一体感の濃度が違います。
ラフなアクセル操作をするとリアがスパッと乱れる挙動はベース車と同じですが、その動きにピーキーさはないので対処もしやすいなど、「懐の深さ」がより増しているのです。
その結果、クルマとドライバーとの信頼関係が短い時間で構築できるため、「誰でも」「安心して」「速く」「楽に」走らせることが可能なんだろうなと考えられます。
■「GRスープラ GT4」とベース車は「同じ思想」でつながっている
GRスープラ GT4のエンジンは、ストレートエンドで時速250キロ前後と、量産車と比べて「凄く速い!!」と言う印象ではありません。
しかし常用域のピックアップの良さやターボラグの少ない滑らかな特性、高回転までスッキリと回る伸び、そして澄んだサウンドなど、絶対性能を高めると官能性も上がることを実感しました。
なお今回の走行のなかで、7速トランスミッションのシフトスピード、ダイレクト感、正確さなどに、ATであるネガを感じる事は全くなかったです。
逆に、シフト時にギアが噛み合うようなノイズがしない事は、走行時のストレスフリーにつながる、と言う事にも気が付きました。
実はビビッて走ったのは最初の1周のみで、その後は全開走行。といっても限界はまだまだ先ですが、ラップタイムは1分51秒から52秒くらいだったので、初めて乗って数周で、その性能の8割から8.5割は引き出せるくらいの「扱いやすさ」を持っている事が証明されたといえるのではないでしょうか。
わずか5周の走行でしたが、正直な感想は「こんなんじゃ足りないよ!」でした。
渋々ピットに戻ると、メカニックの方に「もっと乗りたかったですよね。無線でピットイン指示した際に、山本さんの『はーい、戻ります』のテンションがあまりに低くて笑えました」と。車内での“心の叫び”をすべて読まれていました。
そろそろ結論に行きましょう。
GRスープラ GT4は、レーシングカーながらも基本的な部分はもちろん、その走りもベース車のGRスープラと同じ思想で密接につながっています。
逆にGRスープラは、レースマシンと同じポテンシャルを持つ、とも言い換えることができるでしょう。
これまで筆者はGRスープラに対し、「GRヤリス」や「GR86」などと比べて量産車とモータースポーツとの関連性が薄いと感じていました。
しかし今回GRスープラ GT4に乗って「実はモータースポーツの関係性は、他のモデルに決して負けていない」と大反省させられたのです。
ちなみに2019年のニュルブルクリンク24時間耐久レースに参戦したGRスープラのレーシングマシンは、のちのGRスープラ GT4の試作車でしたが、この時ステアリングを握ったモリゾウ選手は「GRスープラはそのどれよりも安心して走ることが可能で、最後の何周かはニュルを楽しむ事もできました」と語りました。
当時、筆者は「GRスープラのポテンシャルは凄い!」と判断しましたが、今回自らGRスープラ GT4に乗ってみて、「あの時にモリゾウ選手が語ったコメントは、量産車とモータースポーツとの関係性も含まれていたんだ」と気付き、こちらの点も大反省した次第です。
量産車のGRスープラユーザーは、ぜひ一度、GRスープラ GT4のステアリングを握ってほしいと考えます。
間違いなく「自分のクルマと同じ!」と感じてもらえるとともに、自分の愛車が「こんな実力を持つ」と今まで以上に好きになるはずです。
ですから開発陣の皆さん、是非ともGRスープラのユーザーにも体感できる機会を作ってあげてください。
そんなGRスープラ GT4は、2020年3月に発売を開始して以降、約3年で100台が生産されました。ちなみにれっきとした“量販モデル”なので、カタログもシッカリと用意されています。
もちろん値段は決して安くはありませんが、「買ってそのままレース参戦可能」できることや、「メンテナンスやサービス対応」などを考えると、実はモータースポーツの敷居を下げる存在だと筆者は考えています。
ちなみに購入を含めた問い合わせ先は、欧州地域がTGR-E(TOYOTA GAZOO Racing Europe GmbH)、北米地域がTRD-USA、そして日本・アジア地域はTCD(トヨタカスタマイジング&ディベロップメント)がそれぞれ窓口になっています。気になる方は問い合わせてみると良いでしょう。
レースへの参戦のためだけでなく、サーキット専用車として楽しんでいる人も多いそうです。
※ ※ ※
ちなみに他のメーカーからも様々なGT4マシンが発売中ですが、GRスープラ GT4のシェアは全体の3位だといいます。
これはビジネス的にも成功している証拠でもあります。さらにGRカンパニーの使命である「レースで培った技術やノウハウを量産モデルに活かしてビジネスを行なうというサイクル」が回り始めているモデルと言えるでしょう。
そんなGRカンパニーの活動も今まであまり知られていなかったかもしれませんが、これを機にもっと知って欲しいと筆者は願っています。
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