自動運転にまつわる連載企画、第5回となる本編では、先ごろ世界で初めて「公道で自動運転レベル3」が走行可能な市販車、ホンダ新型レジェンドの試乗記事をお届けします。何が新しいのか、何ができるのか、今後どのように発展してゆくのか。解説します。
文/西村直人 写真/奥隅圭之、HONDA
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自動運転技術での「日本」の現在地 【自律自動運転の未来 第1回】
「自動運転」とは何か? 【自律自動運転の未来 第2回】
現在の自動化レベル3技術とは? 【自律自動運転の未来 第3回】
そんなに手放し運転したいですか?【自律自動運転の未来 第4回】
■レベル3で可能になる「3つのフリー」
待ちに待ったHonda SENSING Eliteを搭載したレジェンドの公道試乗です。
アクセルやブレーキの操作から足を解放する「フットフリー」、ステアリングから手を放す「ハンズフリー」、安全確認を行なうドライバーの視線を解放する「アイズフリー」、この3つの部分的な解放がHonda SENSING Eliteから得られます。
2021年3月5日に100台限定生産で発売された、Honda SENSING Elite搭載の新型レジェンド。車両価格は1100万円だがリースのみの対応とのこと
世界初とは、自動化レベル3技術の範ちゅうで自動運転が行なわれることを示していて、その車両には「条件付自動運転車(限定領域)」という名称が付けられました。
■現在の自動化レベル3技術とは? 【自律自動運転の未来 第3回】
Honda SENSING Eliteを搭載したレジェンドはこの国内認可第一号車であり、同時に世界初のレベル3市販車両として名を残します。
誰もが一度は夢見たであろうボタンひとつで目的地へとクルマが運んでくれる、そんな自動運転社会。この扉をHonda SENSING Eliteが開いたわけですが、今回の試乗を通じ、実際の交通環境で使用するにはドライバーとして意識すべき点があることがわかりました。それは次の3点です。
一つ目は、ドライバーがシステムに対する積極的な協調運転を行なうことで、安全で快適な移動が期待できること。システムからの呼びかけは段階的に強まります。早い段階で応答することが理想です。
二つ目は、自動化レベル3が稼働中であっても状況により0~3の4段階のレベルを行き来する制御が行なわれること。これは周辺の道路環境や車両情報、さらにはドライバーの状態によって変化します。
三つ目は、Honda SENSING Eliteは自動化レベル3技術だけで構成されていないこと。「運転支援車」領域の技術も大幅に機能強化され、同時に連携度合いも高まっています。
この3点を踏まえた上でもっとも大切なHonda SENSING Eliteとの約束事は、いつどんな時であっても、システムからのTOR(Take Over Request/ドライバーへの運転再開要求)に応えなければならないことです。今回、年度末の激しい渋滞が続く首都高速道路の高速湾岸線(片側2~3車線)を中心に試乗したわけですが、TORは何度も発報されました。
さて、ここからは前回の「結び」で示した「手放しせずになにをするのか? ホンダ渾身の自動化レベル3技術は? 2017年にテストコースで試乗したプロトタイプからの進化ポイント」を軸に、筆者が「すばらしい!」と感じたところからレポートを進めます。
Honda SENSING Elite搭載のレジェンド、目印はライトの下のブルーのLEDライト
■手放し運転をできるのにしない、しないで何をするのか
まずは、もっとも気になる「手放しせずになにをするのか?」。
レベル3稼働時は、(走行中でも)車載のセンターディスプレイ(カーナビなどが表示される画面)にテレビやDVDの映像を流すことが可能です。さらに、道路交通法でこれまで禁止されていたスマートフォンの画面を注視することも規定から除外(≒許可)されます。
一方、ホンダは独自の安全基準を策定し、スマートフォンやパソコンを手にして操作したり、食事をしたりすることはTORによる早期の運転再開がむずかしいことから「NG項目」として啓発。また、正しい運転姿勢が崩れることから、運転席のバックレストを大きく倒したり、後ろへ移動したりすることもNGです。
首都高速の渋滞時に「ハンズオフ」体験中。この状態ならディスプレイにテレビやDVDを流してそれを見ることも可能(スマホ操作はホンダ独自の安全基準としてNG)
筆者は前回のレポートで、これらサブタスク(一例が上記の「画面を見る」こと)を「移動の質」向上の策としてドライバーの責任において採り入れる提案と共に、TORにすぐさま応えられなかった筆者自身のアメリカでの実体験を元に「時期尚早ではないか」と報告していました。
でも、前言撤回します! Honda SENSING Eliteでのサブタスク、大いに結構! 一人でも多くのドライバーに体験していただきたい、そう心底思います。もっとも法人リース販売で上限100台の制約があるため限界はありますが、「ホンダ渾身のレベル3技術」にどっぷり浸かって自動運転社会の第一歩を共有し、体験者として世界に向けて発信していただきたい。
なぜなら、前述した意識すべき一つ目に掲げた積極的な協調運転は、レベル3技術を公道で体験してはじめて理解が進みます。そして、体験者の声は社会的受容性の向上にとっても不可欠です。
また、こうした声はHonda SENSING Eliteを作り上げてきた技術者の方々にとっても大きな財産になるのではないでしょうか。
■測定誤差わずか5cmで自車位置を把握
「プロトタイプからの進化ポイント」も数多くありました。
そのひとつが、cm単位で操舵を行なうステアリング制御です。Honda SENSING Eliteでは前走車への追従機能である「ACC」と、車線中央維持機能である「LKAS」がセットで構成されています。高速道路の本線上で、別々のスイッチをそれぞれ1回、都合2回触るとACC&LKASの自動化レベル2走行が提供されます。
車両境界線(白線や黄線)の読み取りは、フロントガラス上部の2連装光学式カメラ(単眼式で左がメインカメラ、右がサブカメラ)を主センサーとして行ないます。さらに前後左右4つのカメラで補完しつつ、全球測位衛星システム(GNSS)からの信号と、高精度地図(HDマップ)に収録されているデータとの照合により正確な自車位置把握を行ないます。その測定誤差は横方向でわずか5cmです。
カメラ、センサー、そして衛星からの情報で自車位置を把握
ちなみに、本連載の第3回でレポートした通り、Honda SENSING Eliteではシステムの冗長性(≒複数経路による確実な実行が期待できる能力)を向上させています。具体的には、制御をグループ1とグループ2に分け、それぞれに電源を確保した二重系統で行なっています。
グループ1はメインカメラとミリ波レーダーが中心で電源はエンジンルームのバッテリーから供給、グループ2はサブカメラとライダーが中心で電源はトランクルームのバッテリーから供給します。
パワーステアリングはシングルモーター方式ですが、電源はこちらも二重で確保。トルクセンサーも2つ搭載し精度を高めています。ブレーキも二重で電源が確保され、一方が横滑り抑制装置「VSA」で、片方が電動サーボブレーキを制御します。停車保持機能の「オートブレーキホールド」と、電動パーキングブレーキ「EPB」も別系統で構成されています。
Honda SENSING Eliteでは、こうして高められた冗長性によって、ひとつの電源系統に不具合が発生しても、最低限の車線中央維持機能「LKAS」とブレーキによる減速制御は確保できるといいます。
LKASは頑なに車線の中央を走る一方で、たとえば自車の隣車線に大型トラックなどが走行している場合は、車線中央から7cm離れて横方向の車間距離を保ちます。
ドライバー(とHonda SENSING Elite)の安心感を高めるために意図的に行なわれる制御ですが、大型車ドライバー側(筆者もその一人)からしても進路がひらけていることから安心して気持ち良く走れます。同様にカーブでは7cmの範囲内で、センター・イン・センターのラインを通りスムースな通過をアシストします。
■「レベル3」でも走行中「レベル0」になるということが重要
次に筆者が「気になった点」をレポートします。
トラフィックジャムパイロット(渋滞運転機能)と命名された自動化レベル3技術は、冒頭に挙げた3つの部分的な解放(フットフリー、ハンズフリー、アイズフリー)が注目されています。
しかし、「意識すべき2つ目」に挙げたように、自動化レベル3が稼働中であっても状況によりTORを伴って4段階のシステム制御を行き来します。よって、その遷移には注意を払うことが必要です。
4段階のシステム制御は次のとおりです。
1自動化レベル0/手動運転(ドライバー責任)
2自動化レベル2/ハンズオン(ドライバー責任)
3自動化レベル2/ハンズオフ(ドライバー責任)
4自動化レベル3/3つの解放(システム責任)
今回の試乗では、4→2へシステム制御が移行し、自動化レベル3から自動化レベル2へ1段階ダウンする事象が頻繁に発生しました。しかしHonda SENSING Eliteの名誉のために付け加えると、制御の精度が低いからではなく、こうしたシステム設計の上に自動化レベル3技術が成り立っているためで、このレベルダウンは正しい制御です。
具体的にどんなシーンで4→2が発生するかといえば……。
あ/自車がノロノロと進む渋滞した本線上を走行中
い/合流路から速い速度で車両が接近
う/その車両が車間距離をほとんどとらずに自車前に割り込み
ドライバーに代わりシステムが周辺の安全監視を行なっていた4の最中に、ブレーキ操作による減速が必要なほど急な車両の割り込みが発生したと考えてください。この状況では、高い確率で4→2へとシステム制御か移行して自動化レベルがダウンします。ここで大切なことはシステム責任であった4(自動化レベル3)から、ドライバー責任となる2(自動化レベル2)へと遷移することです。
■ハンドルがオレンジに光り、「ハンドルを持って!」と表示
このとき車内で起こるTORは、視覚情報としてこれまで水色に点灯していた2カ所(グローブボックスとナビ画面上部)のLEDが反対色のオレンジ色になり、ステアリングのLEDはオレンジ色の点滅へ。ステアリング越しのディスプレイには、「ハンドルを持って!」というアイコン表示されます。同時に聴覚情報としてチャイムが連動して鳴り響き、これらはドライバーがシステムからの呼びかけに応じて、ステアリングを握って回避動作がとれるよう準備が整うまで続きます。
走行中でも状況に応じて「レベル3」から「レベル0」まで変化する。レベルが下がり、運転者が運転に復帰する場合、写真のようにインパネ各所がオレンジに点滅して「運転に復帰してください」と指示することになる
2の状態で危険から遠ざかったとシステムが判断した際には、2→3→4へと段階的にシステム制御を向上させ、システム責任の自動化レベル3走行が再開されます。
仮に4、もしくは2の状態でドライバーがブレーキ操作を行なえば、システム制御は1の段階、つまり自動化レベル0まで一気にレベルダウンし手動運転となり、システムは稼働を停止します。例えばACC稼働時にブレーキ操作でシステムが解除されることと同じ理屈です。状況が好転した時点でドライバーが周囲の安全を確認し、改めてスイッチを2回押すことでシステムは再稼働します。
上記の割り込み例以外にも、4→2へのレベルダウンは、前走車の前で発生した割り込みが原因で前走車が強めのブレーキをかけて減速したり、隣車線を走る車両が急接近したりした場合にも発生します。
また、「意識すべき三つ目」でお伝えしたとおり、Honda SENSING Eliteでは、この2の段階での精度が飛躍的に高められています。ミリ波5個/ライダー5個/光学式カメラ6個/超音波ソナー12個の各種車載センサーにはじまり、HDマップやGNSSとの照合による正確な自車位置把握……。これらは自動化レベル3を支える要素技術でありながら、たとえば自動化レベル2のACCやLKASの精度も高め、前述した1~4の行き来で起こる技術の谷間をなだらかにして、スムースな運転支援や自動運転を行ないます。
走行中に「自動運転レベル」が下がり、運転復帰を指示されても運転者が運転「しない」場合、レジェンドは緊急停止するようプログラムされている
■システムに出来るのは「急ブレーキ」のみ
最後に法的な側面を考えます。
本稿執筆時(2021年3月末)現在、WP29における自動化技術の国際基準では、「レベル3稼働時は同一車線において前車に追従」とあります。つまり車線変更が含まれていません。
このことから、システム側からすれば「急な割り込み車両」などに対する危険回避には急ブレーキのみが唯一にして最大の事故抑制策です。その先のステアリングによる回避はドライバーが責任をもって行なうべき運転操作として残ります。
こうしたことを踏まえると、システムには1秒でも早くTORを発報してドライバーに危険を知らせることが求められ、ドライバーには1秒でも早くTORに反応して回避動作につながる運転操作を行なうことが求められます。
Honda SENSING Eliteによって扉が開かれた自動運転社会。
可能であればこの先、長距離の試乗を行って、システムと交わされる協調運転に長時間触れ合うことで生まれる身体変化を感じてみたいと思います。その際は、こうしてまたレポートを行ないます。
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