2+2の大人びたフロントエンジン・フェラーリ
text:Martin Buckley(マーティン・バックリー)
【画像】612スカリエッティ 現行2+2 GTC4ルッソを比較 全59枚
photo:John Bradshaw(ジョン・ブラッドショー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)
フェラーリの新モデルへの感心は、筆者の場合は高くない。モデル展開を詳しくは理解しておらず、2021年のランナップを見返しても、さほど目新しくは感じられなかった。
V8エンジンをミドシップするフェラーリのデザインは、ちょっと若作りすぎる。フロントにV12エンジンを載せたモデルはエレガントに感じられるものの、少々大きすぎる。
しかし新しいローマは、新時代を告げるような希望を感じさせてくれる。モダン・フェラーリとして賛同できるスタイリングの、初めてのモデルになりそうだ。
新興市場の嗜好へデザインが傾倒しすぎていたことを、マラネロも暗黙的に認めたように思える。伝統的なフェラーリ・ファンの存在を、忘れてはいなかったのだ。
1990年代にさかのぼれば、フェラーリ456という美しいモデルが存在していた。比較的穏やかな見た目で、市街地を運転してもトップ・サッカー選手であると勘違いされる可能性は少ないだろう。
その後継に当たるブレッドバン・ボディのフェラーリFFとGTC4ルッソも、心に響く存在ではある。より大人びたフロントエンジン・モデルだ。
そんな456とFFとの間に売られていたのが、今回ご紹介する612スカリエッティ。2004年から2011年にかけて、3025台が生産されている。
車名のスカリエッティとは、フェラーリ傘下となったカロッツエリアが由来。モデナの工場でボディが形作られ、マラネロで最終的な仕上げが施された。1台の組み立てに要する期間は、およそ1か月だったという。
デザイナーは日本人の奥山清行
デザインを手掛けたのは、多くの美しいフェラーリがそうであるように、ピニンファリーナ。2004年にクリエイティブ・ディレクターとして加わった、トリリンガルの奥山清行が担当している。日本人によるルネッサンスだった。
エンツォ・フェラーリと、フェイスリフト版の456Mのデザインにも関わっていた奥山。工業デザイナーとして機械的な造詣にも深い。2006年にフリーランスとなった彼は、マッサージチェアから新幹線、メガネなど多くの製品開発に関わっている。
奥山は以前から、612スカリエッティは美しいフェラーリに対するオマージュとしてデザインしたと話していた。1950年代に活躍した、2シーターの375MMだ。
大きなボディを持つ2+2クーペの612だが、柔らかな曲面で覆われたボディは空気抵抗に優れ、Cd値は0.34。ドラッグを減らすために、延べ3500時間もの風洞実験を重ねている。
当然のように、エンジンはV型12気筒が選ばれた。ドライサンプで排気量は5748cc。バンク角65度のティーポF133と呼ばれるユニットで、ボッシュ製ECUによって6気筒毎を管理している。圧縮比は11:1だ。
ユニットとしては、456Mや575Mマラネロと基本的に同じ。ニッケルシリコン合金のシリンダーライニング、クワッド・オーバーヘッド・カムシャフト、油圧タペットなどが特徴だろう。
1980年代後半まで数十年も改良を加え用いられてきた、コロンボ・エンジンの後継ユニットといえる。
オールアルミで軽量・強固なボディ
長いノーズとドア、短いリアデッキを備えるボディはアルミニウム製。360モデナに次ぐ、2番目のオールアルミ・ボディのフェラーリだった。
V型12気筒の最高出力は540psで、全長4897mmのクーペを静止状態から97km/hまで4秒で加速。最高速度320km/hを実現している。
フロント・ミドのレウアウトを実現するアーキテクチャは新設計で、大きなV型12気筒エンジンをフロントアクスルより後方へ搭載。ミグ溶接とスポット溶接で組まれるアルミ製のスペースフレームは、剛性も極めて高い。
結果、612スカリエッティは従来のフェラーリと比較して、大幅に軽く頑丈だった。重量と剛性との比率でいえば、60%も向上していたという。
知的に統合されたスタビリティとトラクションの制御システムも、フェラーリ初採用。サスペンションは、従来的なボールジョイントのアルミ製ダブルウイッシュボーン。ダンパーの減衰力は、ホイールセンサーからの情報をもとに連続的に可変制御される。
サスペンションのほか、エンジンやトランスミッション、ブレーキもネットワーク化。伝統的なメカニズムと最新のテクノロジーとの、素晴らしい融合といえるだろう。
612スカリエッティを今探せば、6速マニュアルにも幸運なら巡り会えるかもしれない。199台が作られている。残りは7000ポンドの標準オプション状態だった、パドルシフトのF1マチック、6速セミATが搭載されている。
OTOプログラムで612をコーディネート
トランスミッションの種類に関係なく、レイアウトはトランスアクスル。車重1840kgの前後重量配分を最適化させている。新車当時の価格は17万7000ポンドと高額だったが、すぐに1年半のバックオーダーを抱える人気だった。
フェラーリは2006年以降、612のスペシャル・エディションを3台展開。その中で最も注目に値するのが、セッサンタ。フェラーリ創立60周年を祝う記念モデルで、60台が限定で作られた。その多くが、2トーンの塗装で仕上げられている。
2008年からは、ワン・トゥ・ワン(OTO)と呼ばれる特別プログラムを介して注文を受けるようになる。ボディ色やインテリア素材、オプションなどを個別に選択し、612をパーソナライズすることが可能となった。
今回ご登場願ったスティーブ・カニンガムがオーナーの612スカリエッティも、OTOプログラムでコーディネートされた1台。2009年の登録で、黒のボディにスイッチで透明度を変えられるクラマティク・グラスルーフを備える。
3オーナー目で、ディーラーでの整備記録を受け継いでいる。パドルシフトのプログラムは、改良版がインストールされているという。「10年ほど前に、最初の612を買いました」。とカニンガムが振り返る。
「アストン マーティン・ヴァンキッシュを所有していましたが、成長する子供のために、リアシートの大きなモデルが必要だったんです」。最初の612も素晴らしいクルマだったというが、ボディは再塗装が必要になっていた。
アストン マーティンより維持費は安い
「その時は、ランボルギーニと入れ替えることになりました。今はシルバーとこのブラックの、2台の612を所有しています。アストン マーティンより維持費は安いと思います」
ボディはデイトナ・ブラック。クリーム色のレザー内装が組み合わされ、シートはデイトナ・パターンが選ばれている。現在の走行距離は2万7000km足らず。OTOプログラムで販売された612スカリエッティは、英国では38台しかない。
「サスペンションのトラックロッド・エンドのヘタリを除けば、サスペンションやタイヤの重量も軽く、負担は少ない。セミATやクラッチの交換も、今まで不要のまま乗っています」
「この612のセミATは、初期のモデルと比べると改良が施され、ずっと良いです。ATモードのまま運転していても、充分許容範囲。スイスへの長旅は至福の時間でした。日常の足でははく、特別な時に乗っています」
普段用のボルボより大きい、全長と全幅には気を使うという。しかし彼のガレージには普通に駐車でき、612を日常的に乗れなくする現実的な理由は、1桁前半の燃費くらいだと話す。
612の周りを一周する。テールには直径80mmほどのマフラーが4本並び、20インチのピレリPゼロの内側には、鮮やかな赤の4ポッド・キャリパーが控えている。フェラーリであることを、静かに主張するように。
しかし、跳ね馬のエンブレムを見ない限り、フェラーリだと気付かない人もいるだろう。それをどう受け止めるかは、オーナー次第。今回の取材中、通りかかった1人はポルシェだと勘違いしていたほど。
この続きは後編にて。
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