量産車への技術的フィードバックはほとんどない
自動車業界が100年に一度の変革、CASE(Connected・コネクティッド/Autonomous・自動化/Shared・シェアリング/Electric・電動化)をキーワードにしたプレゼンテーションなど、とにかく自動車メーカーは変化をうたっています。しかし、CASEの言いだしっぺであるメルセデスさえも2019年のF1を制しました。モータースポーツ活動から撤退する気配はありません。また、トヨタもWEC(世界耐久選手権)やWRC(世界ラリー選手権)にワークスマシンを走らせ、結果を残しています。はたして、それは何のためなのでしょうか。
これまで、モータースポーツ活動というのは、なによりブランディングにつながるといわれてきました。F1でいうとフェラーリのように自社製品のブランド力にダイレクトにつながるビジネスモデルが典型的な例といえます。とはいえ、モータースポーツファンだけにアピールするのでは、何百億円もかけたワークス活動は宣伝効果としてはナンセンスといえます。しかし、F1など誰でも知っているようなカテゴリーを制することは、一般ユーザーにブランドの持つ技術力の高さを訴求できます。つまりブランド価値を高めるのです。
メルセデスやトヨタのモータースポーツ活動にしてもブランドの価値を高めていることは間違いありません。ただし、量販モデルのイメージアップにはなっても、技術的には関連性がないというのが最近の定説です。もちろん、一部の高級スポーツカーなどではモータースポーツとリンクしたイメージもありますが、フルラインアップメーカーの、すべての製品にモータースポーツで培ったテクノロジーが投入されていると考えるほうが不自然です。とはいえ、かつてホンダが低床ミニバンのコーナリング性能をアピールするのに自社開発のF1マシンと映像を重ねるというプロモーションをしていたこともありました。テクノロジーでは直結していなくともブランドとしては十分に利用できるといえます。
ちなみに、トヨタの最新のWECマシンでは2.4リッターV6ツインターボエンジンの最高出力は500馬力、前後2つのモーターをあわせた最高出力も500馬力。あわせて1000馬力と発表されています。電気モーターはエンジンをアシストするのではなく、それだけで500馬力を発生する立派なパワーソースとなっています。
また日産などが参戦しているフォーミュラEという電動レーシングマシンによるシリーズ戦もあります。当初はワンメイクレースに近いシリーズでしたが、いまでは各社が独自に電動パワートレインを開発できるようになり、まさに「電動車両の走る実験室」となっています。その最高出力は瞬間最大で250kW(340馬力)ですからトップフォーミュラとしては物足りないかもしれませんが、十分に速いマシンに仕上がっているといえます。
制限のなかで勝負することはF1も軽自動車も同じ!
もっとも、環境指向が強まるなかで「レースで勝つ技術」というイメージが、全面的にポジティブかといえば、そうとはいえない状況にもなっています。もちろん、F1にしてもWECにしても、電動化を進めるなどしてハイブリッドが主流となりつつある市販車との技術的な関係性をアピールしやすくなっていますが「速いことがエライ」という時代ではないのも事実でしょう。そもそも、冒頭で記した「CASE」とはコネクテッド・オートノマス(自動運転)・シェアリング・エレクトリック(電動化)の頭文字を並べたものですが、E以外の要素はモータースポーツとの関連性をアピールしようにも難しく、レースで勝つことがダイレクトにブランド価値を高めるのに効いていたかつてとは、時代は異なっています。
そうしたなかで、自動車メーカーがモータースポーツに参加する意義や目的とは何があるのでしょうか。そこには人材育成という狙いもあるといいます。たとえばホンダのF1パワーユニット開発責任者としてプロジェクトを率いているのは浅木泰昭さんですが、浅木さんは1980年代、最強といわれたF1エンジン開発を担当したことで知られていますが、またホンダの大ヒット作N-BOX(初代)の開発責任者を務めた人物でもあります。その共通性についてうかがうと「レギュレーションのなかで勝負することはF1も軽自動車も同じですよ」という回答が印象的ですが、エンジニアが勝負に勝つためには成功体験が重要というのが浅木さんの主張でした。成功体験というのはエンジニアの自信につながり、次世代テクノロジーを生み出す種となるわけです。
スピーディに、チャレンジングに進める必要のあるモータースポーツ活動は結果も明確に見えてきます。つまり、エンジニアリングの種となる成功体験を積み重ねやすいのです。もちろん常に成功するとは限りませんが、失敗も糧になるはずです。だからこそ、自動車メーカー自身がモータースポーツ活動を行なうことには意義があるといえるのです。
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