場合によっては、ドライバーズタイトルも含めここでシーズンの趨勢が決する可能性もあった2023年WEC世界耐久選手権第6戦『6 HOURS OF FUJI 2023』の決勝。そのオープニングラップでは、フロントロウを占拠したTOYOTA GAZOO RacingのGR010ハイブリッドに最初の試練が訪れた。
ポールポジション7号車のスターターを担当したマイク・コンウェイが状況を説明する。
FCY時の速度違反で13台が審議対象。4車に10秒のタイムペナルティが加算/WEC富士
「そうだね、スタート直後のターン1は対処が難しかった。ポルシェ(6号車)が僕に追いついてきて勇敢にもブレーキを遅らせてきたから、こちらはインサイドに切り込むことができず、スロットルを開けることも難しかった。その時点でいくつかポジションを失う可能性があることはわかっていたが、さらに事態が悪くなる可能性さえあったからね」
■左側ハード、右側ミディアムは「ハズレでした」
ピットで見守っていた7号車ドライバー兼チーム代表の小林可夢偉は、この展開をある程度「予想していた」という。
「結構、GT上がりのドライバーって『スタート命』みたいなところはあるので。正直、富士だとそうなんじゃないかな? っていうのは読んでいた。僕らもジワジワ行くしかないし、ただ……思ったよりこの富士って『抜きにくいな』っていうのは、自分が乗ってるときでも感じていて。そこでリスクを背負える立場なのか、立場じゃないのか。片やチャンピオンシップでチャンスがないっていうところは、もう行くしかない。そこは心理の話なので」
このアクションによって6時間勝負の前半戦は、ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツが主導権を握る展開となり、さらにファーストスティント最初の1時間は、前に出られたフェラーリ・AFコルセの2台を攻略するのにも時間を取られることとなる。
スタートからのTGR陣営は7号車だけでなく8号車も、金曜に試していたアウトサイド左側にハード、イン側右サイドはミディアムというミックスコンパウンドを装着していたが、やはりこの週末を通じて初めて路面温度が40℃を超えてくる条件では「あれはハズレでした」と、前夜から「博打の要素がある」と説明していたとおりの状況も抱えた。
「タイヤの使い方とか、テストの状況が正直あまり参考にならなくて。暑くなったら基本ハードっていうのは普通のセオリー。でもそれで行ったら『ダメだな』って。ならば(セカンドスティント以降は)ミディアムにしたら『やっぱりいいね』と」
■『経験があって、アダプトできるドライバー』がカギ
決勝を通じて気温こそ20℃台後半で推移したが、ようやく快晴がのぞいた空から日差しの影響をたっぷり受けた富士スピードウェイの路面は、長丁場の耐久戦で可夢偉の担当した最終スティントでは30℃台中盤まで落ち込む変化もあった。
そのため、路面のインプルーブ含め各ドライバーが走らせる際には「もう自分に合うように、ブレーキの使い方だとか、エンジンのコントロールの仕方でいかにタイヤを持たすか、みたいなことをやって。バランスを作って行くっていう作業を求められた」と可夢偉は言う。
「今回に関しては本当にその場その場で、みんなアダプトしていくことが結果的にレースではキーだったような気がします。経験があるということが非常にアドバンテージになっているし、経験があってアダプトできるドライバーが乗っているというのもカギでした」
「フェラーリも『ずっと遅かったか?』と言ったら、なかには速いスティントもあった。それはなぜかと言ったら、やっぱりアダプトできるドライバー乗ればしっかり速くなる。今のGRは全ドライバーがそれをできる、ということなんですよ」
それは8号車の中盤スティントを担当した平川亮のオーバーテイクにも表れた。首位・ポルシェの6号車の背後に7号車、そして8号車平川という3台ワンパックに近づきつつあるなか、「戦略が違うから、リスクを取る必要はない」とするチームの意見に対し「いや、僕はもっと早く(7号車とのポジションを)入れ替えろって思ってましたよ」と可夢偉は明かす。
「そこで痺れを切らして(笑)。僕は全然入れ替えた方が、平川なら(6号車を)抜いてくれるんじゃないかと。やはり僕らは普段ここでレースをしているから(抜けないなかでも)どうやったら抜けるかをよく知っている。海外選手のオンボードを見ると『何でここ行くの』っていうところで、やっぱり行ってしまう。その意味でも、この富士でどうやってバトルするかを知っている僕らの方が、間違いなく一発で決められるというのは分かっていた」と可夢偉。
その平川に先行してポルシェ攻略を目指したホセ・マリア・ロペスは、レース後に「僕らのクルマが良いペースを持っていることは知っていたが、彼(6号車)の背後に近づくと、まるでスキーみたいになって追い抜きは本当に困難だった。それでフロントタイヤがダメになって、最終的にはギブアップさ」と振り返っていた。それだけサーキットでの走らせ方に勘どころがある、ということなのだろう。
「富士に関しては、僕らのように普段日本でレースをしてるアドバンテージと、そのバトルの仕方。ここで『絶対抜ける』っていうのはすごく大きくあると思うんですよね。『ここは我慢して』とか『ここはタイヤを使い切らず、ここで一気に行く』だとか。多分そういうのは、スーパーフォーミュラとかをやってたら何となくわかると思います」
■最終戦は「コントロールする必要もない」
最終的にワン・ツーという戦果により、地元レースでマニュファクチャラーズタイトル6連覇を決めたTGR陣営だが、残るドライバーズチャンピオンシップでは首位8号車が133ポイント、2位7号車が118ポイントとなり、3位の51号車フェラーリ499P(アレッサンドロ・ピエール・グイディ/ジェームス・カラド/アントニオ・ジョビナッツィ組)は102ポイントと、最終戦バーレーンでは2台による一騎打ちも期待される。
「そこは別にコントロールする必要もないし。普通にレースしていいんじゃないかと個人的には思います」と続けた可夢偉。
その言葉には、フェラーリやポルシェを筆頭にプジョーやキャデラックなど百花繚乱の時代を迎えた今季のWECにあって、ドライバーとしてだけでなく代表として取り組んできたチーム作りに対する手応えも滲んだ。
「『トヨタしかいなかった』と言われる時代がやっぱりあって、そのときも僕たち『とりあえず転がしてた』わけじゃないよ、と。しっかりクルマを作って、人を鍛えて、ドライバーも鍛えて、それでここに今いて。(今季は)ル・マン以外を考えたら全部勝っていて、でも、クルマはそんな大きい差じゃない。じゃあそこが『何なの』かと言ったら、やっぱり本当に全ドライバーが安定して、速いクルマの限界を引き出せて、ピットストップも絶対ミスなく、戦略も、タイヤのチョイスもミスなく……こういう集大成が今の結果に表れてると思います。他のマニュファクチャラーがいない数年間、トヨタとして『何でやってるの?』と言われてきたかもしれない。でも、その意味は今ここで証明されているんじゃないかな」
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