博物館巡りで見つけた“世界初”のFR車
改めていうまでもなくFRとはフロントエンジン・リアドライブ。つまりキャビンの前方(=フロント)にエンジンを搭載して後輪を駆動するというスタイルで、最もスタンダードな駆動形式として多くのクルマが採用してきた。
自動車博物館巡りで見つけた“世界初”!前輪駆動車第1号は大砲運搬車
以前紹介したように、世界で最初に誕生した自動車「キュニョー」の砲車は前輪駆動(FF)。その後、前輪の操作性の優れた後輪駆動がクルマ界の多勢となっていくが、1970年代後半あたりから居住スペースを大きく取れる前輪駆動(FF)がポピュラーになってくる。それでも前輪は操舵、後輪は駆動とドライビングの理に適った駆動方式として多くの自動車ファンからFRは熱望され続けてきた。
トヨタのAE86型カローラ・レビン/スプリンター・トレノ、日産のシルビア、マツダのロードスターしかり。さらには現行のトヨタ86や新たに登場するGRスープラなど、FF全盛の中、あえてFRを選んで登場してくるクルマたちには今もなお熱い視線が注がれている。では、世界初のFR車はなんだったのか。
世界初となる内燃機関搭載車
一般的には、キュニョーの砲車が世界初の自動車と認められるまで、「ベンツ パテント・モトールヴァーゲン」が世界で最初に誕生したクルマとされてきた。フロアにウッドを敷き詰めた写真の1台は1886年式。世界初の「内燃機関」を搭載して特許を取った自動車、ということになる。※メルセデス・ベンツ博物館(Mercedes Benz Museum)にて撮影
その成り立ちを見てみると、リア・アクスル上に4ストロークの単気筒エンジンを搭載。それを後輪で駆動するパッケージなので、間違いなく後輪駆動だ。リア・エンジンかミッドシップエンジンなのかは判断の分かれるところだが、フロントエンジンでないことだけは事実。
他にもドイツのラーデンブルグにあるドクター・カール・ベンツ自動車博物館(Automuseum Dr. Carl Benz)や、オランダのベンツ・ディーラーに併設されたカレル・ヴスト博物館(Carel Wüst Museum)といったシンパシーのある博物館だけでなく、中国の北京自動車博物館や上海自動車博物館、あるいは韓国のサムソン交通博物館にもレプリカが展示されている。
これらはクルマの父とされるベンツから、同好の志である博物館に寄贈されたものと勝手に思い込んでいたのだが、どうやらこれは各博物館が購入したようだ。
FR車の元祖「パナール・エ・ルヴァッソール」
では世界最初のFR誕生は、前述のベンツから僅か5年後の1891年。フランスはパリに本拠を構えていたパナール…正式には創設者の2人、ルネ・パナール(René Panhard)とエミール・ルヴァッソール(Émile Levassor)の名前からパナール・エ・ルヴァッソール(Panhard et Levassor)と呼ばれたメーカーが、初めてキャビンの前にエンジンを搭載するパッケージを完成させたのだ。
それまでのクルマは、リア・アクスル付近にエンジンをマウント。ドライバーやパッセンジャーは、その上に座るというパッケージだった。クルマの重心も高くなってしまい、操作性はハンドリング云々というよりはるか以前のレベルだった。
これに対してパナールはエンジンを前方に出すことによってドライバー&パッセンジャーの着座位置や重心位置を引き下げた。ただし、エンジンの後方にクラッチとミッション、ファイナルドライブを1列に並べていたが、最終的にはチェーンを使ってリジットのリア・アクスルに駆動を伝達していた。この駆動レイアウトが、そのまま現在のFRに継承されているというわけではなかった。だが、FRの原型が形成されたのは事実だった。
鮮やかな黄色のホイールが印象的なパナールは1891年式。パリから北西に約100km離れたコンピエーニュ(Compiègne)の国立ツーリングカー博物館(Musée National de la Voiture du Tourisme)にある。ルイ15世が改築し、以後は王家が狩猟の際に居城としたコンピエーニュ城がある町として有名で、博物館も城の一角に整備されている。まるでレーシングカーの博物館と勘違いしそうなネーミングだが、“旅の乗り物”博物館と訳した方が相応しいだろう。
古典的ルックスだが現在に繋がる駆動システム
そのパッケージをより現代のFRに近づけたのは、現在のルノーの前身であるルノー・フレール社を兄弟で設立したルイ・ルノー。ルノーは、ドディオン・ブートン トリシクル(De Dion-Bouton Tricycle)と呼ばれるエンジン付きの3輪自転車を4輪に改造していく過程で、ドライブシャフトとジョイントを介してリア・アクスルにトルクを伝える“シャフトドライブ”と、トップギアが直結となる“ダイレクト・ギアボックス”を考え付く。これが1899年のルノー・フレール・タイプAのFRシステムであり、自動車史上に残る大発明となった。
FRレイアウトのクルマは今でも、このルノーのように“シャフトドライブ”と“ダイレクト・ギアボックス”を使用。AE86型レビン/トレノやシルビア、GRスープラでも何ら変わることはない真理となっている。
エンジン付きの3輪車であるド-ディオン・ブートン トリシクルは1898年式の個体で、こちらはフランスのミュルーズにあるフランス国立自動車博物館、通称シュルンプ・コレクション所蔵のものだ。
赤いホイールの1899年式ルノーは、前述のフランス国立ツーリングカー博物館で撮影したものだが、まるで「エンジン付きのクルマを発明したのはドイツ人だけど、それを育んできたのは我々フランス人だ!」とアピールしているようでもあった。
余談だがフランス国立自動車博物館は収蔵車両が半端ないことで知られている。何しろ、展示車両の目玉として1台あれば充分とされるブガッティですらなんと100台以上が収蔵されているのだ。繊維工場で財を成したシュルンプ兄弟が、私的にコレクションしたものだが、不況から強制解雇、それを不服とする工場労働者の暴動…、様々な紆余曲折の後、現在はフランスの国立自動車博物館として国営団体が管理するようになっているといういわれがある。これもまた歴史の綾の一つだろう。
現在、FR車の上位クラスに位置するハイパフォーマンスカーのTOYOTA GRスープラ。120年の時を経てルックスもテクニカル・レベルも世界初のFR車とは全くの別物となっているが、そこに脈々と流れるFRの根源メカニズムと、クルマを心から楽しみたい、との想いは共通しているのだなぁ…と。40年以上もFFに乗り続けた親爺が言うのも何なんですけど…。
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