風吹裕矢と“北海の龍”が駆ったランチア・ストラトス
1975年から週刊少年ジャンプでの連載が始まると、空前のスーパーカーブームを巻き起こした『サーキットの狼』。その影響力は大きく、日本における自動車産業の発展にも貢献した。そんな名作に登場するスーパーカーたちが築き上げた「伝説」は、約半世紀を迎えた現在でも色褪せることはない。今回は主人公である風吹裕矢の愛車として、また好敵手である“北海の龍”の愛車として登場する「ランチア・ストラトス」に注目。作者である池沢早人師先生にその魅力を語って頂く。
池沢早人師に訊くスーパーカーブームのウラ側「第16回:ストラトスのコーナリング性能は最強!」
ストラトスを真っすぐ走らせるのは至難の技!
ランチア・ストラトスはとても特殊なクルマで、フェラーリやランボルギーニ、ポルシェなどのロードゴーイングモデルとは一線を画していた。その生い立ち自体が当時のWRCで勝つことを目指して生まれたホモロゲーション用のラリーカーだからね。
名前のストラトスが「成層圏」を意味するように、当時としては圧倒的な斬新さを持っていた。シャープなボディと戦闘機のように湾曲したフロントガラス、極端に短いホイールベースにディーノ246GTと共通する2418ccの排気量を持つV型6気筒DOHCエンジンをミッドシップ。980kgの軽量ボディに190psの最高出力を組み合わせていたんだから戦闘力は高いハズだよね。
実際にWRCやモンテカルロラリーで優勝した実力は伊達じゃない。それに、ボクがストラトスで最も気に入っているのが当時のグループ5と呼ばれる派手なエアロボディだ。作中でもル・マン・インジャパンとして日光の市街地特設コースを舞台にしてシルエットフォーミュラに改造した風吹裕矢のストラトスを登場させているんだけど、これはボクの好みが大きく反映されている。
愛車遍歴としては、ポルシェ930ターボに続いて手に入れたのがランチア・ストラトスだった。そのあたりから複数台所有するようになったんだ。ボクが手に入れたストラトスはオートロマン(編注:輸入車専門店)がスーパーカーショーに展示していたクルマで、鮮やかなイエローのボディが強烈なインパクトだったね。当時の価格で750万円はフェラーリやランボルギーニに比べると安かった。現在に換算すると2300万円くらいかな?
コクピットに座ってみると戦闘機みたいでワクワクさせてくれた。前後のカウルがランボルギーニ・ミウラみたいに“ガバッ”と開くのがカッコ良かったよね。エンジンはディーノ246GTと共用だったけど、本家のディーノとは違ってカウルが大きく開くから整備性は抜群。でも、シフトだけはストロークが大きくてキビキビ感が無かったのが残念なポイントだよね。あと、窓が半分しか開かないのが不便だった。今みたいにETCの無い時代だから、料金所を通るたびにアタフタしていたからね。
実際にドライブをしてみると、これがクイックというかトリッキーでね。当時はフェラーリ512BBも所有していたので、ボクがフェラーリを運転しストラトスは友人に任せて箱根まで着いてきてもらったら、コーナーでルームミラーを見る度にストラトスは横を向いていた! また別の友人は、ひとつ目のコーナーで大スピンをして顔が真っ青になっていたのは今でも忘れられない思い出だね。
強烈なオーバーステアはクルマを振り回せる人には楽しいかもしれないけど、コントロールできない人には気難しいクルマに思えただろう。まぁ、世界最高峰のラリーであるWRCで勝つために生まれたホモロゲーションモデルだから、公道用として世に送り出されたスーパーカーたちとはレベルが違うのは当然だよね。
短いホイールベースとミッドシップの性格が極端で、直線で最高速を楽しむクルマではない。箱根や伊豆のワインディングでコーナーを最速で走り抜ける快感は、他のクルマでは絶対に味わえない感動があった。ポルシェやフェラーリに直線で離されてもコーナーの出口では真後ろに迫ることができるからね。
軽い車体は1トンを切っていたし、ディーノ246GTと同じエンジンを載せていてもギヤ比が違っていたこともあって運転するのが楽しいクルマだった。昔、絶不調のディーノに乗っていた頃は味わえなかったフェラーリのV型6気筒DOHCエンジンの良さを、ストラトスに教えてもらった。
ランチア・ストラトスと過ごした期間は1年程度と短かったけどその印象は強烈だった。風吹裕矢の愛車として作中に登場させたのも、大排気量のスーパーカーではなく小型ながらも戦闘力の高いモデルだったことが大きいと思う。基本的には主人公の代名詞になったロータス・ヨーロッパと共通する所が多かったのも大きな理由かな。
主人公が大排気量やハイスペックなクルマで勝負に勝っても面白くないでしょ? やっぱり「小よく大を制す」じゃないけど、このハンデキャップを乗り越えることがストーリーを盛り上げるには欠かせないポイントだからね。
LANCIA STRATOS HF
ランチア・ストラトス HF
GENROQ Web解説:WRC制覇のみを目指して開発
1970年、トリノ・ショーで披露された「ストラトスHFゼロ」は、ベルトーネによるエッジの効いたデザインが与えられたコンセプトカーとして注目を集めた。その後、ラリーで活躍できるクルマを求めていたランチア社のリクエストに応えるように、屈強なモノコックボディとスチール製のフレームを融合し、前衛的なデザインと高い整備性を高次元で発揮する「ストラトス」が誕生することとなる。
デザインはベルトーネに在籍していたマルチェロ・ガンディーニが、シャシー製作はランボルギーニ・カウンタックやBMW・M1を手掛けたダラーラのウンベルト・マルケージが担当。1971年のトリノ・ショーではプロトタイプがお披露目され、翌1972年にはWRCのツール・ド・コルスに参戦。初年度はサスペンショントラブルにより成績は振るわなかったものの、翌年にはウィークポイントを改良し戦闘力を高めていく。
当時のラリーカーは量産車をベースにラリーカーを作ることが一般的であり、ランチアは「連続する12ヵ月に400台を生産する」というグループ4の規定に基づき、ラリーカーとしてストラトスのストラダーレ(公道市販車両)を生産した。供給に不安があったディーノ246GTやフィアット・ディーノに使われるV型6気筒DOHCエンジンを採用したため、ホモロゲーションを獲得したのは1974年の10月だったものの、規定台数を達成できたのは翌年以降にずれこんだ。
1974年から製造を開始したランチア・ストラトスHFは「ラリー選手権で勝つために生まれたクルマ」であり、市販車を改造したラリーカーとは一線を画する。さらにはホモロゲーションを獲得するために市販されたこともあり、そこに快適性などは存在しない。屈強なモノコックボディの前後には鋼管フレームを組み合わせ、サスペンションは前後共にダブルウィッシュボーンを採用。
ディーノ246GTと共用するエンジンはラリーでのパフォーマンスを優先。最高出力は5psほどデチューンした190ps/7000rpmとなるものの、ラリーフィールドで実力を発揮する中低速重視のセッティングへと変更されている。
成層圏を意味する「ストラトス」はその名の通りスペイシーなデザインを持つ。全長3710×全幅1750×全高1114mmのディメンションに加え、驚くべきはホイールベースが2180mmと極端に短いことだ。これも、直進安定性を犠牲にしても回頭性を重視しコーナリングのパフォーマンスを向上させるための設計である。
ラリーカーとして誕生したストラトスは1973年、スペインで開催されたファイアストーン・ラリーのプロトタイプクラスで初優勝を獲得したのを皮切りに、ポディウムの頂点を総なめにしていく。翌1974年に開催されたWRCではわずか4戦でメイクスタイトル(製造者部門タイトル)を獲得。1975、1976年と3連覇を果たす。ラリー界において「最強」の称号を獲得したストラトスは伝説を築き上げ、今もなお名車として数多くのファンに愛され続けている。
なお、今回取材した車両はランチア・ストラトスを忠実に再現してリリースされた、ホークリッジHF2000。キットカーであるホークリッジHF2000のパワートレインはアルファロメオ製V6やフェラーリ製V8などを任意に選べ、オリジナルに遜色ないパフォーマンスを発揮するとして人気が高いモデルだ。
TEXT/並木政孝(Masataka NAMIKI)
PHOTO/市 健治(Kenji ICHI)
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