伊藤忠商事と子会社の伊藤忠エネクス、独立系投資ファンドのジェイ・ウィル・パートナーズ(佐藤雅典社長、東京都千代田区)の3社連合が、自動車保険金の不正請求問題で経営が悪化しているビッグモーター(和泉伸二社長、東京都多摩市)について買収を検討していくことが11月17日に明らかになった。伊藤忠、伊藤忠エネクスは同日、「ビッグモーターと基本合意書を締結し、同社が運営する事業についての再建の可能性を検証するためにデューデリジェンス(資産査定)を開始する」とのコメントを発表した。ビッグモーターも「お客様、お取引様、そのほかの皆様からの信頼回復にむけて全力を尽くしていく」とのコメントを出した。
資産査定は2024年春まで行い、買収するかどうかを決定する。また、ビッグモーターの創業家の兼重宏行前社長、息子の宏一前副社長の影響力排除を買収の条件としている。
〈インタビュー〉伊藤忠などのビッグモーター買収検討をM&A専門家に聞く 公認会計士・久禮義継さん 一般論は事業譲渡が有力
伊藤忠は、11年に英国のタイヤ販売チェーン「クイックフィット」を買収し、自動車のアフターマーケット全般に関心を示す。子会社に輸入車販売大手の「ヤナセ」も持つ。エネルギー商社である伊藤忠エネクスも、関西で約100店舗を展開する日産大阪(小林恭彦社長、大阪市西区)をグループ会社に持つ。レンタカー事業やオークション事業も行っている。ガソリンスタンドが減る中でそれを補う必要がある。
一方、ビッグモーターは全国に約250の店舗網、130超の工場網を持つ。高給だったことで日本人の整備士を多く抱えていることも、買収側にとっては大きな魅力となっている。これらの資産や機能を買収することで、伊藤忠グループは短期間で自動車に関する経営基盤を大幅に強化できる。
日本の自動車市場では今後、電気自動車(EV)の急速な普及が進むことが予測される。今回の買収により中古車市場である程度の支配力を持つことができれば、将来的には電池のリサイクルや、電池を活用した再生可能エネルギーの調整関連事業など、新たなビジネスの展開が可能になる。ある意味、巨大な資本力を持つ商社としては、チャレンジするテーマが多い宝の山と捉えたといえる。
独立系ファンドのジェイ・ウィル・パートナーズも、不振企業の再生に強いファンドとして知られる。最近では再建中の後発医薬品の日医工(岩本紳吾社長、富山市)の第三者割当増資を引き受けた。この時に法律上のアドバイスを行ったのが、西村あさひ法律事務所(中山龍太郎執行パートナー、東京都千代田区)。同事務所は、今回のビッグモーターのスポンサー探しで法律面のアドバイザーだった。
最大の焦点は兼重家の影響力排除今回の買収が成立すれば、ビッグモーターにも大きなメリットがある。同社が自力再建を断念し「身売り」に舵を切った背景には、決定的な「信用面の棄損」があった。安心感を醸し出せる企業を求めていたため、伊藤忠グループになればイメージアップにつながる。伊藤忠も企業向け事業が中心で、ビッグモーターの買収がマイナスイメージとして既存事業に影響を与えることも少ないとみられる。
ただ、最大の焦点は創業家の影響力排除だ。今回の合意で3社連合とビッグモーターがわざわざ「創業家の影響排除」を条件にしたのは、現時点ではそれが大きな壁になっていることの裏返しだ。
ビッグモーターの全資本は創業家の資産管理会社が持っている。伊藤忠側は、旧ジャニーズ事務所が行ったように、新会社などに優良事業の営業譲渡を受けるイメージをもっている。個人客や元従業員との民事訴訟、損害保険会社への数十億単位の補償など「簿外債務」は兼重家が株を持つ旧会社に残したい考えだ。ただ、兼重家はこの営業譲渡方式に難色を示しているとされる。もし、うまくいかなかった場合は、最終的に3社連合の買収が破談になる可能性もある。
17日のこの件の発表後、ビッグモーター社内では和泉社長の動画が流された。これから資産査定に入ることを説明したものだった。社員からは「決まったわけではないのか」と落胆する声も聞かれたという。
(小山田 研慈)
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それでもしばらく「旧ビッグモーター」と呼ばれるだろうが。