生産終了が決まったホンダの2シーター・オープン「S660」に設定された特別仕様車「モデューロXバージョンZ」に今尾直樹が試乗した。
モデューロとはなんぞや?
一切妥協のないドゥカティ──新型ムルティストラーダV4S試乗記
エアロダイナミクスの重要性はよくいわれることだけれど、リアル・ワールドでもこんなに違うとは! 目から鱗。びっくらぽん。“実効空力” おそるべし、である。
さる3月12日に発売となったホンダS660の特別仕様車モデューロXバージョンZの試乗会に参加して、筆者はしみじみそう思った。以下、順を追ってご説明したい。
試乗会は3月某日、袖ヶ浦フォレストレースウェイで開かれた。この全長2.4kmほどのサーキットで、ノーマルのS660、モデューロの純正アクセサリー装着車、そしてモデューロXバージョンZの3台が用意され、15分ずつ、ステアリングを握ることができたのである。
その前に、モデューロとはなんぞや? について説明する必要があるでしょう。じつは私、正直に申し上げて、ぜんぜん知らなかった。ごめんなさい。
モデューロとは、ホンダアクセスというホンダの純正アクセサリー用品を扱う子会社が1994年にアルミホイールのブランドとして立ち上げた。やがてエアロ・パーツやスポーツ・サスペンションにも手を広げ、2012年にこれらモデューロ・ブランドのパーツを製造ラインで組み付けたコンプリート・モデルを発売する。「N-BOX」をベースとする「N-BOXモデューロX」がそれだ。
2015年にN-ONEモデューロXを送り出すと、以後、「ステップワゴン」、「フリード」、「S660」、「ヴェゼル」のコンプリート・モデルを年に1台のペースで世に問うている。開発アドバイザーはかのドリキンこと土屋圭市氏で、今回の試乗会でも車両説明が始まるまで流されていた動画のなかに、土屋さんがモデューロXの開発ドライバーにこう語りかけるシーンが出てきた。
「開発担当者としてもうちょっとクルマを楽しんだら」
北海道にあるホンダの鷹栖テストコースとおぼしきところを走るS660モデューロXの姿を前後にはさんでレーシング・スーツ姿の土屋さんはこうもいう。
「このクルマを買って楽しむひとの気になって運転しないと」
ドリキン、いいこというなぁ。
振り返れば、ホンダS660の登場は2015年。あのビートから19年の空白をはさんでの軽ミドシップ・スポーツカーの復活だった。そのS660をベースとするモデューロXは2018年の発売で、カタログ・モデルとしてS660のホームページにも掲載されている。
フツーのS660との違い
フツーのS660とモデューロX、なにがどう違うかというと、足まわりの違いもあるけれど、最大のポイントは冒頭に記した“実効空力”にある。ホンダアクセスの用語とされるこれは、日常の速度域でも体感できる空力効果を指す。エアロダイナミクスでもって「地を這うような吸い付き感」を実現しよう、というコンセプトなのだ。
そうするとコーリン・チャプマンのロータス78、グラウンド・エフェクト・カーを思い浮かべるわけですけれど、まさかね……。と、袖ヶ浦のサーキットの建物内で開発陣による車両説明を聞きながら思う筆者だった。
S660モデューロXは、ホンダアクセスの開発チームが独自にデザインしたフロント・バンパーとリアのロワー・バンパー、それに車速70km/h以上で自動的に30mmリフトし、35km/h以下になると自動的に格納するアクティブ・スポイラーを装着している。
これらエアロ・パーツは試作品を装着しては実走し、実走してはつくり直し、をひたすら繰り返す職人仕事だったという。決めては数値ではなく、ひとの感覚。デザイナー、クレイのモデラーまで実走テストに参加し、テストの結果を共有しながら、納得のいくまで試行錯誤したそうだ。
足まわりでは、「“固い”“柔らかい”を超越した上質な乗り心地をひたすらに求めた」。最初はホンダ「ビート」の登場20周年記念でホンダアクセスが2011年に発売したスポーツ・サスペンションをベースにし、開発初期はビートでテストした。ここでも実走行を繰り返し、そこから生まれたのが、スプリング・レートはノーマル比、フロントで約10%、リアで約20%、それぞれプラスに、5段階減衰力調整機構付きのダンパーの減衰特性はおなじくノーマル比、前後共に伸び側をおおよそ30%マイナスにし、縮み側をおおよそ30%プラスにするというセッティングだった。
GTマシンとおなじデザインのホイールは、オリジナル比で約1kg軽く、剛性を横方向で約30%、縦方向で約16%マイナスにしている。剛性を落とすことで、ホイールをしならせ、タイヤの接地面圧を高めることを狙っている。ホイールの剛性の縦方向と横方向の比率は1:1が理想だそうで、モデューロXのアルミホイールはその理想に近づける縦横比1.18になっている(純正は1.32)。
モデューロXシリーズは、「誰が、どんな道で乗っても、安心して気持ちよく走れる!」を、コンセプトにしている。「あらゆる路面で懐が深い」。「しなやかで上質な乗り味」。そして「意のままに曲がれる」。この3つを、実効空力エアロパーツと専用の足まわりで実現しようというのがS660モデューロXなのだ。
今回追加となったS660モデューロX バージョンZは、来年3月で生産を終了するS660のラスト・ソングとして設けられた特別仕様車で、外観ではソニックグレー・パールという青味がかかったグレーのボディ色を新設定(ほかの色も選べる)、ホンダのHマークやアルミホイールをブラック塗装に、インテリアではカーボン調のパネルを加えるなどで、差別化を図っている。
そう。ホンダS660は2022年3月で引退する。理由は、安全基準の変更、とりわけ衝突被害軽減ブレーキ、いわゆる自動ブレーキの義務づけに対応するのがむずかしいからという。そんなの後づけでなんとでもできるように思うけれど、ようは算盤が合わないということなのでしょう。
繊細かつ、混じり気がない走り
さてそこで、サーキットで得た印象を述べる。最初はノーマルのS660αである。S660にはαとβ、装備の違いによって2種類があり、高いほうのαがモデューロXのベースとして選ばれている。動的性能に違いはない。ドライバーの背後の658cc直列3気筒ターボは、最高出力64ps/6000rpm、最大トルク104Nm/2600rpm。ホンダの軽自動車用としては1世代前のエンジンだけれど、数値的には最新の、たとえばN-ONE RSとまったくおなじ出力とトルクを発揮する。専用のターボチャージャーを備えていて、7000rpm から始まるレッドゾーンまで気持ちよく回る。車重は6速マニュアルで830kg。少なくとも心情的には十分速い。
袖ヶ浦フォレストレースウェイは全長2.4km のなかにコーナーが10カ所もあって、ストレートが短いからS660でも4速までしか使わない。たいへんテクニカルなコースで、3コーナーから4コーナーへのアプローチはどうやって走ればよいのか、9コーナーのヘアピンもむずかしいし、上りでブラインドになっている最終コーナーなんて、ゆっくり走りますよ、私は。
おまけに散水車が持ち込まれていて、水がまいてある。あえて路面を滑りやすくして、ノーマルとモデューロXとの違いを際立たせようというのだ。タイヤはいずれも純正の横浜アドバン・ネオバAD08R で、サイズは前165/55R15、後195/45R16を装着している。
で、最初に乗ったノーマルのS660αは運転していてとても楽しいけれど、ボディのロールが大きくて、コーナー入り口でリアがちょっとムズムズする。ムズムズすること自体は悪いことではない。だって、クルマが教えてくれているのだ。おかげで筆者は「おっかないなぁ」と恐る恐る走ることができ、スピンしたりしなかった。
続いて、純正アクセサリー装着車である。純正の前後バンパーにアクティブ・スポイラー、それにモデューロXの5段階減衰調節機能はないけれど、5段階目とおなじ減衰特性のダンパー、それにスプリング、同じホイールに、同じブレーキのドリルド・タイプのディスクとスポーツ・パッドを装備している。
走り始めると、明らかに乗り心地が硬い。ロールもピッチングも、ようするに姿勢変化が小さい。路面が乾いてきたこともあるけれど、きわめて安定している。ただ、あまりに安定していて単調に感じる。パワーに対して足まわりが優っている。もちろん、これはいいことで、もしもタイムを計ったら、こちらのほうがノーマルよりよいだろう。
最後にS660モデューロX バージョンZである。驚いたことに、気持ちよくロールする。もしかしてロールはしていないかもしれないけれど、ロール感が最前の純正装着車よりはるかにある。しかもそのロールがピタッと安定している。スプリング・レートとダンパーが違っていて、ソフトな設定なのかと思ったくらいだけれど、あとで確認したところによれば、足まわりの設定は純正装着車と同じだという。違うのは実効空力のみ。両車のフロント・バンパーを見較べると、デザインが微妙に異なっている。
モデューロXのフロント・バンパーは、バンパー両サイドに設けられた「エアロガイドステップ」の微妙なでっぱりが空気の流れをコントロールして旋回性能を向上させている。フロントのフロアの前端に設けられた「エアロガイドフィン」という小さなフィンが空気をきれいにリアへと流し、直進安定性を高めてもいるという。純正装着車にも付いていたアクティブ・スポイラーは、リフト抑制に効果を発揮するわけで、安定感があること自体は、純正装着車もそうだった。
でも、運転感覚はぜんぜん違う。S660モデューロXの空力性能のコンセプトは「接地荷重を4輪に均等配分し、かつ安定させる」というもので、ノーマルが走行時、前傾姿勢になり、フロント・タイヤに荷重がかかってフロント中心にヨーが発生するのに対して、前後リフト値を均等に近づけ、すべてのタイヤに均等荷重をかけて、外乱に強く、ヨーの発生を小さくしているという。
筆者の感覚としては、前輪を中心に曲がっているのだけれど、ノーマルよりリアが断然落ち着いている。実効空力のおかげなのか、旋回中にアクセルを戻すと、フロントのノーズがインに入るその反応が、それまでの2台よりもわかりやすくて、なおかつ安定感、安心感がある。なにより、アクセルのオン/オフを試してみたい。と、思わせる。ノーマルでは、リアがムズムズするので、そんなこと怖くてできなかった……。クルマ全体の滑らかな動きが印象的で、繊細かつ、混じり気がない。あえて似ているモノを探すと、ロータス「エリーゼ」の名前が浮かんだ。
エンスージアズムにほかならない
モデューロXの開発統括の福田正剛氏によると、純正装着車との違いは空力だけという。「荷重移動するときに空気の部分で前後に軸をつくってあげる。空気の流れ方の過程をちゃんと考えて、空気でコントロールしなかったら、あんなにきれいに(荷重が)移行しない」ということだった。
“実効空力”がどれほど微妙な技術かというと、撮影のため、最後に幌を開けて走った。
撮影用なので、ゆっくりだった。それでも、幌を閉じて走ったときのボディの上下動の小ささ、落ち着きに較べると、若干劣っているように感じた。実効空力は、幌を閉じて開発している。S660はドライバーの背後にあるリアのガラスを電動で開閉できるので、それを開けると、多少なりとも空気の流れを改善できるという。
いやはや、それにしても、このような職人仕事を、自分たちを「職人」と定義しながら、なりわいにしているひとたちがホンダという組織のなかにいらっしゃることにあらためて敬意を表したい。
たぶん本流のエンジニアとは、ちょこっと別のところにいる。だからこそ、こんな仕事ができる。彼らを駆動しているのは、「あぁ、気持ちいい」「楽しい」「おもしろい」と、ユーザーに感じて欲しいというエンスージアズムにほかならない。
S660モデューロXバージョンZの車両価格は315万400円。ノーマルのS660αは232万1000円だから、82万9400円も高い。
とはいえ、である。S660は日本の神話となるスポーツカーである。その掉尾を飾るS660モデューロXの特別仕様車、バージョンZはプライスレスでメモリアルな存在となるだろう。
文・今尾直樹 写真・田村翔
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余裕のある人は、EV時代が来る直前の今、買って大切に乗り続けてほしい。
オプション色々つけて、乗り出し290万円。それでもアクティブスポイラーや足回りのオプションは付けられなかった。流石に軽に300万円は出せなかった。でも、バージョンZは全て付いて乗り出し350万円。
これは購買意欲を掻き立てられる。で、3月20日に契約してしまった。
納車予定は12月。
15年製を購入した時も試乗どころか、見もしないで購入。
でも、好きな物を手に入れる時はそんなものである。
躊躇していたら機を逃す。
あと8ヶ月、気長に待ちます。