ホンダの定番コンパクトカーは、スポーツモデル廃止でクロスオーバーを新設! 新型フィット「クロスター」誕生と「RS」廃止の背景は?
2020年2月に発売された新型フィットに新たに加わった「クロスター」が人気を集めている。その名のとおり、クロスオーバー仕立てとしたモデルで、3月時点でホンダが発表した初期受注でも、全体の約15%を占めた。
一方、新型の登場と同時に廃止されたのがスポーツ仕様の「RS」。フィットはなぜRSをやめ、クロスターを新設したのか。御堀直嗣氏が解説する。
文:御堀直嗣
写真:編集部、HONDA
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代々フィットに設定されたスポーツ仕様「RS」
先代モデルに設定されたスポーツモデルの「RS」。フィットは2代目、先代と続けて「RS」を設定し続けてきた
21世紀最初の年である2001年に初代フィットが誕生したとき、開発責任者であったのは前本田技術研究所社長を務めた松本宜之LPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)だった。
そのとき松本が語ったのは、「ホンダらしくシンプルなスモールカー」であった。車両概要は省くが、車種体系も簡素で、「W」、「A」、「Y」の3種類とした。
これは、使う人それぞれの日常生活に身近なクルマであるように、自分の道、My Wayを選ぶという意味で、Wayのアルファベット、W、A、Yの3車種としたのである。松本LPLの狙い通り、クルマづくりだけでなく、車種構成もシンプルに徹していた。
3年後のマイナーチェンジで、スポーツ車種の「S」が追加となった。そして2007年の2代目で、「RS」が登場する。
RSの意味は、「ロード・セーリング(道・帆走)」である。道をさっそうと走るといった意味であろう。そして、RSはエンジンを1.5Lとした。よりスポーティな走りを実感できるようにするためだ。
また、「IMA」と呼ばれたエンジン主体のハイブリッドシステム搭載車種も、2010年に加わっている。
2013年の3代目でも1.5LガソリンエンジンのRSは継承された。また、3代目からは、ハイブリッドシステムが1モーターと7速ツインクラッチ式変速機を組み合わせた「i-DCD」へ変更となった。
フィットクロスター誕生で廃止! RSのルーツは?
新型フィットで新たにラインナップされた「クロスター」。流行りのSUV風モデルで、最低地上高も標準モデル比で高められている。
今年発売された4代目ではRSがなくなり、SUV風を加味してクロスオーバー的な「クロスター」という車種が誕生した。
ガソリンエンジンは1.3Lのみで、ハイブリッド車は1.5リッターガソリンエンジンと2モーターのシステム(e:HEV)が組み合わされ、機械式の変速機はない。
歴代フィットの変遷を見ると、仕様の設定やパワーユニットが、時を経ながら様々に変更されてきた様子がうかがえる。
RSの名称は、いつから使われはじめたかというと、初代シビックの時代にさかのぼる。
シビックは、1972年に誕生した。2輪で創業したホンダは、4輪事業へ軽自動車で進出したあと小型車へも手を広げ、ホンダ1300を発売した。ところが、その売れ行きは伸び悩んだ。それを挽回すべく開発されたのが、シビックである。
このとき、ホンダ伝統の「マンマキシマム・ユーティリティミニマム(人の居住空間は最大に、効率や経済性は効率よく)」の思想が明確にされた。
当時の開発責任者であった木澤博司LPLは、「他社と比較してどうかではなく、いまホンダがどういうクルマを創らなければいけないかという絶対値を見つけ出したかった」と、語っている。
そこから導き出された答えが、5平方メートルに収まる車体寸法であった。2輪で創業したホンダの販売店は規模が小さく、その店先にも置ける大きさにこだわったのである。
これを満たすため、2ボックス型の車体と、FFの前輪駆動方式が導き出された。当時、先行してトヨタや日産から販売されていた小型車のカローラやサニーは、ごく一般的なセダンの3ボックス型をしていた。
排ガス規制と性能低下の“反動”で生まれたシビックRS
初代シビックに設定された「RS」。欧州ではスポーツハッチの定番ネームだが、当時の環境意識に配慮して「ロード・セーリング」の略とされたという逸話も
さらにシビックは、1970年代に世界の自動車メーカーを苦しめた排出ガス浄化規制を達成するため、独創のCVCC(複合渦流調整燃焼方式)エンジンを完成させ、1973年にシビックに搭載し、発売する。
これが世界初の排出ガス規制達成車となり、トヨタ、フォード、クライスラー、いすゞと技術供与の調印がなされた。
しかし、CVCCエンジンを搭載したシビックの運転感覚は、必ずしも優れていなかった。アクセルペダルを踏みこんでもなかなかエンジン回転が上がらず、一方で、アクセルを戻しても、今度はすぐにエンジン回転が下がらない。
運転者の意思とクルマの加減速が一致しない運転感覚であった。当時、筆者は「これでクルマの時代は終わったか」と落胆したほどであった。
そこに登場したのが、シビックRSである。CVCC誕生の翌1974年であった。再びクルマの未来に明かりがともったのであった。
標準のシビックが12インチ径のタイヤであったのに対し、RSは13インチ径を装着し、そのためフェンダーを切ってより大径タイヤが入るような外観としたところも、見栄えがよく、心を踊らせた。
スポーツという言葉遣いはされなかったが、ロード・セーリングと名付けられたRSの走りは、壮快以上の強烈な衝撃をもたらした。
フィットクロスターは変わりゆく消費者の「思い」に応えた車
「RS」の消滅でフィットに付加価値を与える新グレードとなった「クロスター」
3代目シビックからDOHCエンジン車が加わり、これを「Si」とした。そして、6代目になると「タイプR」が登場する。
シビックのスポーティ車種がそのように変遷していくなかで、フィットに「RS」が使われるようになった。初代のシンプルなコンパクトカーという基本に、脳を刺激する運転感覚をもたらすRSが追加されたのだ。
一方、4代目となる新型フィットの車種構成からRSは消えた。では、運転の喜びを際立たせたような車種の必要性はなくなったのであろうか。
新型フィットの1.3Lガソリンエンジンを搭載したネス(NESS)を運転し、その軽快で爽やかな運転感覚は、心を軽やかに、なおかつ壮快な気分にさせた。車両重量が1090kgと軽量である点も、そうした運転感覚に寄与しているだろう。
初代フィットは、1トンを切る990kgであったが、そこから100kgほど車両重量は増えているものの、同じ1.3Lエンジンでも最高出力は15%近く増えており、パワー・ウェイト・レシオはわずかだが向上している。
3代目のRSには及ばないが、しゃにむに速さを追い求めるRS感覚とは異なる、RS本来の言葉の意味を実感させる「道をさっそうと走る」様子は、運転の喜びを充分に体感させた。
スポーツモデルからクロスオーバーへ。フィットの変わり身は、ユーザーの思いを反映した動きといえそうだ
新たに車種構成に加わったのが、クロスターだ。外観に、ホイールアーチプロテクターや、サイドシル/ドアロアガーニッシュを追加し、SUV風の雰囲気を伝える。
最低地上高もクロスターは他の車種に比べ高く、未舗装路へも分け入って行けそうだ。もちろん、クロスターを含め新型フィットはすべての車種で4輪駆動も選べる。
いま、SUVは世界の市場で人気を得ており、たとえばコンパクトカーのフォルクスワーゲン ポロが、FFでありながらSUV風の外観を備えたクロスポロの人気を得、それがTクロスという新しい車種を生み出した。
トヨタでは、アクアにX-アーバンという車種が追加されてもいた。フィットも3代目で2017年のマイナーチェンジの折、モデューロからクロス・スタイルというアクセサリーが発売されている。
単に運転を楽しむだけでなく、人生を豊かにという消費者の思いが、そうした車種に人の目を集め、クロスターもその思いにこたえる車種といえる。
もちろん今後、RSが追加される可能性もなくはないだろう。だが、現行の車種構成でも、新型フィットは運転の喜びを味わわせるクルマであることに間違いない。
新型フィットを開発した田中健樹LPLが打ち立てた概念、すべてにおいて「心地よい」という狙いから外れてはいないのである。
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