雲ひとつない秋晴れ。11月の富士スピードウェイらしい寒気を伴いながらの秋晴れだ。11月27日(土)、28日(日)に公式練習と予選、そして日曜の決勝レースで今季のスーパーGTシリーズ2021のチャンピオンが決定した。
参戦13年目でようやく掴んだシリーズチャンピオン。左から井口卓人、小澤正弘、山内英輝SUBARU BRZ GT300はシリーズのポイントリーダーだ。BRZ GT300を追いかける56号車リアライズ日産大学校GT-R GT3が2位、3位に55号車ARTA NSX GT3、そして4位の244号車たかのこの湯GRスープラGTを意識するレースになった。
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【搬入日】
金曜日は搬入日。いつもの手順でピットにパーテーションやテーブル、椅子、モニターなどの機器類が設置され、そしてホスピタリティの準備も端々と進められていく。チームスタッフは自分の役割を着実にこなし準備に余念がない。
いつもの手順が大事。
宍戸チーフメカニックは「準備万端にしないとミスがおこりますからね、余裕がある準備をしなければダメですよ」と。
いつもどおりの手順で着々と準備を進めていくがどこかで緊張を感じているドイラバーの二人もいつもの二人だ。一緒に行動し一緒の控室で談笑している。決勝へのコメントを求めれば、自分達がチャンピオンシップのリーダーで最終戦を迎えられているのは、チームスタッフの努力と応援してくれるファンのお陰だと感謝の弁を述べ、最後は笑ってシーズンを締めくくりたいと笑顔で話す。じつにリラックスしているように見えた。
小澤総監督もいつもどおりであると話すものの、端々にライバルの話が出てくる。こうした日常に見える中でもやはり計り知れない緊張がチーム内にはあると空気を読んでみた。61号車のピットは、それを意識しないように心がけ、いつもどおりに行動することで結果に結びつくと。
予選後の記者会見では、前戦のもてぎを終えてから最終戦までの間、どんな気持ちでいたのか記者から質問があった。
井口卓人は「チャンピオンの経験もないし、ポイントリーダーで最終戦を迎えた経験もないので、どういう気持でいればいいのか分からず、ずっとドキドキしていました。だけど、先週スバルのファンイベントがあって、そこで直接ファンと話をすることができて、ファンの気持を載せて、とかファンの期待に応えたい、という気持ちになれて、そこで吹っ切れました」と。
また山内英輝は「ファンイベントで、ファンの人が『頑張っている人に頑張って!というのもアレなんですけど・・・』と声を掛けてくれて、僕たちが頑張っているのをちゃんとファンの人達は感じ取ってくれているんだというのが分かって嬉しかったですね。それで凄くスッキリしてこの週末を迎えることができました。いいタイミングでスバルがファンイベントやってくれました」
【公式練習】
いつものように山内英輝がステアリングを握り、セットアップをしていく。持ち込んだソフトとハードタイプのどちらで予選、決勝を走るのか決めていく。
3~5周の計測でピットイン。マシンのセットアップを変更して再び計測。戻るごとにウイングの角度を0.5度変更、サスペンションを1mm変更と、山内のインプレションを元にセットアップを繰り返す。調整はいつもミリ単位だ。1cmの変更幅があることはほぼない。
気温は11度、路面温度19度と低い。ソフトタイプを選択すると思えばハードを選択していた。ダンロップタイヤの担当者は「昨年の反省を踏まえタイヤ選択を進言しました」という。昨年の反省・・・
関連記事:スーパーGT 第8戦 富士スピードウェイ SUBARU BRZ GT300は8位フィニッシュ
https://autoprove.net/japanese-car/subaru/sti-technology/195812/
2020年11月富士スピードウエイでの最終戦。タイヤのアブレーション(ささくれて削れる現象)が起きて予選2位ながら、順位を落としたレースだ。その経験を踏まえてのタイヤ選択だとダンロップの担当者は説明する。
公式練習ではさまざまなセットを試し本番に向けて仕様を固めていく山内は提案されたハードを選択し公式練習で全体トップタイムをマークした。
小澤正弘総監督は「タイヤをどう使っていくかは難しいところですね。とくにポールポジションは欲しいとこなので、これからチームミーティングで決めることにします」
ポールポジションには1点がドライバーズポイントとして加算される。2位との点差は6点、3位と10点、4位15点、5位20点。5位までがチャンピオンの可能性を持っているチームだ。そして6位の88号車JLOCランボルギーニGT3とは21点差があり優勝の20点を加算してもチャンピオンには届かない。仮にポールポジションの1ポイントが取れれば5位の11号車GAINER TANAX GT-Rも、その時点でチャンピオンの可能性を失うわけだ。だから1点でも欲しいという状況なのだ。
【予選】
ミーティングでは悩むことなくハードタイプの選択で意見の一致を見たという。言い換えれば一発のタイムは出しにくいタイヤを選択したのだ。その意図はロングランでのライフということにある。
Q1を井口が走る。井口は「マシンは朝からバランスが良くて調子良かったのでQ2につなぐことだけを考えて走りました。ほどよい緊張感もあり凄く楽しい予選でした」と話す。
井口は2アタックの予定でタイヤを温めてQ1を走っていた。最初のアタックで2番手タイムを計測。つづけて2アタック目に入るとセクター1では自己ベストをマーク。トップタイムが期待できるぞ、とスタッフはモニターを注視する。が、なんと7号車に引っかかりクリアラップが獲れず敢えなく途中でアタックを中止していた。結果Q1A組3番手でQ2へ繋ぐことになった。
山内も2アタックの予定でコースインする。4周目、最初のアタックが始まる。
「最初のアタックでチーム無線から、タイムが足りてないって聞きました」このとき52号車埼玉トヨペットGB GR Supra GTがコースレコードを記録しトップタイムをマークしていた。山内との差0.162秒。
山内は2回目のアタックに入った。セクター1で自己ベストを記録。
52号車より速い!場内に流れる実況アナウンサーピエール北川の絶叫が響く。
「61号車山内が速い、これはトップに来るかもしれないぞ」
続くセクター2では、あ~タイムが落ちた。ダメか?スタッフは祈るようにモニターを注視する。
セクター3はどうなる。さあ、さあ、掲示は・・・来たぁー!ピエール北川が吠えた。
「トップタイムだ!ポールだ!ポールだ!ポールポジションを決めました。そしてコースレコードも塗り替えています」
ピット内は大騒ぎになる。みんなが拍手を贈り、BREEZEの女神達は小刻みにジャンプしている。
井口も大きなガッツポーズをし、喜びを全身で表している。
「山ちゃんのスーパーアタックには興奮しました」と後に語るほどだ。
セクター3だけで自己ベストを0.3秒も縮めている。52号車には0秒152差を付けていた。
いったい何が起こったんだ。いくら集中したからって、これほどタイムが伸びるのか?
アドレナリンが出まくったのか・・・
「2ラップ目は無我夢中で覚えてないんですが、みんなの声援が乗っかってポールが獲れたのかなぁ、そう信じたいです」とポールポジション会見で山内は話す。
ポールを獲得したBRZ GT300は1点を加算し、これでシリーズ5位だった11号車は、チャンピオン争いからの脱落となった。チャンピオンの可能性が残ったのは、56号車、55号車、244号車、そしてBRZ GT300の4台に絞られた。
そして意外なことに、ライバル3台はQ1予選を敗退していたのだ。56号車は17番手、55号車は20番手、そして244号車は10番手からのスタートとなり、BRZ GT300は圧倒的に有利な状況へと変わっていたのだった。
記者会見では「これで少しチャンピオンに近づいたのではないでしょうか?」という記者からの質問に、山内は「その考えは良くないと思います。いつでもギリギリのつもりで走らないとダメだと思っています」ニコリともせず平然と言ってのけた。
井口、山内ともにポールを喜ぶというより、明日の決勝に向けて一段と気を引き締めているという表情をしていた。
ポールポジション記者会見。明日の決勝を見据えた表情だ決勝スタート前。中央左SUBARUの中村社長、中央右STI平岡社長【決勝】
スタートドライバーは井口卓人。今季スーパーGT第5戦SUGOでの完全優勝は井口→山内のリレーだった。小澤総監督はSUGOパターンに期待を寄せていた。いつもはスタートダッシュで山内が逃げ、マシンのコンディションが落ちてくるところを井口がなんとかいなしながらチェッカーを受けるというパターン。しかし今回は井口で逃げ、タレてきたマシンでも前を追うだろう山内に期待を寄せていたのかもしれない。
ホールショットは井口が抑えた。このまま逃げる作戦だが・・・井口は想定どおり、逃げに入った。序盤2位の60号車SYNTIUM LMcorsa河野駿佑に2秒のアドバンテージを築く。
いいぞ、いいぞ、シナリオ通りだ。
だが、7周目、コース上のマシン回収のためにSC(セーフティカー)が導入された。それは、リードタイムがゼロリセットされることを意味する。
このとき予選2位の52号車埼玉トヨペットGB GR Supraと3位の60号車は予選タイムが0.2秒差、シリーズポイントもわずか3点差で7位争いをしている。だからスタート直後からこの2台による2位争いをしていたのだ。井口はその隙に逃げていたのだった。
メインストレートに戻ったGT300クラスは一旦停止。順位を確認して再スタートを切る。レースラップからの急減速はタイヤと水温に影響が出る。寒気のため水温にはあまり不安はないが、タイヤには不安が残る。リスタート後にタイヤの内圧が下がりグリップが戻ってこないことを過去何度も経験しているからだ。
案の定リスタート後、井口は逃げられない。いや、60号車と52号車のタイムが上がっているのだ。この上位3台だけが1分36秒台で走り、4位を走る88号車JLOCランボルギーニGT3元嶋佑弥は37秒5。以下は38秒台なのだ。
20周目付近まで3台での接近戦が繰り広げられる。トップを譲らない井口卓人、優勝を狙う60号車と52号車。0.3秒差で3台が接近戦を繰り広げる。
頼むから井口に当たらないで欲しい。ヤバかったらすぐに引けと思いながらモニター越しに願う。
ところが井口のマシンが苦しいと無線が入る。レース後に分かったのだが、溶けたゴム片を自身が拾ってグリップを落とすピックアップ現象が出ていたのだ。
ピックアップがでてタイム的に苦しくなる井口卓人井口は無理せず60号車にトップを譲った。あと2周してピットインし、それまでは2位をキープするつもりだった。
よしよし、それでいいんだ。60号車、それに52号車に抜かれても問題ない。注意すべきは別のマシンなのだから。
ペースを少しだけ落とした井口は周回を重ねたが、55号車ARTA NSX GT3佐藤蓮のアウトラップに引っかかるタイミングにハマってしまった。そのため井口はこの周のラップタイプを4秒も落とすことになった。
チームは予定をすぐに変更し、井口にピットに戻るよう指示を出す。
【ドライバー交代】
山内英輝は4本のニュータイヤを装着。このとき路面温度は25度まで上昇している。小澤総監督もタイヤのグリップは良くなっているからタイムは上がると説明する。
山内は6番手でコースに戻った。
状況は52号車がトップを奪い返し、2位に60号車、3位65号車のLEON AMG GT3、4位4号車の初音ミクAMG GT3、5位88号車ランボルギーニという順だ。シリーズチャンピオンを争う、56号車、55号車、244号車は山内の後ろで、一番接近しているのが5秒後方の55号車という状況だった。
山内の目の前は88号車小暮卓史。わずか0.22秒差。しかし追い抜く意味はあまりない。チャンピオンを争う後続の55号車佐藤蓮とは7.329秒離れている。このままの順位であればチャンピオンは確定する。
だが、山内は88号車に仕掛けていく。
際どい刺し合いが続く。おい!何もそこまで攻めなくても・・・・・・誰もが思ったことだろう。
数ラップ山内は88号車を狙う展開をする。すると55号車が追い上げて来た。
44周目にFCY(フルコースイエロー)が入った。このとき55号車にはまだ3.790秒の差がある。リスタート後もリードを十分保てる距離だったが、FCYが解除されたとき55号車はBRZの直後に迫っていた。
そうした状況で55号車は山内を捉えられる、と焦ったのか1コーナーでGT500のマシンに接触してしまうのだ。こともあろうにGT500クラスのシリーズチャンピオン争いをしているスタンレーNSXの1号車山本尚貴に接触。55号車は1コーナーアウト側にはじき出され敢えなくリタイヤ。GT500の1号車はピットインして修理後、再スタートをしているがチャンピオンは消えてしまっていた。
アグレッシブな山内の走りに魅了された【前を走らせない】
変わって襲いかかってくるのが56号車のオリベイラだ。だが3.5秒のリードはある。一方前を行く88号車ランボルギーニは4号車を抜いて4位に浮上していた。山内の目の前は4号車AMG GT3谷口信輝に変わった。
4号車はタイヤが限界なのかペースが上がらない。山内は抜きにかかるがベテラン谷口信輝は簡単には譲らない。残り10周になっても4号車が抜けない。56号車オリベイラは2.7秒差に縮めてきている。
すると51周目、トップを走る52号車が他のマシンとの接触からのパンクチャーが発生し、リタイヤしていく。山内は5位という状況にかわった。
5位なら61点になる。56号車は12点以上が必要になりつまり3位以上が必要だ。
56号車オリベイラは山内を抜いた後、4号車も抜く必要がある。
これなら安全パイだ、このまま無事にフィニッシュしてくれ。
しかし山内は4号車へ仕掛けていく。
アドレナリンがダダ漏れだ・・・
おいおい、無理しなくていいぜ、56号車に抜かれさえしなければチャンピオンなんだ。
多くの人がそう思っていただろう。
実況するピエール北川も「61号車山内はまだ前を狙っています。どんどん仕掛けています」と驚きながらの絶叫が続く。
すると今度は53周目に88号車にもマシントラブルが発生しスロー走行になった。これで4位を獲ったことになる。
4位なら63点となり、56号車は14点が必要になる。だが56号車は2秒後方だ。
チャンピオンは手中にあると言っても過言ではない。
それでも山内は4号車を攻め続ける。
無線で「もういい、キープ」って言わないのだろうか?
すると4号車はGT500の38号車ZENTに交わされるとき、ドライバーの石浦宏明と息が合わず、思わず4号車がレコードラインを外してしまうのだ。山内はそこを逃さず谷口を抜き去り3位へ浮上した。
レース終了2周前、山内は3位表彰台を獲得した。もちろん、シリーズチャンピオンも獲得。恐るべし、山内の闘争心・・・チャンピオンに近づいたという気持ちが油断につながるという自身への戒めとして、戦う姿勢を崩さなかった山内だから表彰台に登れた。
ついにシリーズチャンピオンを勝ち取った二人最終戦の優勝は60号車SYNTIUM LMcorsa、2位65号車LEON AMG GT3、そしてSUBARU BRZ GT300が3位という結果となった。
優勝記者会見で記者から山内に対し「シリーズチャンピオンを考えると、あそこまで攻めなくても、とは考えなかったか?」という質問に対し「レーサーたるもの前を走られるのはムカつくので、絶対抜きたいです」と答え、記者からの笑いを誘っていた。
また小澤総監督も「レースに集中してますから、やめろ、というのは逆に集中を乱して危険ですよね。山内のアグレッシブさが好結果を呼び寄せたんでしょう」
この山内英輝の戦う姿勢があったからこそのシリーズチャンピオンだろう。またタレたマシンをいなしながらもポイントを稼ぎ続けた井口卓人のドライブも渋い。このコンビネーションがもたらすシナジー効果はシリーズチャンピオンに相応しい記憶に残るシーズンとなり、最高の結果をもたらしたレースだった。
<レポート:高橋アキラ/Akira Takahashi>
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