■様々なアプローチで車体の剛性アップにトライ!
クルマの走りの要は「車体」です。どんなにいいタイヤ、いいサスペンションを用意しても、肝心な“土台”がシッカリしていなければ、その能力は活かすことができません。
その重要性はどの自動車メーカーも同じですが、中でもトヨタは様々なアプローチで車体の剛性アップをトライしています。
古くは既存の車体にスポット溶接増しや補剛ブレース追加などの対処療法が主でしたが、TNGA世代は構造の見直しや鋼材の進化/板厚の最適配置と言った根本の刷新で、剛性の高い車体を、安く、安定して供給できる体制となっています。
その中でも重要なキーワードが“締結”になります。
車体は鉄板の組み合わせによって構成されていますが、その締結はボルトや溶接、更に接着剤などが用いられています。
これらは工業製品の製造工程では基本中の基本と言える部分ですが、その技術は地味ながらもブラックホールの如く奥深いと言われています。
実際にその技術如何で車体剛性が大きく変わることは様々なモデルで実証されています。
ボルトで言うと、初代86のC型で採用された「フランジボルト」や2020年に大幅改良されたレクサスISの採用を皮切りに展開が進められているホイールの「ハブボルト締結」などが有名です。
筆者も実際に比較試乗を行ない、ボルトで走りが大きく変わることをリアルに体感しています。
溶接で言えば、レクサスが採用するLSW(レーザースクリューウェルディング)が有名です。
これはレーザーを遠方より照射しボディを溶接する技術で、従来から採用されているスポット溶接技術に対して溶接打点の間隔を短くできるため、結合したい部位に打点を集中配置が可能。その結果、車体剛性が上がると言うわけです。
※ ※ ※
そんな中、今回トヨタ(TOYOTA GAZOO Racing)がスーパー耐久シリーズ第5戦(鈴鹿)のタイミングで、アーク溶接の新技術「SFA(Sequence Freezing Arc welding)」を発表。
この技術を用いて組み上げられた32号車(GRヤリスDAT)を用いて、実戦投入されました。
一体、この技術はどのようなモノなのでしょうか。
■新技術「SFA(Sequence Freezing Arc welding)」とは? どんな技術?
GRヤリスのチーフエンジニア・齋藤尚彦氏は「今後の車体づくりが大きく変わるかもしれない」と言いますが、この技術を開発したGR車両開発部・川喜田篤史氏に詳しくお話しを聞きました。
「開発の発端はラリーカーのロールケージ制作でした。ロールケージの組み付けには高度な溶接技術が必要な上に、現物合わせで1本ずつの手作業。そのため長いリードタイムが必要でした。
現在GRヤリスRally2を世界か各国から注文をいただいていますが、長くお待ちいただいている状況です。
更に競技中に横転などのアクシデントで車体を損傷した際に、長いリードタイムのため次の競技に修復が間に合わない……と言った問題も発生しています。
そんな困りごとを解決したい、そんな想いから開発を進めました」
ちなみにロールケージの溶接は車体の中で行なわれます。これは車体の寸法公差や溶接時の熱の影響による歪みなどを考慮するためですが、要するに既製品のロールケージであも一品対応のように調整しながら組みつけと言うのが一般的でした。
だからこそ、作業性の悪い箇所の溶接は職人の腕が問われたわけですが、この技術を用いると全ての箇所で人にはできない品質の溶接が可能。
そのポイントはロボティクスの活用です。それは正確な作業のみならず、モニタリング技術を活用して「溶かして固める」と言う工程を1回1回瞬時に行ないながら移動できる事だと言います。
その結果、綺麗な溶接跡だけでなく、確実に金属と金属が結合された状態(溶接の周りの鱗模様、裏側の溶け込み)にすることが可能。更にこれまでできなかった上り、上向きの溶接もできるそうです。
「生産ラインでの溶接工程の時間は60秒、従来はその中でベストを目指していましたが、競技車両の場合はそのような制約はありません。
それならば『ゆっくり丁寧にやったらどうなるのか?』と言う発想転換を行なった事が大きかったと思います。ゆっくりやる事で『溶かして固める』が確実にできますので。
これまでは溶接がシッカリできているかの判断は外観検査しかありませんでしたが、SFAはその名の通り、1回1回『溶かして固める』ですので溶け込み保証もできる。つまり、想定した強度になっているわけです(前出・川喜田氏)」
その結果、従来のやり方に対して溶接強度の向上(約10~25%)、軽量化(約25%)を実現。この差は車両の素性に大きな差を生むことは、改めて言うまでもないでしょう。
今回、筆者は実際にSFAの工程を見せてもらいました。溶接時に「ジジッ、ジジッ、ジジッ」と規則正しい連続音が聞こえてきますが、ジジッの瞬間に「溶かして固める」が完了。
川喜田氏の「ゆっくりと」と言っていましたが工程は人の手によるものと比べると相当早いです。
ちなみにロールケージ制作期間は従来のやり方だと2~3週間/1台ですが、SFA工法とSUB ASSY化だと3日/1台と大幅に短縮できると言います。
更に「溶かして固める」を瞬時に行ないながら溶接を行なうので、仮に僅かな隙があっても溶接が可能なロバスト性、熱の影響が少ない事からあらかじめSUB ASSYとして溶接工程を分割することにより作業性向上など、SFAにすることのメリットは多いそうです。
このような工法が生まれると、「職人の仕事を奪ってしまうのでは?」と言う心配もあると思います。ただ、トヨタのエグゼクティブフェロー(おやじ)である河合満氏の言葉を借りると、「ロボットで美しい字を書かせるには人(匠)の技が必要」と、お手本を見せる職人は必要不可欠。
それにSFA工法を見た職人たちは「負けられない?」と更なる技能向上を目指してくれるはず。要するに「技能」と「技術」のスパイラルアップが競争力強化に繋がると言えるでしょう。
ちなみSFA工法はロールケージ制作だけでなく、車体制作にも大きな効果をもたらします。
様々な制約で溶接することができなかった箇所への作業ができるようなる事で、車体剛性の作り込み・考え方に大きな変革をもたらす可能性があります。
※ ※ ※
今回、32号車はロールケージだけでなく車体もSFA工法を用いて制作されています。
まずはフルスペックで従来との差がドライバーのフィーリング、そしてセットアップ、更にはラップタイムにどのように影響するのかを検証するそうですが、齋藤氏によると「あまりの変化代に従来のセットアップが全く通用しない」と。
ドライバーからのフィードバックは「サスを柔らかくしても“跳ね”が収まらない、アンダーが強くて曲がらない」との事ですが、ここから推測すると車体剛性がサスセットくらいではアジャストできないレベルに変化している事の証明と言えます。
クルマとしてのバランスを整えていくのは今後の課題だと思いますが、間違いなく言えることはSFA工法によって強靭な車体を作り出せる“引き出し”が増えた事。
ロールケージをきっかけに生まれた量産車に繋がる新たな技術、これも「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」の一つの形と言えるでしょう。
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