身体の状況を問わず、どんな人にもクルマで移動する喜びを
モータージャーナリストとして、商品としての自動車の評価をさせていただくことを生業としていると、ついつい自動車本来の役割から思いが離れて、「速い・遅い」といった動力性能だったり、ハンドリングがどうだとか、なかには趣味的な思いも混じって見ることもありがちだ。だが、まずは「人や荷物の移動手段」という根源的なところを忘れてはいけない、と今さらに思い起こさせてくれたのが、今回のホンダ福祉車両・製品の体験会だった。
足だけで運転できる「フランツシステム」って何?「福祉車両」を手がけて40年以上のホンダの「現在地」
ホンダは国内自動車メーカーのなかでも、早い時期から福祉車両を手がけてきている。足の不自由な人に向けた、手だけですべての運転操作が可能な手動装置や、手が不自由な方に向けた足動装置を、メーカーで開発して車両に架装するかたちで完成車販売しているのは意外なことにホンダ(ホンダアクセス)と、あとはマツダが手動装置つきを用意しているのみだ。
「手を使わずに」クルマに乗るということ
この日の試乗順として、いきなり、いっさい手を使わずに足だけで運転操作を行う「ホンダ・フランツシステム」が架装された最新型の「フィットe:HEV」に乗ることとなった。ちなみに、試乗会は不慣れなわれわれのドライブの安全を考慮して、自動車教習所内のコースにて行われた。
乗ることになったといっても、ふだん当たり前のように手を使っている者にとって、まず乗りこむのに関門が生じる。ドアを開けるにはドアハンドルを引かなければならないわけだが、当然これも足で行うのが前提である。
新型フィットの場合、ドアハンドルの内側に足先を入れこめるくらいのくぼみ形状が与えられているので、なんとかドアハンドル内側に引っ掛けることはできるのだが、その片足だけ高く上げた体勢でドアがしっかり開くまで姿勢を保つには、かなりのバランス感覚を要するのだった。何度かよろけながらやっと開けられたというのが、この日の状況だ。
ドアが開けられれば、シートに身体をすべりこませるまでは日常の乗車とそう変わらない。ただ、シートに着座したら、今度は開いたドアを閉めなければならない。当然これも足で行う。フィットの場合、比較的奥行きのあるドアポケットがあるので、そこに右足先を引っかけてドアを強めに引きこむことで、なんとか閉められた。
シートベルトは、試乗車には工場装着オプションの「パッシブシートベルト」が装着されていたので、ドアを閉めれば自動的に3点シートベルトが身体を抑える形となる。これがオプションなのは、手の不自由な人のあり方もさまざまで、両手とも使えない、あるいは片手は多少使える場合など、障がいなどの状況に応じて選べるようにしているからだそう。
シフト操作も、試乗車には工場装着オプションの、右足で操作できる「足用シフトペダル」が装備されていた。これはロッドを通じて機械的にシフトレバーと連結されており、いわばガチャンガチャンと動く感じで、操作力はけっこう要する。このあたり、車両側が電子式の短いストロークであくまでスイッチとして機能するシフトレバーや、最近増えてきているボタン式であれば、また違ったあり方になるとも思う。だが、個人的にはこの機械式に近いタイプのほうが、操作感がしっかり残ることから、誤操作や勘違いは少なくてすむと思えている。足の動かし方に慣れるまでは、変速あるいはPレンジへの操作が円滑にできなかったが、これも慣れの範疇だと思えた。
ちなみにブレーキペダルから少し離れた上部には、停車時にブレーキを最大踏力域で留めるためのサブペダル「ブレーキロックレバー」があり、ブレーキペダルと同時に強く踏みこむことでブレーキロックとなる。ブレーキを奥まで踏みこむことから、作動にも解除にも足をグッと突っ張るような操作となるが、誤操作防止には、これくらい操作感がはっきりしているほうが好ましい。
こうしてブレーキロックを外し、足用シフトペダルでシフトレバーをDレンジに入れて、ようやく発進にこぎつける。アクセルペダルとブレーキペダルの操作、それによる加減速、制動はノーマル車両と何ら変わりはないので、そこに特別な意識はいらないが、フランツシステムの要は、足でステアリング操作を行うことにある。
足だけで運転する「フランツシステム」の操作フィールは?
左足で操作する足用「ステアリングペダル」ユニットは、このペダルに固定される靴(本来はユーザーに合った靴を装着しておく)に足を入れて(履いて)、自転車のペダルを漕ぐように前転させると左方向に、後転させると右方向に操舵されるというシステム。これもステアリングシャフトと機械的につなげられているので、基本的に操作力は車両のパワーステアリングに多くを依存する。
フィットの場合、操舵力そのものが軽いこともあり、ペダルを回す脚力はさほど要さない。だが逆に、望む操舵角に止める、いわゆる保舵することが案外難しく、オーバーシュート的に回しすぎてしまうことがあり、戻しもピタッと望む舵角に留められない。始めのうちは、車両がユラユラとしながら進むという感じになってしまった。
この種のものは、操作に対する慣れは必要だろうし、実際に使われる方々は、おそらく足の感覚が我々よりも繊細になってくるのだろうと思う。ごく短時間の試乗のなかでは、交差点や右左折でピタッと狙いのラインで走らせることは難しかったが、それでも、次第に速度と操舵の関連が身体というか足から伝わるようになってきて、操舵フィールは足でも感じられるということを実感したのは収穫だった。
フィットe:HEVには「ホンダセンシング」が標準装着されており、スイッチを足先で操作できるように、本来はステアリングスポーク部にあるスイッチパネルがインパネ右下に移設されていた。つまり、そのなかの機能に「レーンキープアシスト」や「路外逸脱抑制機構」などもあるわけで、こうした運転支援システムの進化が、障がいのある方のドライビングを陰から支えることにもなっていると思えた。
ちなみに、ウインカーやワイパーなどの各種スイッチはすべて足先、あるいは足の甲の横側で操作する「足用コンビネーションスイッチ」が標準で取り付けられている。もっとも頻繁に使うウインカースイッチも、足先で押すとオン、もう一度押すとオフというもので、操舵戻りによるキャンセル機構がないので、ここに気を使う。慣れれば、目線を落とすことなく各種スイッチ操作が可能なくらい、身体で覚えてしまうものだろうと思うが、当初はウインカーが作動したままみたいな状況を何度か生じさせてしまい。筆者が不器用であることも露呈したのだった。
ただ、運転の仕方が足だけで行うものであっても、「面倒」とか「大変」とかそういう印象が支配するものではなく、「クルマを自分で動かす」という醍醐味は、何も変わるものではなかった。
手だけで運転する「テックマチックシステム」の使い勝手は?
次に、手だけで運転操作する「テックマチックシステム」を架装した「フィットe:HEV」に試乗した。車いすから乗りこむような経験はできなかったが、なるべく脚力を使わずに乗りこもうとしただけでも、腕の力が相当に要ること、着座後も横Gなどに対して姿勢の保持が難しいことは、想像も含めてではあるが、知れるものだった。
テックマチックシステムには5アイテムがあり、障がいなどの度合いに応じてそれを組み合わせて使う。試乗車は両足が不自由な人に向けた、手動運転補助装置(Dタイプ)と「ハンドル旋回ノブ」(Aタイプ)を装着した仕様で、装置としてはかなりシンプルともいえる。
要はアクセルとブレーキの操作を、シフトレバー右側に取り付けられた「コントロールグリップ」と呼ぶレバーで行い、これがアクセルペダルとブレーキペダルの双方の役割を受け持つ。センターのニュートラル位置からレバーを引き方向でアクセル、押し方向でブレーキという基本操作で、ある意味かなり単純な操作で済む。
車両の前後Gが、加速では後方に、減速では前方にかかるという体感からも、レバーの後方倒しで加速、前方倒しで減速~制動というロジックはわかりやすい。そんなこともあって、足ですべてを操作するフランツシステムに比べると、すぐに慣れてしまう、と思えるくらいラクに操作ができるものだった。
このシステムも、あくまでレバーとペダルはロッドで繋いでいるので、電子制御スロットルなどの制御とは無関係だ。このためBレンジを使うと、減速回生が強まった分、レバーを引き方向から少し戻した際の減速度も高まる。このことから考えると、他社で一部の電動駆動系車両に採用されている「ワンペダル」のような制御がなされれば、レバーの減速側への操作量はより少なくて済むのでは? と思ったりもしたが、それで操作がより簡単になるのか、ドライバビリティとしてどうなのかは明確ではないので、あくまで想像の範囲である。
このレバーにはウインカーやライト、ハザードランプなどのスイッチがあるが、指先での操作に違和感はなく、戸惑うことはない。いまはヘッドライトの点灯も、ハイとローの切り替えもオートが標準であることを考えれば、以前より遥かに面倒でなくなっていると思われる。ただ、これもウインカーのキャンセルは手動で、作動させたあとは意識してオフにする必要はある。
ステアリングを片手で回すためのハンドル旋回ノブは、センターの保持に少しコツがいるものの、慣れもいらないくらいだ。とくに素早い操舵では両手でステアリングを操作するよりラクなほど。「健常者」でも、この類いを装着している人がいるのも頷ける。
ということで、「コントロールグリップ」レバーによるパワーとブレーキのコントロールさえ掴んでしまえば、教習所内のクランクやS字コースなども、苦もなく通過できてしまう。日常域では、通常車両との違いを意識することなく乗れそうだ。
「フランツシステム」も「テックマチックシステム」も、いまの技術レベルからすれば、バイワイヤーなどでステアリング系もスロットル/ブレーキ系も、さらに操作系も制御するものにできそうなものだ。だが、価格面と信頼性からも、改造を最小限に留めたうえで、多くの人にクルマによる移動の自由、さらに喜びをもたらしたいというホンダの思いが通っているように思えた。
車いすユーザーと介護者の双方に寄りそった介護車両
介護車両では、「N-BOX」を改装した「車いすスロープ」仕様と、「フリード」の「助手席リフトアップシート」を体験した。車いすを使用する状況の場合、車両への乗降が大変で、それを介護をする方の負担も大きいものと思う。
N-BOXの車いす仕様は車両の特性をよく活かしたもので、なおかつ外観からは、ほとんどノーマル車両と見分けがつかない。自家用車として保有する場合、「いかにも介護車両」と見えてしまうものを嫌う人も多いそうだ。
実際、リヤゲート形状もノーマルのままなので、ゲートを開かないと、そこにスロープが設置されているとはわからない。しかも、ふだんは後席まで含めて、日常用途にまったく影響を及ぼさない仕立てなのに驚かされた。
スロープは手動で引き出すが、軽量で作業はラク。車いすにウインチベルトを引っ掛けて、電動ウインチで車内へと引き上げるものだ。車いすに座った状態で車内に引き上げてもらい走行してもらったが、車いすの固定がしっかりできるようになっていることで揺れが少なく、3点式シートベルトが備わり安心できること、前方視界もよく景色がよく見られて疎外感もないなど、介護者と車いすユーザーの双方に身になって、よく考えられていると感じられた。
助手席リフトアップシートは、「フリード」のほか「ステップワゴン」にも設定されている。もともとホンダ車の多くは低床設計で乗降性には優れるが、障がいだけではなく体力低下などで、普通に車両へ乗りこむのが難しいということは珍しくない。ちなみに、筆者の母も晩年はそうだった。気分転換に出かけたがるのだが、クルマに乗るまでも降りるときも、当人も周りもなかなか大変だった。あのときにもこういう車両があれば随分と助かったと思う。
左フロントドアを完全に開けたうえで、シートに着座するための姿勢をつくるスペースも必要だが、電動でシートが外に出てきて低い位置で着座でき、また電動で室内へ引きこまれるものだ。ちなみに、助手席がドア側に回転するだけの助手席回転シート車もある。
「移動」にかかわるあらゆる分野でユーザーを支える
車両ではないが、スマートフォンからのアプリ情報をもとに、「靴のなか」の立体型モーションセンサーつき振動デバイスで右左折地点を知らせる、視覚障がい者向けのナビゲーションシステム「あしらせ」も興味深いものだった。
これはいわば、視覚障がい者の歩行移動ルートをアシストするナビだ。靴に振動を与えることで、交差点が近づいていること、そこを右折するのか、左折するのかを知らせてくれるというもの。想像の範疇でしか言えないが、視覚障がいがある方には、安心感が相当に増すのではないかと思う。ホンダの新事業創出プログラムによって生まれた「社内ベンチャー」第一号とのことだが、それが福祉にかかわるものであったところがまたホンダらしいと思う。
陸上競技用の車いすにも試乗させてもらった。まず驚くのが総重量が軽いこと。車体は当然カーボンが主体であるにしても、わずか7kg台だという。座って漕ぐには、とにかく前傾姿勢で荷重を前側にかけておかないとすぐ後ろにひっくり返る、と注意を受けながら、硬い身体でなんとか前傾に保ってみる。顔は完全に地面を向いているので前を見るのに必死。
インプレなどまったくおこがましいので、なんとか真っ直ぐ走らせました、という経験談に留めるが、要はこれが軽量化技術、車体剛性、走行抵抗の小ささ、漕ぐ力の解析など、先端技術の塊だということ。と同時に、これで微妙なコースどりをしながら最速で走らせるアスリートのスゴさを知った。
ホンダは、時に「こんなのとても儲かるまい」といったクルマを送り出してくることが度々あったが、同様に福祉に関連した商品も利益優先では生まれてこないだろう。いま変わろうとしているホンダだが、根幹にあるものは変わらないでいてほしい。そんなことも思わせる試乗体験だった。
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