◆二輪車にこそ求められる先進安全技術
日本では1991年から続く「ASV」(先進安全自動車/Advanced Safety Vehicle)において先進安全技術の開発が進められてきた。主導したのは当時の運輸省(現・国土交通省)だ。
その第二期(1996年~2000年)では、二輪車と大型を含めた商用車も研究対象車両に加わり、車両相互の通信技術を視野に入れた実用的な技術開発が進められるようになった。
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ここでは二輪車の安全性能を高める知見も蓄積され、事故抑制を目的とした車両開発が進められた。ヘッドライトやポジションランプ、ウインカーなどをなるべく車体の上下方向に分散することで高さを周知し夜間の被視認性を向上させたり(例/ホンダ「LONGデザイン」)、二輪車のフロントパネル部分を人の眼や口を模したデザインにすることで混合交通のなかで注目度を集めたりする(例/ホンダ「FACEデザイン」)アイデアは市販車に採り入れられ、現在も継承されている。
先進安全技術の分野でも四輪車で普及したABSは2018年11月より二輪車にも新車装着が義務化(原付二種では「前後連動ブレーキ」でも可)となったし、エアバッグにしても2006年にホンダ『ゴールドウイング』が世界初の二輪車用エアバッグ搭載車として量産化している。
筆者(西村直人)は1993年より、現・二輪車安全運転推進委員会の指導員を拝命しつつ、二輪車/四輪車/大型車の安全技術では試乗や取材を行い、時に自動車メーカーでは実際に開発業務にもあたってきた。そこでの肌感覚から、「二輪車の安全は根本的に四輪車と異なる次元、つまり二輪車特有挙動や乗り方を加味し、ライダー一体型の要素技術を確立すべき」との持論を展開してきた。
たとえば、四輪車で採用実績のある「ブレーキアシスト」や「アダプティブ・クルーズ・コントロール」を二輪車でそのまま普及させたとしても、ライダーがそうした支援機能と一体にならなければ二輪車の事故抑制には繋がらないのではないか、という話である。
◆ボッシュが開発を進める二輪車の先進安全技術「ARAS」
BOSCH(ボッシュ)では2017年より「ARAS」と呼ぶ二輪車向けに開発した先進安全技術の実証実験をスタートさせ、2020年からは欧州のバイクメーカーの複数車種に実装している。ARASは「Advanced Rider Assistance Systems」の頭文字をとったもの。ADASの“D”はドライバーを示すが、ADASの“R”はライダーを表す。
2024年9月、ARASの機能強化が図られた。2020年のARAS1.0(本稿での呼び名)では3機能だったが、2024年のARAS2.0(同)では6機能へと倍増。一部、1.0の拡張機能が含まれるものの、ボッシュが目指す「安全で快適に、そして楽しいライディングを支える技術」としてARASは正常進化したのだ。
この先、2.0は各国各メーカーの市販バイクに搭載されるが、今回は発売を前にプロトタイプ車両で6機能を体感する貴重な機会を得た。試乗ステージはボッシュのテストコース「塩原試験場」(栃木県那須塩原市)と周囲の公道(一般道路)、そして別日にボッシュのモーターサイクル&パワースポーツ事業部門がある神奈川県都筑区を起点にした公道(一般道路と首都高速道路)でも、一部機能を体験した。
本稿では2.0が採用した6機能のうち、3機能を中心にレポートする。
◆進化する「ACC」、ATMとの組み合わせで完全停止、千鳥走行アシストも
【1】「ACC S&G/アダプティブ クルーズ コントロール - ストップ&ゴー」
1.0のアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)に対する拡張機能。前走車に追従して停止(STOP)、そしてライダーの再開操作で発進(GO)する。四輪車では2012年あたりから一般化してきたストップ&ゴー機能を二輪車に加えた格好だ。
試乗したプロトタイプ車両はKTMの新型車(未発表モデル)をベースにした車両で、クラッチレバーがない。いわゆるAMT仕様なので完全停止までエンストの心配なく行えた。たしかに再発進機能は便利だし、通常のACC同様にスロットルを空ければ加速(オーバーライド)も可能。また、ブレーキ操作を行えば一発解除になる点も四輪車と同じだ。
しかし、減速からの停止制御には慣れを必要とした。試乗プログラムでは自車速度30km/hで前走車に追従。このとき前走車が一定の減速度で停止するシナリオを体験。前走車の減速に合わせて一定の車間時間を保ちながら自車も滑らかに減速する。
しかし、約6km/hから減速度が弱まる。思わずドキッとする。二輪車は前/後輪のジャイロ効果とライダーのインナーマッスルやニーグリップでバランスを保っているが、10km/h以下の極低速域ではベテランライダーでもバランスを崩しやすくなる。一定の減速度であれば、左足を地面に着く(=停止する)タイミングが図りやすいが、約6km/hあたりから減速度が弱まる、つまりブレーキが弱くなるためフラつきやすくなる。実際、何度かバランスを崩しかけヒヤッとした。
ボッシュの技術者にその旨を伝えると、完全停止する際、車体前後方向の動き(ピッチング)を抑えるため意図的にプログラムしたという。自身でバランスをとる必要がない四輪車であれば大いに納得ながら、ピッチングこそ誘発されないとはいえ、二輪車では先の理由から、ある速度域からは一定の減速度を保ち停止する制御プログラムが向いていると思われた。
【2】「GRA/グループライドアシスト」
こちらもACCの拡張機能で、二輪車でのツーリング時など特有の「千鳥走行」(互い違いの隊列で走ること)を実現するためのプログラムだ。1.0では自車前方にいる車両のみを検知して、千鳥走行時に斜め前に位置するバイクに近づいてしまうことがあった。2.0ではセンサーであるミリ波レーダーに新型に換装したことで分離分解能が高められた。実際、テストコースでは複数の車両を同時に捕捉できたし、斜め前のバイクの動きに合わせた臨機応変な制御も披露した。
◆ライダーが支援機能と一体となる「ディスタンスアシスト」
【3】「RDA/ライディングディスタンスアシスト」
筆者はRDAこそ2.0での特筆技術であり、前述した「ライダーがそうした支援機能と一体になる」技術そのものであると高く評価した。システムがスロットル&ブレーキ操作を部分的に担うため、いつものライディングをしているだけで安全な車間距離(車間時間)がライダーに提供されるからだ。
たとえば走行中、前走車に近づきすぎるとスロットルオフ&ブレーキ制御が介入し、自車速度に応じてライダーが定めた任意の車間距離(車間時間)を保ってくれる。車間距離(車間時間)は任意の5段階に設定可能だ。RDAは起動させるだけで必要に応じた減速制御が自動介入し、車間が保たれると今度はスロットルがじんわり開かれライダーが行っていたスロットル操作と一体となり走行し続ける。
制御には「コンフォートモード」と「スポーツモード」の2種類が用意され、いずれもスロットル&ブレーキはライダーによる操作(オーバーライド)をいつでも受け入れる。この概念はACCと同じだ。スポーツモードはライダーのスロットル操作直後からシステムを一時的に解除するため、高速道路などで前走車を一気に追い越すシーンで意志の疎通が図りやすかった。
一体感が高いと評価したのはRDAがライダーに寄り添う技術でもあるからだ。前走車に近づき過ぎた際、ライダーがスロットル操作を戻さずとも電子制御スロットルがわずかに閉じられて適正な速度までスッと落ちる。そして、車間距離が保たれそうになる時点から今度はフワッと自動的にスロットルが開けられて車速を維持するのだ。その間、ライダーはスロットル操作を一定にしたままでいい。ACCのブレーキ制御をRDAが担い、スロットル制御を自身の右手が担う、そんな協調ライディングのイメージが抱けた。
一連の制御プロセスは極めて自然で、ベテランライダーが速度調整を行うようで心地良い。また、前走車がブレーキを掛けるなど高い減速度が必要な場合にはRDAが前後ブレーキを掛けて減速を行うものの、最大減速度は高くないので足りない減速度はライダー自身がブレーキ操作を行って補う必要がある。ここもシステムに対する過信を抱かせないフェールセーフ要素であり、人(ライダー)と機械(RDA)との協調ライディングを高める要因だと感じた。
◆「転ばないバイク」に繋がるか
ひとしきり試乗してみるとRDAが行う制御はスロットル&ブレーキの部分的な介入なので、【1】「ACC S&G」の応用技術だ。ただし、【1】と根本的に異なるのは一般道路で積極的に使用できる点にある。
現状、日本においては四輪車を含めACCは高速道路、または自動車専用道路で使用することが車両の取扱説明書にも特記事項として明文化されている。システムに許されている加減速度は低い値で制限され、なおかつセンサーで認知すべき(≒認知可能な)対象物に対して衝突被害軽減ブレーキのような厳しい規定や規則が存在しないからだ。
もっともACCの多くは一般道路で機能させることができ、実際、使えてしまう。しかし、歩行者がいない、つまり車両のみを認識物として判断する前提で仕様が決められているため、意に反した加減速制御が入ることがある。筆者は、一般道路を模したテストコースで各国各社の二輪/四輪/大型車両でACCを試したが、多かれ少なかれすべての車両で予期しない動きが確認できた。
今でこそ、ACC稼働→衝突の可能性が高い危険なシーンに遭遇→衝突被害軽減ブレーキの一次警報稼働といった連携プログラムをもつ四輪車も少なくないが、一般道路では歩行者や自転車の急な飛び出しがあることから、物理的に対応できないシーンも多いという。
万全に思えるRDAだが懸念点もある。前述の通り2.0ではセンサーであるミリ波レーダーの分解能こそ上がっているものの、それはあくまでも歩行者のいない高速道路などで【1】と【2】の「GRA」を成立させるために必要な条件を満たすため、だからだ。
だからこそ、それを補完する意味も含めて、RDAはライダーとの協調ライディングを積極的に迎え入れるのだろう。制御が介入するトリガーは前走車に対して近づきすぎることであり、任意で決めた車間を空けるためスロットルオフ&ブレーキ制御が入るものの、足りないブレーキ操作はライダーが行う必要がある。また、前走車に近づいた状態で制御が介入した段階であっても、ライダーが意図的にスロットルを開けば加速して前走車に近づくこともできる。
結局のところ、RDAは、危険な状況に近づかないようにする距離をライダーにレクチャーしてくれる新たな“ライディング支援機能”であり、眼に見えない電子バリアを「車間」として体感させる技術だ。その意味では二輪車の究極の姿であるとされる「転ばないバイク」に繋がる要素技術であるともいえる。
◆二輪車の安全領域に対する概念を大きく変える
ボッシュが今回発表したARAS2.0にはこれらのほか、前走車などへの急接近時、ライダーのブレーキ操作が足りないとシステムが判断した際にブレーキ圧を昇圧する【4】「EBA/エマージェンシーブレーキアシスト」、後方から近づいてくる車両を認識した際にライダーに対して存在を知らせる【5】「RDW/リアディスタンスワーニング」、後方から急接近する車両に対してハザードランプを点滅させ追突抑制を図る【6】「RCW/リアコリジョンワーニング」があった。
RCWは「後面衝突警告表示灯」に準じた機能で、2023年6月に日本の公道でも国連WP29の国連協定規則第53号(UN-R53)に則っていれば二輪車にも装着可能になった。
今回の取材を通じて実感したのは、二輪車の安全なライディング環境はライダーとの協調なくして成立しない、ということだ。人と機械の協調運転そのものは四輪車でも不可欠だ。しかし二輪車は、ライダーがバランスを保ちつつ、時にサスペンションとなり、荷重移動の重要な要素となることから、その根本が異なる。やはりライダーの積極的な安全領域への介入がなければ死亡事故はゼロは目指せない。
その意味で、【3】RDAは二輪車の安全領域に対する概念を大きく変える可能性を秘めている。公道走行における基本である「適切な車間距離や車間時間」の概念をすべてのライダーに実際の“車間”として体感させてくれるからだ。RDAの普及と共に、二輪車の特性を鑑みた次なるライディング支援機能の開発にも期待したい。
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