スーパーGT 2019
スバル STIの先端技術 決定版 vol.35
スーパーGT第3戦鈴鹿300kmレースでは、幸運にも3位を獲得したSUBARU BRZ GT300。粘り強くラップを重ねての入賞だったが、鈴鹿では抜群の相性の良さを今回のレースでも証明したことになる。この結果を導き出すために行なった数々のトライ&エラーの一部を、そして「相性」に結びつけた技術とは何か考察してみた。
問題点の克服と課題
今季のBRZ GT300は、低ドラッグ、ハイ・ダウンフォースを目指して開発されている。そのため空力のシミュレーション、風洞テストなどがオフシーズンに行なわれ、その成果は徐々に現れ始めている。
2018年シーズンはその空力に苦しめられ、思うような結果に繋がらなかったが、多少のリベンジができつつある気がする。そこまで苦しめる要因はやはり、GT3規則よりは変更できる箇所は多いものの、それでも限られた範囲内でしか変更できないレギュレーションの存在だ。とは言え、その制約によってレースが混戦となり観客を魅了するレースが多いということになっているのだが。
そこで問題となるのは、空気抵抗を減らせば速度は上がる、だが、ダウンフォースがなくなりグリップが薄くなるという空気抵抗とダウンフォースにおける相反関係の両立だ。規則がなければ、両立も可能となるだろうが、そうはいかず苦しんでいるわけだ。だから、ドライバーはグリップの薄い状態で戦うわけで、厳しさは一層だ。さらに、そこにタイヤの寿命も関わってくる。
ハイ・グリップであれば短命であり、グリップが薄ければ長寿命になるが、300kmレースでタイヤ無交換作戦を成立させるには、その両立は不可欠だ。しかし、BRZ GT300が装着するダンロップはヨコハマやブリヂストンに比べアドバンテージがあるとは言い難い。もちろん、タイヤに対し攻撃的にならないマシンのセットアップという要素もあるのだが、現状はBS、ヨコハマへの脅威はある。
鈴鹿の戦略
チームは、タイヤと空力に関し、今回の鈴鹿ではリヤ2本交換作戦を狙っていた。そのためには、フロントタイヤに負担をかけないでレースをする必要がある。そのためのセットアップを土曜日の公式練習から始め、短い時間でセットアップを決め決勝に臨んでいる。
ピットインするたびに、「フロントが薄い、リヤが薄い、アンダーが出る、オーバーが強い」などのドライバーのコメントをとりつつメカニカルなセットアップを変更する。また決勝を想定し燃料を満タン近くにして重量増にした時のハンドリングやタイヤの摩耗具合もテストする。すると、マシンの挙動には変化が出てくるので調整をする。主に、ダンパーの減衰をダイヤル調整する、スプリングを交換する、リヤウイングの角度を調整する、あるいは床下のヴァーチカルフィンなどの調整で対応するといったことが行なわれていた。
この日の鈴鹿は季節外れの高温で気温は30度にも迫る高さで、路面温度も40度を軽く超える。そのためチームは最もハードタイプのタイヤでのセットアップを繰り返していた。そのハードタイプは今季の開発目標でもある長寿命のハイ・グリップタイヤで、レースではどこまでグリップを落とさずライフが伸びているのか未知数でもあった。というのは、開幕からの2戦はいずれも雨、そして低温という条件で、ここまでの高い気温は初めての経験になるからだ。もちろんオフシーズンのテストも冬場になるため、未経験の気温ということになる。一方、マシンには冷却の不安もあるため、大型のラジエターに交換する作業も行なわれていた。
また、今季はエア・リストリクターの制限がなくなったため、若干ではあるが、エンジンの伸びがよくっているという。そのため、鈴鹿では2018シーズンのギヤセットよりも少しだけギヤ比を広げる変更を行なっていた。
この仕様でドライバーからのコメントは、「リヤは薄めのグリップで、何箇所かでアンダーステアがでるものの、全体にはオーバー気味のセットアップになっている」という。だが、「バランスはとてもいい」というドライバーのコメントにより、このセットで決勝を迎えることになった。
相性がいい理由
走行データの解析は各チーム行なっているがSUBARU STIチームでは、鈴鹿と相性がいい理由のひとつを突き止めた。それはコーナリング中の旋回Gの分析だ。タイヤにかかる旋回GがコーナーのRに対してMAX Gが計測されればタイヤの能力を最大に活かしていることであり、ダウンフォースとタイヤのグリップ力のバランスが取れていることがわかる。
そうした旋回Gの解析をすると各コーナーではMAX Gを記録しているデータが他のサーキットよりも多いことがわかったという。これが「鈴鹿とは相性がいい」という根拠というわけだ。こうしたデータは横Gが足りないと計測されたら、座標上でMAXまで動かすことでタイムにつながることが見えてくる。その机上データと車両への対策が必ずしもリンクするものではないが、考え方として最適解の出し方のひとつであることは間違いない。
ちなみに、過去の戦績から鈴鹿での獲得ポイントを平均すると11点になる。これは3位相当の順位となり、今回見事3位を獲得。また、直近5年での平均獲得ポイントは13.5点になるのだ。
エンジンパフォーマンス
こうしたマシンの空力、ダウンフォース、タイヤのグリップとライフという要素に加えて、当たり前だがエンジンパフォーマンスが影響する。こちらはご存知のようにBoPという性能調整が取られているため、各チーム似たようなパフォーマンスになっているため、大差ないように見えるかもしれないが、実際は、かなりハードルが高くSUBARU BRZ BT300は苦戦する。
まず、GT300に参戦するほとんどがGT3マシンで、FIAのGT3レギュレーションで製作されたレース専用マシンだ。NSXやGT-Rなどは6000万円で販売されている。そしてFIAでは性能の均一化を図るために、加速性能、最高速、空力性能に制限をかけている。
例えば加速性能ではマシンの重量(燃料なし)に対しての出力(kW)が定められていて、さまざまなマシン、エンジンがあるため、重量や出力にも幅がある。これを「パフォーマンス・ウインドウ(PW)」といい、その範囲の中で性能を発揮するようにしている。そのため、PWを超えるパフォーマンスはNGとされているわけだ。また最高速では1平方メートルあたりのミニマムの空気抵抗に対しての出力が定められている、というように性能の均一化のルールがある。
また、スーパーGTではJAF GTマシンもあるため、GT3レギュレーションに見合うような規則がJAF GTマシンにも適応され、BRZ GT300もそのルール内でマシン製作がされている。
そうした性能の均一化があるため、パフォーマンスに差がないように思われるかもしれないが、実際は「素性」の違いが影響することも理解したい。
レース専用ということ
GT3マシンやマザーシャシー(4.5L・V8型)に搭載するエンジンは、レース用エンジンで、レースをする目的のために開発されたエンジンであり、出力で言えばPWの上限を超える余裕があるエンジンであるということだ。GT-RでもNSXでも500ps以上とカタログには謳い、実際どこまでパワーが出せるのか不明だ。しかしFIAのレギュレーションで最大値をみると610ps付近までPWの範疇になっているわけで、そこまでの出力がないとGT3として戦えないとも言える性能を持っているエンジン達になるわけだ。
そこをスーパーGTでは独自のBoPでマシンをディチューンさせ、そこまでの出力が出ない条件でレースをさせているというのがGT300だ。そのディチューンの領域はGTアソシエーションが決めるBoPで、過給圧やエア・リストリクターなどでパワーを絞っているということになる。
ちなみに主なGT3マシンのエンジンをみるとレクサスRC Fは5.4Lの自然吸気V型8気筒で500ps以上、GT-Rが3.8Lツインターボで550ps以上、NSXは3.5LツインターボでBoPによる、と記載されている。つまりBoPの上限600ps以上は可能なわけだ。
これでわかるように、レース用の大排気量エンジンで参戦しているのがGT300マシンということで、BRZ GT300は市販車のエンジン2.0Lターボをベースにしており、難しさが見えてくる。BRZ GT300に搭載するスバルのEJ型は、かつてWRCで世界を席巻したエンジンではあるが、当時の出力は300psプラス程度で、今のGT300マシンほどのスペックはない。
ただスーパーGTではこのGT3のマシンもPWの下限360kW付近よりさらに下回っているという情報もあるので、400ps付近でのBoPなのかもしれない。詳細不明。
何れにせよ、こうしたことを鑑みれば、GT3マシンのエンジンは出力ダウンをしてレースをしているわけで、エンジンには相当の余裕があり、一方のBRZ GT300はWRC時代よりさらに出力アップをさせないと戦えない、つまり常に限界で戦っているということが見えてくる。エンジントラブルが出る背景にはこうした事情もあるというのがわかる。早期に次世代パワートレーンを期待したい。
また素性という点ではコーナーの立ち上がりでの加速が、最大出力は決まっていても出力カーブに規制はない。そのためどんな回転からも即座に最大出力が出るようになれば速いが、それではドライバビリティがなくコントロール不能になる。そうした中で2.0Lターボの出力特性を最大限に発揮しても大排気量NAには及ばないことは想像できるだろう。
こうした難題をかかえながらGT300で常にトップ争いができる位置にいて、さらにチャンピオンシップを争うことができているということは、「驚異」とも言える。3戦終了時点で、ドライバーランキング、チームランキング共に5位。次戦ではウエイトハンディを30kg搭載することになる。それをいかに跳ね返すのか、スバルSTIの技術力はこれからもウオッチしていく必要があるだろう。
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