クオリティ向上に邁進
text:Shinichi Ekko(越湖信一)
photo: Ferrari S.p.A.、Maserati S.p.A前述したように、モンテゼーモロが描いていたフェラーリ復活へ向けての最重要事項が品質向上であった。フェラーリは自社工場の規模拡大へはあまり積極的ではなく、必要なコンポーネンツに関してはイタリアのモーターバレーたるモデナ・エリアの協力工場からの供給で賄うという方向性だった。
フェラーリを称して、「フェラーリ学校」と呼ぶことがしばしばある。つまり、薄給でフェラーリに働くということは、半ば学校に通っているのと同じで、然るべきタイミングで独立し、ある作業に特化した協力工場として稼ぎなさいという意味が秘められている。今でこそ状況は大きく変わったが、当時はまさにそういった様相であった。
工業製品として、品質を向上させるもっとも簡単な方法は、生産ロットを拡大することである。作れば作るほど、品質が安定していく。フェラーリをはじめとするイタリア車が、この時代まで壊れるクルマの代名詞のように語られた理由のひとつは、コンポーネンツのクオリティが安定しなかったことにあった。
世界最高のイタリア車を作ると宣言
多くのノウハウを持つ世界的メーカーのボッシュやZFなどのメジャー・サプライヤーは、そもそも数量が少ないこれらイタリア車専用部品の発注をなかなか受けなかった。そのためにイタリア車メーカーは、国内のローカル・サプライヤーに発注せざるを得なかった。残念なことにそれらの品質は安定せず、納期も気まぐれであった。
厳しい状況を一新するために「世界最高の技術を活用して、世界最高のイタリア車を作る」とモンテゼーモロは宣言した。生産台数を増やす様々な試みを実施し、結果的に世界各国の優秀なサプライヤーから高品質のコンポーネンツの供給を実現していった。
その中にはもちろん日本製も多く含まれた。この時期、日本車が高品質を武器として世界のマーケットへ躍進したのも、このクオリティの高さからである。そう、モンテゼーモロは生産性を高め、フェラーリの品質は飛躍的に改善されたのだ。
フェラーリのもっとも重要なセールスポイントであるエンジン本体に関しての改善は顕著であった。フェラーリのエンジンは独特の味付けがされた高回転型だが、反面、調子に乗って回しているとあっという間に寿命がやって来た。また、独自の技術が投入された専門家の評価も高いエンジンではあったが、決して万人受けするものでもなかった。
突出した部分もあり、そのために他の部分を犠牲にするという割り切ったコンセプトが特徴であったが、360モデナやF430あたりから大きく変わった。材質や精度が画期的に向上し、耐久性も一般のエンジンと比べて遜色のないレベルになり、エンジン特性もスポーツカーとして文句ないのはもちろん、常用域での御しやすい仕立てとされた。
マセラティを傘下に
しかし、生産台数を増やすといってもそう簡単なことではない。品質向上や商品力アップとの間で、鶏と卵のような関係ではないか。ましてや短期間に大きく増やすことなど現実的には不可能である。モンテゼーモロはいったいどのような魔法を使ったのであろうか。
そう、その生産台数急拡大の鍵は、マセラティを傘下に入れたことにある。1997年に突如フェラーリが、かつてのライバルであるマセラティを傘下に入れたというニュースが飛び込んできた。
水面下では様々な駆け引きが行われたようだが、マセラティを任せることが出来るのはモンテゼーモロしか存在しないという究極の判断で、マセラティ再建指令がフィアットのボスであるジャンニ・アニエッリより出されたのだ。
1993年にマセラティのマネージメントを行っていたアレッサンドロ・デ・トマソが病魔に襲われたことでデ・トマソ・グループは崩壊し、フィアットがその株式を引き受ける。ところが、フィアット・グループの一員となったものの、そこには少量生産ハイパフォーマンス・モデルの開発・販売の具体的な方法論は存在せず、人材もなかった。
そこで同じモデナ・エリアに君臨するフェラーリのトップであるモンテゼーモロに白羽の矢が立ったというワケだ。フェラーリのリソースを有効活用するという点では理にかなってはいるが、かつてのライバルにその再建を委ねるという、誰もがあっと驚くような奇策が採られたのだ。
モンテゼーモロによる大改革
ここにマセラティ・フェラーリ・グループのオペレーションが始まった。マセラティのファクトリーを大改装すると共に、フェラーリ本社のマラネッロでは、マセラティ、フェラーリ両社を合計した生産規模に対応するエンジン製造棟とボディのペイント棟が新設された。
オートメーション化を進めた工場施設の大規模なリノベーションも同時に行われ、エンジンブロックの鋳造から、最終組み付け、テストまでを外注なしに、社内で一貫して行えるようにされた。
今までは手作業や多くの外注業者によるパーツを使って組み上げていたエンジンだが、最新のツールにより、クオリティを上げながらも必要充分な数を組み上げることが可能となり、ペイントのクオリティももちろん大きく改善された。
両社はスケールメリットを享受
主旨としてはマセラティ再建の為ための投資であることは間違いない。しかし、この「合併劇」のためにフィアット・グループから潤沢な資金がフェラーリに流れ、懸案の生産台数拡大が、大きなスケールで一気に達成されることとなった。
1998年のフェラーリ年間生産台数は3637台。そしてマセラティはフェラーリの元でゼロから開発が行われたクアトロポルテVがマーケットに出るころには6000台あまりの生産が行われていたから、両社合わせて1万台クラスの規模になった。量産メーカーとしては小さな数字に見えるが、この手のラグジュアリー・スポーツカーとしてはかなりの規模となった。
果たしてフェラーリとマセラティの生産台数が足し算されることとなり、生産、部品調達、あらゆる点で両者はスケールメリットを享受することとなった。これはフェラーリにとっても望外のメリットであり、ブランド躍進の大きな原動力となったのだ。
続きは2024年5月25日(土)公開予定の「【第7回】エンツォ・フェラーリ誕生秘話」にて。
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