スポーツカーに憧れる。ある年代以上の人たちにとって、この感覚は至極当然というか、むしろ正義である。スタイルのよさや、速く軽快な走りに応えるハイパフォーマンス、そして操ることの楽しさは、クルマの価値を計る最優先の尺度となる。
一方で世はSUVやミニバンと言った実用こそ最優先という流れにある。スポーツカーはヒールのように見られるときすらあるが、そんな声が渦巻く中でもスポーツカーの本質的な魅力を伝え続けているのがトヨタGR86とスバルBRZだ。このFR(後輪駆動)の兄弟車のプロトタイプを試すため、スポーツカーの正義は信じながらサーキット試乗会に向かった。
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同じ素材を使って別の個性を創り出すことの難しさ
「甦るがいい、アイアンシェフ!」 GR86とBRZ両方のプロトタイプの試乗を終えたあと、頭の中には、少しばかり懐かしい、こんなフレーズが浮かんできた。一流と言われる料理人同士が、ひとつの優れた食材を使って料理対決をすることで、大人気となった90年代の番組、「料理の鉄人」で使われた、象徴的なフレーズである。
毎週毎週、今日の料理人たちは、どんな技と知恵を駆使して作り分け、どのような味に仕上げるのだろうか? いつも期待しながら番組を見ては、彼らの繰り出す技の数々に感心していたものである。そして今回のGR86とBRZとの乗り比べである。少々大げさかもしれないが、料理の鉄人を見たときのような感想というか、心地いい感動のような物、そしてスポーツカーへの愛情のような物を感じ取ることが出来たのだ。
トヨタとスバル、それぞれの開発陣、つまりシェフたちのスポーツカーへの熱い想いがたっぷりと詰まったふたつの個性によって、スポーツカーの正義をたっぷりと味わえたのである。ひょっとすると「しょせん同じクルマだろ」とか「それほど変わっちゃいないだろ」と、一笑に付す人もいるかもしれないのだが、それは早計であることを最初に断っておきたい。
今回のトヨタGR 86とスバルBRZは商品企画やデザインをトヨタ、設計や開発はスバルが担当して創り上げたものである。
基本的な部分を見ていくと、プラットフォームは初代を継承し、ホイールベースは2570mmと変更はない。エンジンはこれまでの2L水平対向4気筒から排気量が2.4Lへと拡大された。トランスミッションは、6速MTの3ペダルと、トルクコンバーターを用いた6速ATの2タイプを用意した。基本的なボディサイズをチェックすると旧型よりも25mm長く、10mm低くなった。ここまでは、トヨタもスバルも同じ内容の変更である。問題はこの魅力的なFRスポーツカーの素材を使いながら、それぞれのシェフがどんな技で個性を表現し、どんな味に仕上げてくれたかである。
スタイルを見るとマツダのロードスターと、それをベースにしたアバルト124スパイダーのような、明確な差別化は見られない。仮にこの両車のような違いがあれば、好きか嫌いか、どちらを買うかを、どれほど楽に決定できたのだろうか。海鮮とシメジやレンコンを醤油とみりん、だし汁と日本酒で煮込んだ和風海鮮鍋。片や魚をトマトと白ワインで煮たイタリアンのごった煮、ズッパ・ディ・ペッシェということであれば、実に分かりやすい。まぁそこにはコストの問題など、色々な事情があっただろうから、あまりごねても仕方ないかもしれない。
どちらも諦められないほどの、うま味に溢れていた
ところがGR86もBRZも和食で攻めてきた。全体のフォルムは短めの前後のオーバーハングに、なだらかなルーフラインと小さめのキャビン、そしてウエッジの効いたデザインという“分かりやすいカッコ良さ”というスポーツカースタイルを基本とした、なんとも旨そうな仕立てである。
そこからトヨタはGRブランドに共通するデザインテーマ、六角形の編み目を施したフロントマスクを調味料にして、トヨタ流というかGRらしさのあるフェースへと仕上げた。一方のBRZは、やはりスバル車のデザイン共通項であるヘキサゴングリルを採用したフロントマスクをトッピングすることによって、外観上の差別化を図ってきた。どちらのデザインも低重心を表現したり、冷却性能を向上するなど、実用性向上を狙ったデザインだから、奇をてらうような部分は見えない。料理でいえば、どちらの土鍋が好きか、盛り付け方が好きか、美味しそうに見えるか? で悩んでいる段階だからなんとも悩ましいと言うことなのだ。ただ、こればかりは主観的要素が大きく関係する判断であるから決めかねてしまう。どちらも美味しそうに見える点では変わらない仕上がりだ。
だからこそ、重要になってくるのは味つけである。まずはBZRGR86でサーキットの本コースに飛び出してみる。と、好みがはっきりと分かれるほど味の違いが明確になる。
最初に試したのはBRZのMT。まず感じるのは初代モデルに対しフロントの横曲げ剛性や、ねじり剛性が大幅に向上し、質感が相当に高くなったこと。これによってステアリング操作に対する応答性や安定性、そして質感が高くなり、なんとも切れ味のいいスッキリとしたコクを感じさせてくれる、走りなのだ。どんどん楽しくなっていって、アベレージ速度が上がるが、コーナーでの破綻も少なく、修正も楽のこなしてくれる。許容範囲が広いというか、奥が深いというか、次々に迫り来るコーナーをヒラリヒラリと抜けていってくれる。なによりもサーキット走行でありながら、乗り心地がいいことに驚かされる。
こうなるとGR86を試すのがますます楽しみになってくる。どこがどう違うのか、いや走りでも同じ味つけなのか? その違いは第一コーナーに入ったときからすぐに分かった。GR86はフロントがグイッとコーナーの内側に積極的に切れ込んでいく素振りを見せる。旧型の初期の頃、86で何度となくスピンを起こしそうになったことを思い出した。そして、今回も同じか? と少し警戒しながらコーナーを抜ける。周回を重ねるごとに心地いいノーズの切れ込みと、わずかにオーバーステアを感じながらも、リアが驚くほどしっかりと粘ってくれていることが分かるのである。BRZで感じたガッチリとした質感もあるが、それ以上に走りはキレッキレのフィーリングがどんどん楽しくなっていくのだ。腕さえあればいつでもドリフトへと持ち込める感じであり、その刺激度から言えばGR86の辛みの効いた走りは、相当に楽しいのである。
こうして両車を比べてみると上質で安定感のある走りで懐の深さ、嫌みのないスッキリとした味わいのBRZ。対して刺激的で無茶さえしなければ、キレのある辛みの効いた味のGR86という具合に、いい住み分けが成立していたのである。そこで少々我が儘かもしれないが青いBRZの6速ATと、赤いGR86の6速MT、それぞれのメインカラーをまとった2台をガレージに納めることまで一瞬考えてしまったほど。気分次第で代わる代わるに別の味を楽しめる幸福感。これには“美食アカデミー”も優劣は付けられないだろう。
外観上のもっとも大きな違いはフロントグリルの形状。右がGR86 、左がBZRでそれぞれのブランドをイメージさせるデザインになっている。
上がBZR、下がGR86。ステアリングのエンブレム以外、ほとんど見分けが付かない。
上がBZR、下がGR86のシート。ホールド性に優れたシートは快適なスポーツ走行を実現。
ボリューム感を増したリアスタイル。上がBZR、下がGR86で、やはり区別はエンブレムの違いぐらい。
乗り心地がよく、どのコーナーでも粘り強さと安定感があり、コントローのしやすさが光ったBRZ。
ノーズがスッとコーナーの内側に切れ込んでいくGR86の走りは刺激的な味わい。
2Lから2.4Lへと排気量アップした水平対向4気筒エンジン。パワーアップのリクエストの応えた結果だが、トルクがあって扱い易さも向上している。
ホイール&タイヤを4本積み込めるという荷室。実用性が高いスポーツカーである。
※写真はすべてプロトタイプ
(価格)
トヨタGR 86は原稿執筆時点で未発表
<SPECIFICATIONS>
※トヨタGR 86 RZプロトタイプ
ボディサイズ全長×全幅×全高:4,265×1,775×1,310mm
車重:1,270kg
駆動方式:FR
トランスミッション:6速MT
エンジン:水平対向4気筒ターボ 2,387cc
最高出力:173kw(235PS)/7,000
最大トルク:250 Nm(25.5kgm)/3,700 rpm
問い合わせ先:トヨタ自動車 0800-700-7700
(価格)
スバルBZR S市販モデル価格:3,432,000円(6AT)
<SPECIFICATIONS>
※スバルBZR Sプロトタイプ
ボディサイズ全長×全幅×全高:4,265×1,775×1,310mm
車重:1,290kg
駆動方式:FR
トランスミッション:6速AT
エンジン:水平対向4気筒ターボ 2,387cc
最高出力:173kw(235PS)/7,000
最大トルク:250 Nm(25.5kgm)/3,700 rpm
問い合わせ先:スバル 0120-052215
TEXT : 佐藤篤司(AQ編集部)
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで“いかに乗り物のある生活を楽しむか”をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。
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