広範な調整を可能とした最新の911 GT3 RS
ピットレーンを抜けて、何度目かのコースイン。シルバーストン・サーキットのハンガーストレートで、車速は260km/hへ迫る。思わず、独り言を口にしてしまった。「今何をしているんだ? レーシングドライバーでもないのに・・」
【画像】シャシー調整を極める ポルシェ911 GT3 RS 競合のハイパフォーマンス・モデルと比較 全126枚
ステアリングホイールへ並んだ4つのダイヤルの1つを、カチカチと回す。ポルシェ911 GT3 RSのリミテッドスリップ・デフの効きを、少し変えてみる。アクセルオフ時のロック率を弱めてみた。
ブレーキを効かせながらコーナリングする場面で、より自由に旋回できるようになる。その結果、フロントタイヤを直進へ戻すタイミングが僅かに早まり、脱出加速へ早期に移れる。
4.0L水平対向6気筒エンジンが繰り出す、525psも素早く展開できるようになる。理論としては、ラップタイムを削る賢明なアプローチといえる。
しかし、ポルシェのワークスドライバーで最速の男、ケビン・エストレ氏なら、ステアリングヨークのダイヤルと対峙し、高次元で煮詰めるはず。65万ポンド(約1億2090万円)する911 GT3 Rの能力を、完全に引き出そうとするだろう。
僅かな違いが、レースの結果を左右する可能性がある。アマチュアが楽しむサーキット走行会で、同じ次元を求めるのは大げさすぎるかもしれない。とはいえ最新の911 GT3 RSも、広範な調整を可能としている。
ダンパーの組み合わせだけで6561通り
ダイヤル1ノッチの違いを、筆者は実際に体感できるだろうか。どれほど重要なものなのだろう。
そんな疑問の答えを求めて、シルバーストン・サーキットを訪ねてみた。911 GT3 RSの複雑さを知ると、ちょっと苦笑いしてしまう。ダンパーの減衰力の組み合わせだけでも、単純計算で6561通りある。
前後アクスルそれぞれ、圧縮と伸長を個別に−4から+4の9段階へ切り替えられる。これは序の口で、リミテッドスリップ・デフも加速と減速で9段階に調整できる。これを合わせると、設定は50万通り以上。トラクション・コントロールも、別に調整可能だ。
しかも、ノートパソコンを車載コンピューターへ繋ぐ必要はない。バケットシートに座ったまま、指先で切り替えられる。
本音をいえば、ケータハム・セブンのようにシンプルな方が楽しいかもしれない。3枚のペダルとステアリングホイールが、高精度で機能すれば充分ではある。
だが、最新技術の実装は、現代の高性能モデル市場では避けることができない。マクラーレンもフェラーリも、独自性を高めるために開発へ注力している。ポルシェも、1987年の959から、調整式ダンパーを先進的な特長の1つとしてきた。
2005年には、可変式ダンパーのポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネジメント(PASM)が登場。油圧アンチロールバーによる、ポルシェ・ダイナミック・シャーシ・コントロール(PDCC)も、2012年に採用されている。
相応のドライバーであることが求められる
これらは、比較的馴染みやすいシステムといえたが、新しい911 GT3 RSは次元が違う。ポルシェは、強化される排気ガス規制が足かせとなり、最高出力の上昇は難しいと理解していた。そこで、過去にない可変システムが実装されたようだ。
かくして生み出されたのが、レーシングカーへ強い影響を受けた、公道用の911。多様なサーキットとドライビングスタイル、コンディションへ対応することが目指された。エアロキットも壮大で、発生するダウンフォースはマクラーレン・セナ以上だ。
ポルシェGT部門の技術者、アンドレアス・ブロイニンガー氏はこう話す。「アクセスしやすく、理解しやすく、直感的なシステムを構築するため、メンバーは従来以上の時間を費やしました」。と。
それは、サーキットでの体験を本当に変えるシステムなのだろうか。設定を決めることは簡単ではない。その日の天候とタイヤ、路面の状態へ適応させるという、試行錯誤が必要になる。集中して感じ取る中で、ベストが見えてくる。
今回、ご協力をお願いしたのが、アレハンドロ・ヒメネス氏。ワンメイクレースの、ポルシェ・カレラカップでも活躍する技術者だ。
1つの前提が、ドライバーの技術と感度には一定の水準が求められること。「システムを活用するには、相応のドライバーであることが必要です。手探りするようでは、余り意味がありません」。とブロイニンガーも認める。
今回は、最大限に集中しようと決意する。楽しむだけでなく、ピットに止まっていたフェラーリ488 チャレンジを凌駕するべく、走りを極めるしかない。ヒメネスは「ひたすら速く速く」。と、今日の目標を口にする。
この続きは、ポルシェ911 GT3 RSへ試乗(2)にて。
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