両手両足を駆使して操るマニュアルトランスミッションはやはり、ドライバーの感性をひときわ強く刺激する。現代の日本を代表する2台のスポーツカーも、もちろん例外ではない。最適なギアを選び最良の加速を得る瞬間の高揚感は、確かに格別だった。(Motor Magazine 2023年3月号より)
初代S30型のモチーフが活きる最新形「フェアレディZ」
2022年に登場した新型車で、クルマ好きが何より盛り上がったモデルと言えば、やはり新型日産フェアレディZだろう。スポーツカーのビッグネームの14年ぶりの刷新は、純内燃エンジンにATだけでなくMTも用意するパワートレーンで歓喜させたのだ。
●【くるま問答】ガソリンの給油口は、なぜクルマによって右だったり左だったりするのか
そして奇しくも、そんなタイミングでGRスープラがMTを追加してきた。これは狙い撃ちしたわけではなく単なる偶然だったのだが、80年代以降、日本のスポーツカーシーンを盛り上げてきた伝統的な2台が、22年にそれぞれMTをラインナップして相まみえることとなったのだから、やはりこれは何か見えない力が働いたと言ってもいいのかもしれない。
もちろん、気になるのは今の時代にあえてMTを用意してきたこの2台が、一体どんな価値を提示し、どんな歓びをもたらしてくれるかである。今回の試乗、大いに期待に胸をふくらませてのものとなったのだ。
20年に新型フェアレディZが開発中だと明らかにされた時に抱いたのは歓びと、安堵のような気持ちだった。何しろ長くモデルチェンジされずに放っておかれていたクルマだけに、もはや新型の登場には期待できないのかなと思っていたからである。
型式名RZ34と、新しいZは実は従来のZ34のアップデート版というかたちになり、基本骨格を共有する。しかしながらデザインは一新され、各部に初代S30型のモチーフが使われたクルマ好きのハートをくすぐる仕立てとされている。
面白いことに、Z33から進化する時にホイールベースを短縮していたZ34のディメンジョンはロングノーズ・ショートデッキのプロポーションまでS30型を彷彿とさせるものとなっているのだ。
エンジンは先にスカイライン400Rに搭載されていた3L V型6気筒ツインターボユニットで、最高出力は405psを発生する。ターボ回転数センサーによって小径のターボチャージャーを限界近くまでキッチリ使えるようにしたことで、パワーとレスポンスを両立しているのが特徴だ。しかも今回、MTとの組み合わせを考慮して、アクセルオフ時の回転落ちを早めるリサーキュレーションバルブが搭載されている。
そしてトランスミッションは改良された6速MT、そして従来の7速から9速とされたATを用意する。当初の議論ではエンジンスペックを2種類用意する話もあったというが、リソースは限られているだけに今回はMTの設定を優先したのだという。試乗車は最上級のヴァージョンSTだが、パワートレーンは全車同一だ。
新しいZにとっては、MTで操るスポーツカーであることが存在意義として非常に重要だった。傍らにGT-Rというクルマもあるだけに、それも納得だろう。
17年の時を経てGRで復活した5代目スープラ
対するGRスープラは2019年に販売が開始された。皆さんもご存知のとおり、その歴史はいったん、完全に途切れている。先代トヨタ スープラの販売終了は2002年。それから実に17年を経て、新たにGRブランドのモデルとして復活したのが通算5代目となる現行モデルなのだ。
GRスープラは技術提携関係にあるBMWとの共同開発で生み出された。シャシ、パワートレーンの基本部分はBMW Z4と共有しているが、決してそれをベースにスープラが作られたというわけではなく、両社で寸法やディメンジョンなどを策定したあとには、それぞれ別々に開発を行った。生産はマグナシュタイア。つまり輸入車という扱いになる。
このクラスのベンチマークと言っていいポルシェ718ケイマンを凌駕する運動性能を実現するべくホイールベースは2470mmときわめて短く、スープラとして初めて2シーターレイアウトを採る。ちなみにフェアレディZのそれは2550mmである。またボディ剛性も徹底的に強化されており、登場当時にはトヨタ86に対してねじり剛性で約2.5倍、レクサスLFAをも上回ると公言されていた。このあたりのスペックはトヨタ主導で決められたという。
エンジンは3種類。新たにMTが設定されたのは最高峰のRZで、3L直列6気筒ターボエンジンは最高出力387psを発生する。従来の8速ATに加えて設定されたMTは6速である。
さっそく乗り込んだのはフェアレディZ。ステアリングホイールはあえて径がそこまで小さくされておらず、リムも細め。R32型スカイラインのそれと似た形状の断面とされており、手にしっくりと馴染む。シフトレバーの位置は適正。その後方にはレバー式のパーキングブレーキが備わる。
クラッチペダルはストローク初期は拍子抜けするほど軽いが、踏み込むと足応えが出てくる。繋がりはシビアではなく扱いやすい。低速トルクのしっかりとしたエンジンのおかげで、クラッチを繋いでいくだけでも発進は余裕だ。
この絶対的なトルクの余裕、そしてターボラグとはほぼ無縁の心地良いレスポンスのおかげで、フェアレディZは想像以上の軽快さで速度を伸ばしていく。さらに右足に力を込めていった時の反応も鋭く、そのまま一気に高回転域まで豪快に吹け上がり、瞬く間に7000rpmのレブリミットに到達する。
最高出力の発生回転数は6400rpmだが、実際に回していくとここからさらに一段、ロケットに点火されたような伸び感が味わえるから、ついついトップエンドまで引っ張ってしまう。そんな時に嬉しいのがスーパーGTドライバーの松田次生選手が監修したメーターパネルで、レッドゾーンがちょうど時の位置に来るので瞬間的に確認しやすいのだ。
あえてMTを選ぶ意味を感じさせるアナログ感
肝心のMTは、従来に比べればシフトフィールは格段に良くなったものの、ストローク感は長めだし、Z33やz34にあったアクセルのオン・オフでパワートレーン全体が揺れる感じも残っていて、いつでもスパッと歯切れ良く・・・・とはいかない。
けれど、手のひらでスイートスポットを探りつつ変速するアナログ感は、あえてMTを選ぶ意味を感じさせてくれるとも言えるので、一概に否定するものではないと思う。お馴染みシンクロレブコントロールのおかげでシフトダウン時の回転合わせはクルマに任せられるから、シフトミスは、ほとんどないと言っていい。
サスペンションは想像よりもしなやかな設定で、コーナリング時には適度なロールを許しつつ、ノーズを軽やかにイン側に引き込んでいく。コントロールの実感が得やすいし、接地感も上々で、クルマと対話しながら走らせるのがなんとも楽しい。
一方、乗り心地は上屋が常にひょこひょこ動いている感があるし、ロードノイズも大きいなど、古さを感じる部分も皆無ではない。トラクション性能も、増大したパワーに対してはもはやギリギリで、冷えて濡れた路面では3速くらいでも踏み込めばすぐにホイールスピンが起きてしまう。
そんな具合で不満もなくはないのだが、なぜか許せてしまうのがこのクルマ。別にそんなに飛ばさなくても、好きなところでシフトアップして適当なペースでクルージングしている時が、実は一番気持ちが良かったりする。そもそもリアルスポーツというより、もっとGT寄りの味付けという伝統は、しっかり継承されているのだ。
緻密なエンジンの回り方と高い精度のシフトフィール
外観から想像できるとおり、スープラのキャビンはタイト。乗り手を選ぶところかもしれないが、包まれるような感覚はスポーツカー好きとしては堪らないものがある。ドライビングポジションもすぐさま臨戦態勢という趣で、気分を昂ぶらせるという意味では、スープラの方が上手と言える。
走りも、やはり硬派な躾だ。何しろステアリングホイール、シフトレバー、クラッチペダルなど操作系が、どれもズッシリと重たい。思わず座り直して、背筋を伸ばしたくなる。走行距離が進めばもっとスムーズになるに違いないが、それでも決してシブかったりするわけではなく、クラッチミートは感覚がとても掴みやすい。
エンジンのフィーリングも非常に緻密。きめ細やかで滑らかな回転上昇には、やはりシルキーシックスという言葉は健在だなと唸らされる。トヨタがスープラと言えば直列6気筒という伝統にこだわってBMWに共同開発を持ちかけたのも、なるほど納得だ。
1800rpmから発生する500Nmの最大トルクは5000rpmまでフラットに持続するので、ほぼどの回転域にあってもレスポンスは上々。しかしながら、右足の動きに即応するツキの良さ、そして回すほどに粒が揃っていくかのような感覚の前では、もっとアクセルを踏み込みたいという誘惑に抗うのは難しい。
そして実際にそのまま引っ張ると回転計の針は6500rpmからのイエローゾーンを超えて、レッドゾーンの始まる7000rpmまで一気に到達。凄まじい快感をもたらしてくれるのだ。
もちろん、ATでもその旨味は十分味わえるが、やはりMTで堪能するのは格別である。この緻密なエンジンの回り方と、ショートストロークでカチッと精度の高いシフトフィールはぴったりマッチしていて、実に小気味良い。こちらもクラッチミート時のエンジン回転保持やシフトダウン時のブリッピングを行うiMTが採用されているから、MTの楽しい部分だけを抽出して楽しめるのだ。
スープラはMTを追加設定しただけでなく、シャシにも再び手を入れてきた。2020年の変更でも初期型に比べれば夢のように良いフットワークを得ていたが、最新型はその方向がさらに推し進められている。
ステアリングレスポンスは中立位置からきわめてダイレクトで、狙ったラインに一発で乗せていくことができる。サスペンションは従来よりしなやかさを増した印象だが、凄まじく高いボディ剛性もあってタイヤの位置決めは正確で、曖昧な動きを感じさせない。
そして、そこからのアクセルオンでピリピリとした緊張感を強いたのが導入初期のスープラだが、少なくともワインディング路の速度域においては挙動変化はそこまでピーキーではなくなり、より寛容な走りを手に入れたと言っていい。
いずれにせよ言えるのは、スープラは非常にソリッドな感触を持ったリアルスポーツカーだということである。あるいはATの方がフルパフォーマンスを発揮させるのは容易かもしれないが、MTを自らの手で操作して繊細に︑大胆にその速さを引き出すのは︑これまた無上の歓びに違いないのだ。
個性が異なる2台から見える成熟した日本のスポーツカー
往年のライバル2車が、まさか数十年の時を経て、2シーター、6気筒ターボエンジン、そして6速MTという近しいパッケージングで相まみえることになるとは、互いもきっと思っていなかったことだろう。
しかし興味深いことに、それぞれのキャラクターはむしろ以前よりも距離が開いていて、従来どおりアメリカのユーザーの好みが強く反映された印象のGTスポーツカーに仕上げられたフェアレディZに対して、スープラはリアルスポーツ指向を鮮明とするモデルになった。スープラという部分より、付け加えられたGRの成分の方が強まっている、という言い方もできるかもしれない。
あえて今のこの時代に世に送り出す、同じMTのスポーツカーであっても、ここまで個性が異なるのだ。そこには、日本のクルマづくりの成熟ぶりが映し出されていると言っても過言ではない。
そんな2台なので、最終的にユーザーがバッティングすることは案外なさそうにも思える。しかし互いの存在が刺激になり、そして今後の市場を盛り上げていくことになるのは間違いない。(文:島下泰久/写真:井上雅行)
日産 フェアレディZ バージョンST主要諸元
●全長×全幅×全高:4380×1845×1315mm
●ホイールベース:2550mm
●車両重量:1590kg
●エンジン:V6DOHCターボ
●総排気量:2997cc
●最高出力:298kW(405ps)/6400rpm
●最大トルク:475Nm/1600-5600rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:FR
●燃料・タンク容量:プレミアム・62L
●WLTCモード燃費:9.5km/L
●タイヤサイズ:前255/40R19、後275/35R19
●車両価格(税込):646万2500円
トヨタ GRスープラ RZ主要諸元
●全長×全幅×全高:4380×1865×1295mm
●ホイールベース:2470mm
●車両重量:1520kg
●エンジン:直6DOHCターボ
●総排気量:2997cc
●最高出力:285kW(387ps)/5800rpm
●最大トルク:500Nm/1800-5000rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:FR
●燃料・タンク容量:プレミアム・52L
●WLTCモード燃費:11.0km/L
●タイヤサイズ:前255/35R19、後275/35R19
●車両価格(税込):731万3000円
[ アルバム : 【MT車の魅力】 日産 フェアレディZ × トヨタ GR スープラ はオリジナルサイトでご覧ください ]
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