技術的にもビジネス的側面でも、車作りで最も難しいテーマが「ベーシックカー」だ。大量に売るためには安価でなければならず、凝ったメカニズムは採用できないから他車との差別化は困難。さらに、日本では軽自動車の存在もあり、このジャンルでヒット作を生み出すのは容易ではない。
だからこそ、デザイン力やマーケティングセンスを含めた、自動車メーカーの総合力が試されるのがベーシックカーの面白いところ。
クルマは安くて素朴な「素」が一番!? コンパクトカー「素うどん車」12選
アクアやノート、フィットといった人気車とデミオ、フィットなどの実力者、さらに海外勢では新型のVWポロなど、定番ベーシックには各メーカーの特色が詰まっている!
文:鈴木直也/写真:編集部
燃費以外は平凡でもトヨタの凝ったハイブリッドは常識破り
トヨタは、開発資金が潤沢なメーカーならではの“飛び道具”が使えるのが強みだ。言うまでもなくそれは“THS”トヨタ・ハイブリッド・システム。
世界的な常識では、200万円以下のベーシックカーに、これほど複雑で高価なハイブリッド機構を採用するのは不可能だが、ハイブリッド累計1000万台をバックとする量産効果でそれを実現している。
燃費はベーシックカーで最も重要な性能指標だけに、ここで優位に立てるのは非常に有利。ボディのデザインやプラットフォームについては、アクア/ヴィッツ系の評価は平均レベルだが、商品力としては「燃費性能だけで買ってもいい」と思わせる強力なアピールポイントを持っている。
欲を言えば、燃費以外に訴求する魅力が弱く、とくに欧州コンパクトに比べるとドライブフィールに個性がない。
結果として、ヴィッツのノンハイブリッド低価格グレードは、レンタカーや営業車ばっかりというイメージ。
トヨタもその辺は重々承知で、スポーティバリエーションの“GR”で車好きのニーズを掘り起こそうと一生懸命なのだが、アクア/ヴィッツ系がもう一皮むけるには、「TNGA」を採用する次世代に期待というところだ。
他とはひと味違う“ホンダらしさ”の象徴がフィット
ホンダはベーシックカー市場で唯一トヨタとガチンコで勝負するメーカー。日本市場向けとしてフィットに独自のハイブリッド(i-DCD)を設定。燃費性能でも一歩も引かないバトルを演じている。
台数が命のベーシックカーは、各社ともグローバル市場全体を想定した車作りが必然だが、世界共通仕様を日本に持ってくるのではなく、日本市場向けに7速CDT+モーターという凝ったハイブリッドシステムを新開発している点が凄い。
初期のリコール問題で出鼻をくじかれたものの、i-DCDは「燃費オンリーではなく走りの楽しさはTHS以上」という個性が光る。「他者の真似をしない」という本田宗一郎氏の創業精神が、一番発揮された車だと思う。
また、基本パッケージングやシャシーなども、初代以来の高評価を受け継いでレベルが高い。
コンパクトボディに、いかに5人分の乗員スペース詰め込むか、荷室スペースとバッテリー/PCUをどう両立させるか……。二律背反の難しいテーマに、フィット伝統のセンタータンクレイアウトが優れた効果を発揮。
ガソリン車も、パワートレーンのスムーズさやハンドリングと乗り心地のバランスなど、ほんのひと味だけれど質の高さを感じさせるものがある。
ベーシックカーにはこういう「ちょっとした質感」が大事。フィットがユーザーに好感を持って迎えられているポイントだと思う。
実力はパッとしないが“飛び道具”で価値を証明したノート
日産は率直に言って日本市場への取り組みが淡白すぎる。グローバルメーカーの宿命かもしれないが、「日本市場に投資しても儲からない」という経営陣の意図が透けて見える。
タイ工場製の輸入に転落したマーチは論外としても、ノートも褒められたものではない。最初の企画からしてグローバルコンパクトの中で一番を奪る気などさらさらなく、「然るべきコストで然るべき台数を売る」という中途半端なもの。
後に欧州でトレンドとなるエンジンの直列3気筒化はいち早く取り入れたが、燃費でハイブリッドに太刀打ちできず。競争の激しい日本市場では長らくパッとしない存在に甘んじていた。
しかし、日産のエンジニアは諦めていなかった。リーフで蓄積した電動化技術をうまく応用すれば、ノートにももうワンチャンスある。のちにe-POWERとして世に出るシリーズハイブリッドの開発を、水面下で静かに進めていたわけだ。
そして、ノートe-POWERがデビューするや、2018年上半期に日産車としては48年ぶりの国内登録車販売ランキングNo.1を獲得した。
ノートが遅咲きで大輪の花を咲かせた理由は、やはり電動化のポテンシャルが思った以上に高かったことだ。
専門家は多くが「e-POWERは昔から存在するシリーズハイブリッドで、目新しいものは何もない」と評価していたが、一般ユーザーはワンペダルドライビングと電気モーターならではの強力なトルク感を高く評価した。
ベーシックカーにこそ、こういうキャラの尖った“飛び道具”が必要。それを証明したのがノートe-POWERの大ヒットだったといえる。
コア層狙うマツダらしい“質の高さ”光るデミオ
マツダのブランドポリシーは明確で、世界シェアは2%でいいから熱烈に支持してくれるユーザーを獲得する、というもの。
デミオもこのコンセプトに則って、前モデルからキャラクターを変えてきている。それは「ベーシックカーの中ではハイクォリティな車」という性格だ。
1.5Lディーゼルを目玉とするSKYACTIVエンジン。そして、マツダならではのこだわりを持った足回りの作り込み……。
ベーシックカーはどうしても「台数を増やさないとコストが下がらない」というプレッシャーが働くから、苦しくなると大幅値引きでレンタカーや営業車が増えるという悪循環に陥る。デミオもその典型で、最廉価版ばかり売れ、それがフリート市場へ流れていた。
ところが、今度のデミオは一番の売れ筋が最高価格帯のディーゼル仕様。初期は値引き幅もかなり渋かった。こうした売り方ができるたのは、車そのものの商品力がアップしたからだ。
ディーゼル仕様の優れたドライバビリティと燃費性能の高さは、他にライバルが存在しないし、ナビ/インフォテイメント操作系やヘッドアップディスプレイなど、内装の質感も完全にひとクラス上の感覚。有償色のソウルレッドを選ぶユーザーが2割以上に達するという事実が、ユーザー心理の変化を如実に物語っている。
価格上昇をユーザーに納得させる商品力の作り込み。デミオはその稀有な成功例だと思う。
日本市場重視の作り分けが光るスイフト
スイフトもグローバル市場を想定した車だが、他社とはちょっと違う社内事情がある。それは、他社だと大黒柱となる北米市場のかわりに、インドを中心とする新興国市場が極めて重要ということ。軽量化を大きな特徴とする新プラットフォームも、その流れの中からの選択だ。
さらに、スズキにとって日本市場も大切な柱だから、パワートレーンも豊富な選択肢を用意している。
走りを重視するユーザーにとって、いまやスイフトスポーツはこのクラスの“定番”だし、ユニークなシングルクラッチハイブリッド、1Lダウンサイズターボ、ベーシックな1.2L直4エンジンと、多彩なバリエーションが用意されている。
特筆すべきはトランスミッションも目的に応じてきめ細かく作り分けていること。スイフトスポーツの6MT、ATもターボは6速AT、他のベーシックグレードはCVT、ハイブリッドは5速AGS+モーターというラインナップ。
こういう、日本市場に真摯に向き合った車作りは今や貴重な存在。日本市場専用の軽自動車なら当たり前だが、同じ姿勢で普通車にも全力投球してくれるスズキの姿勢を高く評価したい。
良くも悪くも真面目なポロと日産車と違う味を持つルーテシア
■フォルクスワーゲン ポロ/209.8万~265.0万円(GTI除く)
VWのベーシックカーはup!だが、日本市場でシングルクラッチ5速ATのみでは、まともな商売にはならない。ポロが事実上、日本におけるベーシック車だ。
しかし、モデルチェンジで見違えるほど立派になったポロは、もはや以前のゴルフ並みの車格感を持つに至った。
骨太な走りの質感は、エントリー価格200万円を考えると素晴らしいものがあるが、「どうせだったらエントリー250万円のゴルフもあるな」と目移りすること必至。いい車だけれど、輸入車マーケティング的に「あえてポロを選ぶ」決定力に欠ける。
この辺は、VWのドイツ的な真面目さがマイナスに作用。ベーシックな輸入車には、もうちょっと遊び心が必要だと思う。
■ルノー ルーテシア/199.0万~234.0万円(R.S.除く)
台数的には圧倒的にマイナーな存在だが、同じくエントリー200万円の輸入車としてルノー・ルーテシアはポロと真逆な存在だ。
ルノー日産アライアンスの中で、ルーテシアのプラットフォームは、何の変哲もない日産Bプラットフォームが使われているが、デザインと走りっぷりはまったくの別物。
ヴァン・デン・アッカーデザインのスタイルは有機的でセクシーだし、ハンドリングと乗り心地のバランスは「これぞフランス車」という味わい。言いたくはないが、「何で日産車でこの味が出せないの?」という疑問を感じざるを得ない。
日本に輸入されていない車種が多いが、ルノースポール仕様をはじめバリエーションも豊富。「ノートのe-POWERをあげるから、代わりにルノースポール仕様をちょうだい」と言いたくなる。
材料より料理の仕方が重要。そんな言葉がふさわしいのが、ルーテシアという車だ。
■フィアット 500/199.8万~284.1万円
最近のフィアットはベーシッククラスで売る車がなく、そろそろ10年選手となるフィアット 500に多くを依存している。
アバルト仕様も含めてバリエーションは豊富だし、デザインや内外装の質はいまだに色褪せていないが、ミニのようにきちんと世代交代を重ねてゆかないと、一代限りで消滅する恐れがなきにしもあらずだ。
ユーザー層を広げるには、まずほとんど2+2のパッケージングが要改善。おしゃれな足としてプライベートユースに使うにはいいが、ファミリーカーとして使おうとすると即選択肢から落ちる。
また、2気筒0.9Lターボのツインエアも、マニア的には面白いものの一般人にはハードルが高い。
SUV版の500Xはデザイン的に「ぜんぜん違う車」になっちゃったが、500の可愛さをキープしたまま、実用性を向上させたモデルチェンジが望まれる。
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