トヨタC-HRの「GRスポーツ」に試乗した今尾直樹が、ガズー・レーシング・ブランドの過去と現在を物語る。
ガズーレーシング、はじまりの物語
GRスポーツの存在意義とは? C-HR GRスポーツ試乗から考える……というお題を編集部のイナガキ氏からいただいたので、筆者なりの考察を試みた。
トヨタ自動車がモータースポーツ活動を「GAZOO Racing」に1本化して積極的に取り組む、と、発表したのは2015年4月のことである。「ガズーレーシング」とはいかにもへんてこりんな、耳慣れないことばだけれど、それもそのはず、もともとは豊田章男社長が1996年、まだ課長だった時代に立ち上げたネットでの中古車売買システムの固有名詞だったからだ。
GAZOOとは「画像」GAZOをローマ字で打ち込む際にGAZOOと間違えたことがきっかけで生まれた造語で、画(GA)と動物園(ZOO)の組み合わせでもある、という解釈はあとからつけられたということだけれど、ともかくガズーこそは豊田章男が入社して初めてカタチにしたプロジェクトだった。
トヨタが配布した資料によると、2002年、アメリカから帰国した豊田章男は、社内の「マスターテストドライバー」成瀬弘(なるせ・ひろむ)に弟子入りし、運転技術とクルマづくりの精神を学ぶことになる。きっかけは、「運転のこともわからない人に、クルマのことをああだこうだと言われたくない」という成瀬の、重役を重役とも思わぬ、豊田家の御曹司を御曹司とも思わぬ暴言だった。おそらく、そんなことを御曹司に言い放つ人間は、少なくとも社内にはほかにいなかったに違いない。
別の資料によると、成瀬はこのとき、「月に1度でもいい、もしその気があるなら、俺が運転を教えるよ」と申し出たという。60歳の師と、46歳の弟子、という師弟関係がここに生まれた。このふたりを抜きにして、トヨタのスポーツカー・ブランド、GRは語れない。
成瀬のすすめもあって、5年後の2007年、章男はニュルブルクリンク24時間レースに社員有志によるアマチュア・チームのドライバーのひとりとして参戦する。御曹司の道楽、と、陰で揶揄する声もあったらしい。しかも、彼らの掲げた目的は、レース結果云々ではなくて、「もっといいクルマづくりのため」だったというから、トヨタ社内のエンジニアたちの反発やいかばかりだっただろう、と邪推せぬものでもない……。
しかしながら、「グリーン・ヘル」の異名をもつ、全長20kmのニュルブルクリンク・ノルドシュライフェを舞台にした24時間の耐久レースに出場する、なんていうのは軽い気持ちでできるものではない、と、筆者は思う。提案した成瀬も成瀬だ。普通に考えれば、非常識である。
筆者は1度だけニュルブルクリンクを先導車付きで走ったことがあるけれど、1周20kmで最高速は300km/hに達する。スタートしたら、筑波サーキット10周分で、しかも超高速。筆者が走ったのは一般走行時間だったけれど、それでもクラッシュしているクルマを散見した。もしも道楽というのなら、命がけの道楽である。
さらに筆者は1度だけ、故・成瀬弘氏にお話をうかがったことがある。トヨタの“マスタードライバー”にドライビングの奥義を聞く、というような企画だったと記憶する。聞き手と原稿を河村康彦さんにお願いしていたから、ホントのことを言えば、私は横で聞いていただけですけれど、1990年代末のことで、成瀬さんはもうすぐ定年だから「定年後にはチューニングをやってみたい」と、雑談で語っておられた。また、「2代目『MR2』の初期型のハンドリングが危険であると自動車専門家から指摘されたのは自分の責任である」と、悔いておられた。クルマの味つけにこだわり、調理師の免許をとるような、ユーモアと哀愁のある職人さんだった。
その後、成瀬さんは定年を延長し、トヨタでチューンド・カーを実現させる。未来の社長が成瀬さんに運転の弟子入りをした、という噂を聞いたのと同時期だった。成瀬さんが手掛けたコンプリート・カーの第1弾が2009年、限定100台で販売された「iQ GRMN」だった。
GRMNとは、GAZOO Racing tuned by Meister of Nürburgringの意であり、ニュルブルクリンクのマイスターとは成瀬弘のことである、と、公式に説明されている。
話が長くなって恐縮です。つまり、トヨタのスポーツカー・ブランド、GRことガズーレーシングの成り立ちについては、豊田章男と成瀬弘の物語が、神話のように語られているのである。その神話につけくわえたい。成瀬さんは筆者が取材したおりにこんなことをポツリと言っておられた。
「トヨタではいいクルマができん」
がちょーん。大メーカーのコストと安全に対する考え方、このふたつの制約が開発の足かせになっている。だから、定年後に自分がチューンして、クルマをもっとよくしたい。成瀬さんはそう考えていた。たぶん、とここからは筆者の推測だけれど、おなじことを成瀬さんは愛弟子にも言っていたに違いない。
3つの階層からなるGRブランド
GAZOO Racing Companyなる社内カンパニーが設けられたのは2017年。豊田章男はガズーをネット上でのバーチャルな存在からリアルのレーシング・チームへと、試行錯誤のうえ育て、リーマン・ショック直後の2009年の社長就任以来、8年をかけて正式なトヨタの組織とした。TOYOTA GAZOO Racingの名称のもとにモータースポーツ活動をおこない、その活動を通じて得た知見を投入してスポーツカーを開発し市販する。商品化することで収益をあげ、レース活動を途切らせることなく継続する。レースでクルマを鍛え、ひとを鍛える。「もっといいクルマづくり」と「ひとづくり」に邁進する。それは師である成瀬弘の考えでもあった。
さて、商品としてのGRにはいまのところ、3つの階層がつくられている。最上位に位置するのが「GR」で、生まれたばかりのブランドゆえ、表記方法がイマイチ定まっていないものの、「GRスープラ」、「86GR」、「ヴィッツGR」、それに最新作の「ヤリスGR-FOUR」などがこれにあたる。「GRが目指す走りの味・世界観を表現し、ブランドイメージを牽引する専用車・スポーツユニット搭載車」と定義されている。
「GRMN」は“フルチューンコンプリート/限定販売”と、位置づけられて、いまもその名前は残っているものの、「マークX GRMN」も「ヴィッツGRMN」も、ともに販売は終了している。
「GR スポーツ」は、「幅広い車種から選べ、多様なニーズに応えるGRが手掛けたスポーツコンバージョンライン」で、「コペン」から「アクア」、「プリウス」、「ノア/ヴォクシー」まで幅広いラインナップを誇る。C-HR GRスポーツはこのスポーツコンバージョンラインとして、2019年秋、C-HRのフェイスリフト時にくわわった。
商業的には一応成功か
イナガキ氏がトヨタ広報から手に入れてくれた数字によると、C-HR GRスポーツの直近の販売台数(2020年1~3月)は、2200台。おなじ時期、C-HR全体では1万2630台だったから、17%がGRスポーツだったことになる。
C-HRは、プリウスなどとおなじ「TNGAプラットフォーム」の上に構築されるエンジン横置き前輪駆動をメインにするコンパクトSUVクロスオーバー。パワートレインは1.8リッター+電気モーターのトヨタ式ハイブリッドと、1.2リッター・ターボの2種類がある。4WDの設定があるのは1.2ターボのみで、最低地上高はたとえば「カローラ」の130mmに対して140mmと10mm高いだけ、という乗用車に近い成り立ちを持つ。
GRスポーツは1.8ハイブリッドと1.2ターボのFWDのみに設けられている。どちらもGR専用デザインの開口部の大きなグリルと、1サイズ・アップの225/45R19のタイヤと19インチのアルミホイール、内装ではGR専用の本革巻き小径ステアリングホイールと専用シート等を装備する。
機能面では、GR専用の「フロアセンターブレース」でボディを強化し、専用チューニングのコイル・スプリングとショックアブソーバー、それにスタビライザーを備えている。
6速マニュアルが1.2ターボにくわえられたことがニュースのひとつで、この6MTはGRスポーツだけでなく、どのグレードでも選ぶことができる。
価格は、ハイブリッドのGRスポーツが309万5000円、1.2ターボのそれは273万2000円で、どちらもこれまでの上級グレード+10万円におさめている。ベース・グレードをGRスポーツ化したことによって、お求めやすい価格と商品力の両立を図った、とGRカンパニーでは説明している。
GRスポーツの月販計画は、ハイブリッドが430台、1.2ターボはMTのみということもあって30台。合わせて460台。C-HR全体の月販目標は3600台だから、13%弱と見ていた。それが、前述したように実際は17%だった。商業的に見て、C-HRの価格を10万円押し上げ、しかも計画以上の台数を達成しているのだから、C-HRにおけるGRスポーツの存在価値はおおいに大である、と結論づけられるのではあるまいか。
着実に“クルマファン”を育てている
C-HR S-T GRスポーツの6MTの試乗インプレッションとしては、たいへんしなやかな足まわりを特徴としている。成瀬さん好み、と表現してよいと思う。19インチにインチアップしていることが、ちょっと信じられないほどである。
1196ccの直列4気筒直噴ターボは最高出力116ps、最大トルク185Nmで、いまどきのエンジンとしてはおとなしい部類に属する。GRスポーツは、エンジンに手を入れないのがルールなので、パワー派の人にはものたりないだろう。1400kgの車重は、ボディの補強や19インチ化で、標準車より10kg重くなってもいる。はっきり言って遅い。その遅い、ヤギのようなクルマを、6速マニュアルを駆使して目一杯走らせるところに味わいどころがある。
2019年10月に大磯で開かれたコペンとC-HR、両GRスポーツの試乗会のおり、GRカンパニーの関係者は設立2年を迎えた2019年を振り返って、こんな内容のことを語った。
「WECではル・マン2連覇を飾り、富士スピードウェイでの6時間耐久では1、2フィニッシュを遂げた。ヤリスで参戦しているWRCでは2年連続のマニュファクチャラーズ・タイトルは逃したものの、25年ぶりのドライバーズ・タイトルを獲得した。このほか、ダカール・ラリー、NASCARと、国内外でさまざまなモータースポーツに参加している。こんなメーカーほかにない。なぜそんなにレースに出るのか? もっといいクルマづくりの実現に向け、レースという極限の場でひととクルマを鍛えるためである」
なお、2020年1~3月に販売されたC-HR GRスポーツ、2200台のうち、ハイブリッドは2020台、1.2ターボは180台だった。計画では6.5%と見込まれていた、MTのみの1.2ターボが8%を占めた。
ちなみに、各モデルのGRスポーツ、それぞれの発売から2020年3月までの売れ行きベスト5は次のようになる。
1位 アクア 8280台
2位 プリウスPHV 5220台
3位 C-HR 4070台
4位 ハリアー 3860台
5位 ヴィッツ 3260台
1位&2位は電動モデル。たとえハイブリッドでも、ヒツジではなくてオオカミの皮が欲しい、と、考えるひとは意外に多いらしい。
というわけで、TOYOTA GAZOO Racingは、着実にクルマファンを育てている、と言えるのではあるまいか。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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