デルタHFエヴォ“マルティーニ”のボディカラーは白だけのはずなのに…?
2025年10月、クラシックカーの自動車保険で世界最大手の一角を占めるいっぽう、現況の車両相場価格を閲覧できるサービスで有名な「ハガティ(Hagerty)」傘下のオークションハウス、「ブロードアロー・オークションズ」社が開催した「Zoute Concours」オークション。そこにイタリアンポップスの分野における第一人者として知られているスーパースターが特別オーダーした「ランチア・デルタHFインテグラーレ」が出品されました。
WRCレプリカ仕様のランチア「デルタHF 16V」が約411万円で落札!ワンオーナー車が低価格で落札された理由とは
WRC5年連続タイトル獲得の証として400台限定の「マルティーニ5」
1991年10月の第33回「ラリー・サンレモ」。ディディエ・オリオールはランチア デルタHFインテグラーレ16Vとともに、塵煙を巻き上げながらヘアピンカーブごとに押し寄せる観衆をかき分け、ほぼスタートからフィニッシュまで本ラリーを支配した。その背後には、2台のHFインテグラーレが続き、ポディウム独占の完全勝利を果たした。
この勝利の勢いに乗って、ランチアは1992年シーズン用のFIA世界ラリー選手権(WRC)公認車両として開発されたデルタHFインテグラーレEvo、通称「エヴォルツィオーネ」を発表する。これは単なるマイナーチェンジではなく、鋭いハンドリングと卓越した機敏性を追求した、長年の競技経験の集大成であった。
初代にあたる「デルタHF4WD」から全モデルの開発と、ワークスチーム「ランチア・スクアドラ・コルセ」の運営を担当した旧アバルトでは、同部門内の開発コードNo.から「SE050」、あるいは拡幅されたボディワークから「デルトーネ(Deltone:大きなデルタ)」とも呼ばれたエヴォ1は、その意図を大胆に表現していた。
拡大されたブリスターフェンダー、大きく深くなったフロントスポイラー、そして「16V」までは左右振り分けの2本出しだったのが、1本出しに変更されたリアエキゾーストが特徴である。ドーム状のボンネットの下には、DOHC 16バルブの 2L直列4気筒エンジンにギャレット・エアリサーチT3 ターボが組み合わされた。このパワーユニットからの出力は、5速マニュアルトランスミッションとフルタイム全輪駆動システムを介して路面へと確実に伝達され、最高速度は220 km/h を実現した。
またサスペンションやショックアブソーバー、冷却系、ブレーキに至るまで最高の精度を実現するために微調整された。ラリースタイルの計器盤に至るまで、その細部はすべて、その競技用DNAを反映するように設計されている。
1991年にWRCマニュファクチャラーズタイトルを5年連続で獲得したランチアは、マルティーニとのパートナーシップを記念して、400台限定の特別仕様車「マルティーニ5」を発表した。このモデルは、全車両がホワイトにペイントされ、マルティーニの象徴であるサイドストライプと「World Rally Champion」のバッジが付けられている。濃いグレーのレカロ社製アルカンターラ張りバケットシートやエアコンディショナーなどの快適装備は標準化されていた。
しかし今回のオークション出品車両は「マルティーニ5」の仕様をすべて満たしつつも、単なるマルティーニ5ではない、特別な1台であった。
イタリアのスーパースターのためにワンオフ製作された漆黒のマルティーニ5
このほどブロードアロー・オークションズ社「Zoute Concours」オークションに出品されたデルタHFインテグラーレ エヴォルツィオーネ、シャシーNo.#568520 は、いわゆる「エヴォ1」のなかでも格別のヒストリーを持つ個体である。
WRCで5年連続のタイトルを獲得したことを記念して限定販売された「マルティーニ5」と同等の内外装スペックを奢られつつも、デフォルトの白ではなくブラックのボディカラーをまとう。じつは、イタリアでは「ロックの王様」とも呼ばれた国民的スター、ヴァスコ・ロッシのために作られた一品製作のスペシャルカーである。
このデルタは、「Signor Vasco Rossi c/o Le Furie SRL(レ・フリエ有限会社内 ヴァスコ・ロッシ様)」をあて先として発行された、当時の公式ドキュメントのコピーによって、ロッシの音楽出版会社である「レ・フリエ有限会社(Le Furie SRL)」に新車として納車されたことが確認されている。1992年5月16日にボローニャで初めて登録され、1994年にロッシのレコードレーベルである「Giamaica」名義で再登録された。
その代表曲たる「Vita Spericolata」や「Vivere」にくわえて、強烈なエネルギーと反骨精神で知られるヴァスコ・ロッシの個性は、彼の愛車となったデルタにも反映されている。ロッシ自身の要望により、ランチアのディーラーを介した特別オーダーで、マルティーニ5のリバリーを黒ボディと組み合わせたうえに、外装色に合わせたブラックのアルカンターラ内装で特別にアップグレードされた。センターコンソールには「Lancia Delta HF Integrale allestita per Vasco Rossi」と刻まれたオリジナルの銘板が今なお取り付けられており、このデルタ・エヴォ・スペシャルが、間違いなくヴァスコ・ロッシの所有物であったことを裏付けている。
2006年、このエヴォ1はイタリア国内のランチア デルタ愛好家の手に渡ったのち、約15年間にわたり入念に手入れされた。その後はドイツに渡り、現在の所有者が同国ノルトラインヴェストファーレン州ランゲンフェルトに本拠を置く著名なスーパーカースペシャリスト「モデナ・モータースポーツ」社に大規模な修復を依頼した。その際の作業については、詳細な請求書が保管されている。また、オークションの公式カタログ作成時点での走行距離計はわずか6万8535kmを示し、見事なコンディションを保っている。
今回出品されたランチア・デルタHFインテグラーレ エヴォルツィオーネについて、ブロードアロー・オークション社では希少性と歴史的な価値の高さをアピールするいっぽうで、12万ユーロ~18万ユーロ(邦貨換算約2136万円~3204万円)という、インテグラーレ エヴォとしてもかなり強気のエスティメート(推定落札価格)を設定した。
そして迎えた10月10日のオークション当日。ベルギーのビーチリゾート、ノッケ・ハイストのゴルフ場敷地内の特設会場で開催された競売では、エスティメート上限を2万ユーロ以上も上回る20万1250ユーロで落札された。現在のレートで日本円に換算すると約3530万円である。
このハンマープライスは、現在のマーケットにおけるエヴォI「マルティーニ5」、およびエヴォII時代の「マルティーニ6」の相場価格よりもかなり高価なものだ。ワンオフ車であることによる希少価値に加えて、「元ヴァスコ・ロッシの愛車」というヒストリーが価格にも反映されたと見るべきであろう。
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