1986年から1990年頃までの好景気の時代、通称「バブル期」には、高価な欧州製ラグジュアリークーペが人気を集めた。小川フミオが気になる5台を選ぶ!
クーペの魅力は衰えない。背の高いSUVがトレンドになると、かえってますます、車高が低いクーペの美しいシルエットが目をひく。過去にも、”いまも乗ってみたい”と、思わせる魅力的なモデルがいろいろあった。
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ここで紹介したいのは、いわゆるバブル期に発表された欧州製のラグジュリアスなクーペだ。どのモデルも発表当時、個性あるスタイルと、高性能と、それにぜいたくな装備と高価格で、日本にいる私(たち)にとって、夢のようなクルマだった。
これらは、いま乗っても、ふだんの使用にじゅうぶんなエンジンパワーと、予想いじょうに軽快なハンドリングと、個性的な内外装を持つ。
あいにく、ウィンドウ開閉装置の小さな歯車とか、アウトサイドミラーのプラスチックのピンとか、エアコンのセンサーとか、細かいけれど重要な部品など補修用パーツを見つけるのに苦労するかもしれない。それさえ克服できれば、いま乗っても、かなり楽しめるはず。
個人的にも、ここで取り上げたクルマはどれも大いに好み。メーカーが威信をかけて開発したといってもいいモデルばかりで、作りもよく、価値が減じることはないように思う。ちょっと覚悟がいるけれど、2021年にだって乗る価値がある。
(1)メルセデス・ベンツ「SLクラス」(R129)
Mercedes-Benz SL der Baureihe R 129: Der Technologieträger feiert vor 30 Jahren PremiereMercedes-Benz SL of the R 129 model series: The technology platform celebrated its premiere 30 years agoDaimler AG1989年に発表されたメルセデス・ベンツにとって4代目にあたる「SL」シリーズ。メルセデス・ベンツ好きはコードネームを使って「R129」と呼ぶ。このモデルから、かなりラグジュアリーよりのコンセプトが採用されている。
SLとは、「スポーツ」と「軽量」を意味する単語の頭文字を組み合わせたもの。メルセデス・ベンツのコードネームは、伝統的にセダンの場合は「W」が、ステーションワゴンの場合には「S」が使われ、SLの場合は「R」が使われてきた。ロードスター(オープンスポーツカー)の「R」だ。
Mercedes-Benz SL der Baureihe R 129: Der Technologieträger feiert vor 30 Jahren PremiereMercedes-Benz SL of the R 129 model series: The technology platform celebrated its premiere 30 years agoDaimler AGSLシリーズはもとから比較的コンパクトで軽量な車体で、軽快な乗り味を特徴としてきた。R129からそのコンセプトが軌道修正され、ボディは全長こそ4.4mであるものの、全幅は1.8mを超えてやや大型化し、同時に、電動格納式ソフトトップが採用された。このぜいたくな装備にもおどろかされた。
直列6気筒モデル、V型8気筒モデル、さらにV型12気筒モデルと、当時のメルセデス・ベンツのマルチシリンダーを、まるでデパートのように取りそろえていたのは、セダンはSクラス、スポーツモデルはSLが、トップ・オブ・ラインだから。
Rallye Hamburg-Berlin-Klassik vom 29. bis 31. August 2019: Sportlichkeit in den Genen der MarkeHamburg-Berlin-Klassik Rally from 29 to 31 August 2019: Sportiness in the genes of the brandDaimler AG - Mercedes-Benz Classic Communicationsボディはやや剛性が足りないなどと当時いわれた。フルオープンモデルだし、優雅にビーチなどを走るには、これで十分、と当時、メルセデス・ベンツの技術者は言っていた。
たしかにサーキットで使うのでなければ、じゅうぶん楽しめるモデルだ。でも発表当時のジャーナリストむけ試乗会は、高い運転技能を要求されるテクニカルなコースで知られる、ポルトガルのエストリル・サーキットで行われたのだった。
Rallye Hamburg-Berlin-Klassik vom 29. bis 31. August 2019: Sportlichkeit in den Genen der MarkeHamburg-Berlin-Klassik Rally from 29 to 31 August 2019: Sportiness in the genes of the brandDaimler AG - Mercedes-Benz Classic Communications可能なかぎりぜいたくな装備はすべて採用するというメーカーの方針で作りあげられたR129は、エンジン・ラインナップの刷新をはじめ、各所に改良を加えられつつ、2001年まで作り続けられたのだから長寿モデルである。
個人的には、どうせ手に入れるなら12気筒の600SL(1994年からはSL600に車名変更)がいいなぁと思う。当時としては驚くばかりの570Nmの大トルクを味わいながら走らせてこそ、最高峰のラグジュアリークーペ(ロードスター)の真価が味わえるように思うからだ。
(2)BMW 初代「8シリーズ」
BMW初の大型ラグジュアリークーペ「8シリーズ」は、1989年9月に発表された。メルセデス・ベンツのSLに半年遅れての登場で、2社の高級クーペに対する考えを対比できておもしろかった。
12気筒モデルがまず発表され、1993年に8気筒モデルが追加された。私は数年前にイタリアで、V8搭載の「840Ci」をドライブする機会があった。このとき思ったのは、”いまでもじゅうぶんいい!”。
400Nmのトルクを持つエンジンは、高回転域までさっといっきに吹け上がるので、そのときはマニュアル変速機のモデルだったのがほんとラッキーであると思ったものだ。いいエンジンのことを精密時計にとたえる向きがあるように、BMWのエンジンも、スムーズな回転を経験すると、すばらしく緻密に組まれた印象を受ける。
BMWはこのころ、1978年に発表してレースに参戦することを計画していた「M1」などを通して、スポーツモデルの経験を蓄積していた。初代8シリーズでも、どちらかというとラグジュリー系に振られているものの、ハンドリングのよさなど、処々にM1の影を(いい意味で)感じたものだ。
スタイリングはかなり強いウェッジシェイプで、格納式ヘッドランプが採用されたほぼ最後の世代だ(こののち歩行者保護の規制により使えなくなる)。同時にBMWの象徴であるキドニーグリルも、極限まで小さい。BMWが”伝統”のキドニーグリルの廃止を真剣に検討していた時期にあたる。
内装も、2トーンのカラースキームを積極的に使うなど、美しく仕上げられている。初めてのマーケットへ入っていくこと、そこではメルセデス・ベンツSLなどと競合すること、といった大きな目的を持って開発されていただけに、上質なのだ。
いまでも手に入れる価値のある、全長4.7mの比較的おおきめサイズのスポーツクーペである。
(3)ジャガー「XJS」
Tom Wood ©2018 Courtesy of RM Sotheby'sいまでもファンの多い、英国ジャガーのスペシャルティクーペ。オリジナルの登場は1975年とだいぶ昔。いっぽう、いまでも勧められるのは、1991年以降のマイナーチェンジ版だ。このときから車名が「XJ-S」からハイフンなしの「XJS」になった。
車名の変化は微妙でも、内容は大きく変わった。ひとつはスタイリング。独特の形状だったリア・クオーターウィンドウや、リアのコンビネーションランプが、ちょっとクラシカルなイメージに。
Tom Wood ©2018 Courtesy of RM Sotheby'sなにより、改良された直列6気筒エンジンと、V型12気筒エンジンのスムーズさと、それに見合う性能を持つシャシーの組み合わせがすばらしい。しなやかな乗り心地とスポーティなハンドリングで、このクルマでないと味わえないキャラクターを確立した。
クーペと同時にコンバーチブルもあり、ともにスタイリッシュ。このとき販売されていた「XJ40」というセダンが、なんとなく、しまらないスタイリングだったのに対して、XJSは高級車メーカーへと成長したジャガーならではの、全方位的な出来のよさを感じさせてくれた。
Tom Gidden ©2020 Courtesy of RM Sotheby'sTom Gidden ©2020 Courtesy of RM Sotheby'sTom Gidden ©2020 Courtesy of RM Sotheby'sいま選べるなら、個人的に勧めたいのは、12気筒モデル。ボディはクーペでもコンバーチブルでも、じぶんのスタイルに合わせて選ぶのが正解。
1996年に「XK8」へとモデルチェンジ。大きくコンセプトが変更された。XKシリーズは、「Eタイプ」を参考にした砲弾型のスタイルと、やはりEタイプを思わせる”ゆるい”乗り味が、それはそれで魅力だった。こちらもオススメ。
(4)マセラティ「ビトゥルボ」
マセラティ、というと、バブル経済期に青春まっただなかだったひとは、いまもビトゥルボ、と連想するのでは?
1981年発表の「ビトゥルボ」はシャレていた。コンパクトだけどスポーティでスタイリッシュ。いまでも魅力は褪せていない。
ふたつのターボを意味する車名のとおり2.0リッターV6エンジンに、2基のターボチャージャーを組み合わせたのが、1982年登場のスタンダードモデル。BMW「3シリーズ」のイタリア的解釈ともいえる2ドアボディに、200ps超のエンジンを搭載した後輪駆動。
ビトゥルボのもうひとつの魅力はスタイリングだ。マセラティのスタイリングセンターが手がけている。全長4.1mとだいぶコンパクトな2ドアボディながら、全幅を1.7mと広めに、いっぽう全高は1.3mと低めにと、低くて広い、スポーツクーペとして魅力的なプロポーションである。
マセラティのトライデントエンブレムを持った伝統的なグリルをはさんだ角形4灯のヘッドランプから、ふんばり感を強調した、フロントで1420mm、リアで1430mmあるトレッドにいたるまで、スポーツクーペというこのクルマのキャラクターに合致していた。
内装もすばらしくぜいたくで、あえてギャザー(ひだ)をたっぷりとるというユニークな張り方をしたレザー表皮と、ウッド感を強調したダッシュボードパネルと、それに明るい色づかいなど、小さな高級車という狙いどおりの仕上がりで、このぜいたく感にはたいへんおどろかされたものだ。これでバブル期には、自動車好きの興味をおおいに惹きつけた。
スタイリングを手がけたのは、ピエランジェロ・アンドレアーニというイタリア人デザイナー。ピニンファリーナ在籍時はフェラーリ・モンディアルを、フィアットのスタイリングセンター時代はリトモを、となかなかよい仕事をしているひとだ。
あいにく初期モデルはトラブルが多かった。マセラティじしんも「業績不振の挽回策としては画期的な企画だったものの、急激に生産台数を伸ばそうとした結果、品質管理にしわよせが来た」と、認めているほど。
ビトゥルボで迷うのは、どのモデルがいいか、ということ。2.0リッターをはじめ、2.5リッターモデル(1983年)、インタークーラー付きターボで出力があがった「ビトゥルボS」(1983年)、16バルブになった「2.24v」(1988年)、223psでよりパワフルな「222」(1988年)、そして2.8リッター279psの「222.4v」(1991年)といったぐあいに、選択肢が多い。
さらにホイールベースが延長され4ドアボディを載せた「ビトゥルボ425」(1983年)などもある。2ドアにかぎると、豪華な内装の「228」(1984年)、「ビトゥルボスパイダー」(1984年)、このスパイダーのシャシーに285psの2.8リッターを載せた「カリフ」(1988年)や、標準ホイールベースに2.8リッターのエンジンで、ほっそりしたスタイリングが魅力的な「ギブリ」(1992年)など、モデルは多い。
いまどのモデルに乗るべきか。もちろん、速いモデルが好きならカリフ。これが一般的な答え。でも、このクルマの場合、個体で決めるしかない、というのが正直な答えだ。一般的には1984年以降のモデルで、エンジンは2.8リッターで、ブレーキは通気式ディスクで、というのが推奨されている。
(5)ボルボ「780」
Volvo 780マニアックという点では、かなりの高得点なのが、このクルマ。1985年にボルボが発表した、ラグジュリー志向の2ドアモデルだ。イメージは極力「760」セダンに引き寄せているのが特徴で、逆にそれゆえに、流麗でない、独自の味あるスタイリングが実現している。
ボルボはその前にも「262C」(1977年)という2ドアモデルを手がけている。262Cは太いリアクオーターピラーとビニールトップが特徴だった。それに対して780のキャビンはもっと開放感がある。
Volvo 780780はいってみれば、トップモデル。ボディパネルもインテリアも、セダンとはちがう、専用パーツで構成されていた。欧州ではメルセデス・ベンツやBMWなども、クーペをほとんど専用パーツで作りあげる。特別な存在なのだ。
イタリアのカロッツェリア・ベルトーネがボディデザインも、車両の生産も担当。当時ベルトーネのセリングポイントは、メーカーに代わって少量生産のスペシャルモデルを生産することだった。内装もずいぶん洒落ていて、しっかりした作りを感じさせるシートは立体的なパッディングを持ち、2トーンのレザー張りなどと、凝っていた。ボルボ車の魅力的な内装、というのは伝統なのだ。
Volvo 780このクルマのよさは、一見ふつうの700シリーズのセダンに見えるのだけれど、じつは、「あれ? 2ドアのクーペだ」と、意外な驚きを与えるところ。フロントマスクをはじめ、ボディはていねいにリデザインされていて、当時、ボルボに無縁というかんじだった”スタイリッシュ”という形容が唯一似合うクルマだった。
いまでも、とてもいいかんじのデザインだ。エンジンも充分に実用になるだけの力を持っている。内装の作りは、現代の水準を凌駕している。
文・小川フミオ
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みんなのコメント
一回乗ってみたいクルマです。
もう、30年近く経った今でも、ボディはがっしりしているし、気に入っている。
自分の乗っているのは6気筒モデルであまり速くないが、それでも楽しめる。