「温故知新」の逆というわけではないが、最新のプジョー車に乗りながら、古(いにしえ)のプジョー車に思いを馳せてみたい。今回は、最新の電気自動車であるe-208から、過去のプジョー製電気自動車を振りかえってみたい。(タイトル画像は、上が1994年に発表されたEVコンセプトカー「iON」、下がe-208)
印象が「めちゃくちゃ良かった」e-208
プジョーは、積極的な電動化を展開している。208と2008には、BEV(バッテリー電気自動車)のe-208やe-2008が用意されており、BEVの割合は日本で(2021年春の時点で)約6%だという。日本市場では分母となる台数が限定的だが、ヨーロッパでは約12%に達しており、これはちょっと驚きである。
●【くるま問答】ガソリンの給油口は、なぜクルマによって右だったり左だったりするのか
もっと驚いたのは、e-208に乗ったときだった。208も含めてプジョーの現行ラインアップをいろいろと試乗したのだが、その印象が「めちゃくちゃ良かった」のだ。この連載で以前に、「乗り味がベストは508」と書いたが、それはBEVのe-208を除けば、と書くべきだったかもしれない。
まず第一に、スポーツカーのように走る。パワーは数字上ではそれほどあるわけではないが、モーター駆動では踏み始めからトルクが出て、何の抵抗もなくどんどん加速する。そして何よりコーナリングのマナーが良く、ロールせずに安定したまま曲がっていく。バッテリーをフロア(前後シート下とセンタートンネル部)に敷いているため、重心が低く安定しているのだと思われる。とにかく、ミズスマシのようにスイスイと右に左にワインディングを走り抜けてゆく。
そして、高級車のように走る。非常に静かで、遮音もしっかりしているように見受けられた。さらに乗り心地が非常に良い。これには、重さが効いているのは間違いない。ガソリンモデルと比べて300kg以上重いことで乗り心地の角が丸められて、えもいわれぬスムーズさになっているのだ。
剛性が高い印象も受けたが、それはおそらくバッテリーを積むためのシャシやサスペンションの補強をなされているためで、結果的に各部の剛性を高めて質感向上に貢献しているのだろう。
ガソリンエンジン仕様の208もよくできているが、正直2段階ほど車格が違う印象だ。これに比例するかように車両価格も同様に高まるが、乗った印象はそれに見合うものである。BEVが洗練されているのは今やおなじみだが、同じモデルで同時に比較して、ガソリン車と同じ感覚で品定めをする中で不意をつかれたのもあるかもしれない。電動化おそるべしと思って、クルマを降りた次第だった。
第二次大戦のさなかに電気自動車を商品化
プジョーはe-208を出す前、BEVを三菱 i-MiEV のOEM提供を受けてまかなっていた。こんなに商品力の高いモデルを自社で開発できるなら、最初からそうすればよかったのにと思ってしまうが、いろいろ都合があったのだろう。
プジョーは、もともと電気自動車の開発に積極的な姿勢をとるメーカーだった。その歴史をさかのぼると、1902年の段階で電気自動車の研究をしたことがあったという。最初に商品化されたのは、1941年のVLVである。VLVとはフランス語の「Vehicule Leger de Ville」の頭文字をとったもので、「軽量なシティカー」を意味した。
VLVは、当時の課税馬力区分で2CVに相当する文字どおりの軽便的車両で、軽量化のためボディはアルミ製だったとされる。当時は第二次世界大戦のさなかでフランスはドイツ占領下にあり、物資の不足した状況で市民の足となるクルマとして、ガソリンを使わない電気駆動が選ばれた。終戦後すぐに日本でも「たま」という電気自動車が市販されたことがあるが、同じような理由からである。
ただ、プジョーの場合は、戦時中にもかかわらず「乗用車」を発売したことが特筆される。ほかのメーカーでは見られない商品展開だった。もっとも、1943年になるとドイツ軍への資材提供が優先されることから当局が製造中止を命令し、VLVはわずか377台製造しただけで終わった。
電気自動車に積極的に取り組んできたプジョー
戦後の1960年代になると、プジョーは燃料電池車の開発を試みている。当時、アポロ宇宙船の電源として採用された燃料電池に注目が集まり、また米国GMも燃料電池車を開発したことは比較的知られている。これと同時期に、フランスのプジョーも開発に着手していたのだ。
1970年代になると、石油危機の影響もあったと思われるが、プジョーはBEVの開発に力を入れ、フランスの高速鉄道「TGV」の開発で有名な鉄道車両メーカーのアルストムの技術協力を得て、104や商用車の電気自動車を開発した。
大々的な電気自動車の市販化は、1995年に発表された106エレクトリックからである。10年あまりの間に3542台という程度ではあったが、当時のPSAは電気自動車のリーディングカンパニーだった。傘下のシトロエン ブランドも合わせて商用車を含めた台数であるが、1990年代末にPSAはヨーロッパの電気自動車の85%を占めていたという記録もある。
プジョーが電気自動車の開発を積極的に取り組んできたのは、フランスの国策も背景にある。よく知られるとおりフランスは原子力発電の割合が高く、夜間の余剰電力を活用して充電できるBEVは、CO2削減の効果を確実に期待できるわけだ。もちろん、フランスも今では再生可能エネルギーによる発電も増えている。
ただ、そんなエコ云々は別の地平の話として、e-208はクルマとしてすごく良かった。個人的には単純な電動化が地球を救うなどとはまったく思わないのだが、「e-Peugeot」は「Peugeot」のより進化した形であることは、間違いないだろう。(文:武田 隆)
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