最近、「ヴォヴォーン」、「クォーン」という、いかにもマフラーを交換したなと思われる甲高いエグゾーストノートを奏でるクルマをみかけなくなったと思いませんか?
50代以上のクルマ好きにとって、スポーツマフラーの交換は身近な存在でしたが、いまや騒音規制の影響で少なくなってきています。
そのいっぽう、最近ではハイブリッド車やディーゼル車の排気系の役割も複雑、多様化してきているそうです。
そこで、素朴な疑問、マフラーを交換すると、どんないいことがあるのか、から意外に知らないことが多い最新マフラー事情まで、モータージャーナリストの高根英幸さんが解説します。
文/高根英幸
写真/ベストカーWeb編集部、藤壺技研工業、Adobe Stock
■いまやスポーツマフラーは純正並みの音量制限に!
規制緩和でクルマのカスタムは、かなりの範囲まで合法化されたけれど、このところスポーツマフラーへ交換されたクルマを見る機会は極端に減った気がする。
その一番の原因はマフラーの音量規制が、ここ10年で段階的に厳しくなっているからだ。現在は新車時の音量が基準となって、それとほぼ同等の音量(経年劣化も考慮されるため数㏈の増加は容認されるようだ)しか認められない。
これでは、以前からスポーツマフラーを装着して楽しんできたクルマ好きには「物足りない」と思われるのもしかたないところだ。
平成28年10月1日以前に発売されているクルマ(継続生産車は平成33年9月1日以前)は従来の通り、近接騒音と加速走行騒音が基準値内であればいい(継続車検時は近接騒音のみ検査)が、クルマの買い替えも進むなか、スポーツマフラーに交換するオーナーはますます減っているのが現状だ。
これは何も日本だけが規制を厳しくしているのではなく、むしろ環境に対する規制は欧州のほうが高く、国際的に見てやや緩かった日本の騒音規制が国際基準にシフトしていっているだけに過ぎないのだが、ひと昔前は音量規制こそあったものの、マフラー交換もかなり自由度が高かった時代と比べると、ドレスアップ派は窮屈な思いをしているようだ。
それでもチューニング王国のドイツでは、音量は純正と同等で音質をやや低音にして整え、排気抵抗を下げられることから、エンジンのパフォーマンスアップも実現するスポーツマフラーを製品化して販売しているブランドも少なくない。
日本のマフラーメーカーは平成28年10月以前に発売されたモデルのみをラインアップしているところも多いが、人気モデルはそれなりに需要アリと見込んでいるように見える。面白いのは日産セレナの、しかもe-POWER用のスポーツマフラー(フジツボ製)が販売されていることだ。
日産はニスモバージョンまで用意しているから、これを選ぶユーザーはさらなるスポーティさを求めマフラー交換を選択する可能性も少なくないのだろう。
スポーツマフラーへの交換するオーナーが減った理由として、マフラーの機能が拡大していることも無関係ではない。「ガソリンの一滴は血の一滴だ!」とばかりに燃費向上に挑んできた自動車メーカーにとって、マフラーも今や燃費向上のために積極的に利用するデバイスとなっているのだ。
■昔ほどスポーツマフラーによる性能アップは期待できないワケ
マフラーが持っている本来の役割は、排気エネルギーを徐々に減衰させ、圧力と温度を下げるというもの。これによってマフラー出口での排気ガスの温度を下げ、排気音も音量を下げ、音質を整えるのだ。
マフラーの上流にある三元触媒(ディーゼル車は酸化触媒)は、排気ガス中のNOx(窒素酸化物)、CO(一酸化炭素)、HC(炭化水素)といった有害成分をN2(窒素)、CO2(二酸化炭素)、H2O(水蒸気)に還元して無害化する。これによって厳しい排ガス規制をクリアしているのだから、触媒装置の存在は重要だ。
昔は触媒を外して(違法です!)抜けのいいマフラーを付けるとパワーが上がる、なんて言われたものだが、それは燃料噴射装置の電子制御がシンプルな構造だった頃の話。
ずいぶん前からガソリン車のインジェクションも制御が高度になっており、吸排気系のすべてとバランスを取るようになっているので、排気系を大きく変更してもそれだけでパワーアップは期待できない。
むしろ純正のマフラーは適度な排気抵抗を設定することにより、エンジンの吸排気性能のバランスを整えて充填効率を高め、低中速トルクを太らせたり、燃費を向上させるようチューニングされているのだ。
スポーツマフラーはこのバランスを高回転側にシフトすることで、ピークパワーを高めたり、伸びやかな加速を実現するのである。
ひと昔前、抜けのいい大径テールパイプのマフラーを装着して、発進時に何だか加速が鈍くなったと思ったクルマ好きはいないだろうか。
マフラー交換によって排気抵抗が減ると、低速域では吸気工程の最初にまだ排気バルブが開いている時(オーバーラップと呼ばれる状態)に新気が排気バルブから排気ポートへと流れ出てしまい、充填効率が落ちてトルクが減少してしまうのだ。
それでも高回転域ではバランスが取れて刺激的なフィールになるから、スポーティなフィールを重視するために抜けのいいスポーツマフラーを装着した走り好きも昔は多かった。
ターボ車については、マフラーの排気抵抗を減らすことにより、その上流にあるターボチャージャーからの排気ガスが抜けやすくなって、ブースト圧の立ち上がりが良くなったり、ブースト圧が向上することが期待できる。
ただし最近のターボ車のブースト圧はECUによって管理されているので、これも最近のクルマでは効果は限定的だ。
BMWなど欧州の自動車メーカーでは、エンジンの負荷に応じてマフラーの出口の片側をバルブで開閉させて、排気抵抗を調整する機構を採用している車種もある。これによって前述の低速トルクや燃費の向上を狙っているのだ。
フェラーリやランボルギーニなどスーパーカーのなかには、エンジン回転やドライブモードの設定変更でバルブを開閉させて排気系を切り替える機能をもつクルマも多い。
これは高回転域でのパワーによる走りのパフォーマンスと、ゆっくり走った時には排気音を抑えて周囲への配慮(騒音規制への対応も大きい)ができるもの。走行性能だけでなく、排気音など走行フィールの演出も大事なスーパーカーにとっては、こうしたマフラーのチューニングと環境規制への対応も重要なポイントになりつつある。
これらガソリンエンジン車の場合は、騒音規制の強化やカスタムブームの終焉も影響しているのだろうが、乗用車で大多数を占めるハイブリッド車の存在もスポーツマフラーの需要減に大きな影響を与えている。
■そもそも排気システムの構造とは?
そもそもエンジンから排出された排気ガスはどのようにして、マフラーの外に出るのか? 各部分に役割があるので、なるべく簡潔に説明していこう。
まずエグゾーストマニフォールドだが、ここから4気筒なら4つ、6気筒なら6つの気筒の排気ガスを集合させて、ターボ車ならタービンへ、NA車ならキャタライザーへ送り込む役割を持っている。
ターボ車の場合はタービンから排出される排気をキャタライザーまで導くものがフロントパイプである。フロントパイプの排気の流れをスムーズにすることで、ターボのレスポンスが向上する。
キャタライザーは排気ガスの浄化装置、フィルターである。エンジンから排出された排気ガスをキャタライザーに導くことで、CO、HC、NOxなどの有害な成分をろ過し、低害な成分に変換する役割を持っている。
メインパイプはパイプ径やレイアウトで排気抵抗を少なくすることでエンジンの特性が変化する。一般的にパイプ径が太いほど、排気抵抗が少なくなり、排気効率は上がるが太すぎると低回転でのトルクが減少し、逆に細すぎると低回転でのトルクは向上するが高回転での排気抵抗が多くなり、出力向上はみられない。
サイレンサーはエンジンからの排気ガスを直接大気を放出したのでは大きな騒音をまき散らすことになるのでサイレンサーによって排気音を消音し、エグゾーストサウンドをチューニングする。
■マフラーを交換すると、こんないいことがある!
排気システムを理解してもらえただろうか? 次にマフラー交換をすれば、どんないいことがあるのか、説明しておこう。
排気効率を考えれば、トータルで排気系をすべて見直すのが最もいい方法だが、キャタライザーより、後ろのパーツを交換するだけでも排気効率はアップする。
排気効率がアップするイコール、パワーアップにつながる。これがマフラー交換最大のメリットだろう。
ただし、単にパイプ径を太くしただけでは、かえって排気が抜けすぎて、中低速域ではスカスカになるものがあるので注意が必要。
次にエグゾーストノート。サウンドを決めるのは主にサイレンサーだが、形状や吸音材の量など、いくつかあるので、マフラーを替えたいと思ったら、お気に入りの音を探してみよう。最近ではマフラーメーカーのホームページでエグゾーストノートを紹介しているのでぜひ聞いてほしい。
素材が自由に選べるというのもメリットだ。純正マフラーはコストの関係でスチール製が多いが、スチールは加工しやすい反面、重くて錆びやすいというウィークポイント。その点、アフターパーツのマフラーには、錆に強く軽量なステンレスやチタニウムなどがある。特にチタニウムは超軽量・高強度で、見た目も美しいのでワンランク上を狙いたい人はぜひ。
最後にリアビューの印象をスポーティに変えることもメリットのひとつ。大径や楕円、デュアルなどざまざまな形状があるので、自分好みの形状を選ぶのもまた楽しい。
■ハイブリッド車、ディーゼル車の排気系は複雑・多機能化!
ハイブリッド車だから純正マフラーからの交換ができない訳ではなく、マフラーメーカーによってはサウンドやスタイルの向上だけでなく、エンジンのトルクアップにより燃費向上を謳っているところもある。
しかしハイブリッド車を選ぶオーナーは走りの楽しさよりも、まず燃費を重視しているだけに、カスタムやパフォーマンスアップにお金をかけるユーザーは少ない。プリウスでカスタムを楽しむオーナーは非常に少数派なのだ。
それにハイブリッド車の排気系には、ガソリン車にはない機能が盛り込まれている。プリウスやアコードハイブリッド、アクアなどのマフラーには、触媒の後に排気ガスから熱を回収する排熱回収装置が組み込まれている(下図はアクアの寒冷地仕様のオプションに組み込まれている排熱回収器)。
従来、マフラーが外気で冷却されることによって捨てていた熱を利用して、エンジンの冷却水を温めているのだ。これによってEVモードで走行することの多いハイブリッドでも早く暖機走行を終わらせて燃費を向上させているのである。
ボルグワーナーによれば、排熱回収でハイブリッド車は最大で8.5%も燃費を改善できるというデータもある。
■ディーゼル車の排気系も複雑化している
またディーゼル車の排気系も複雑化されている。マツダのSKYACTIV-Dでも酸化触媒のほかにDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルター)を装備して、NOxとPMを低減しているが、他社のクリーンディーゼルはもっと複雑だ。
メルセデスベンツやBMW、VWアウディ、ボルボや三菱などのディーゼル車は、SCR触媒という尿素を使ったNOx還元触媒が使われている。
これは排気ガス中に尿素水を噴射することにより、尿素((NH2)2CO)がアンモニア(NH3)に変化してNOxをN2とH2Oに還元するのだ。
トラックなど商用車でも使われており、尿素水のコストもかかるものの、厳しい排ガス規制をクリアさせるためにディーゼルにはなくてはならないシステムとなりつつある。
いまやクルマのパワートレインは複雑、高度化する現在、マフラーを交換することが少なくなってしまった。
けれども、人とは違うクルマに仕上げたいというオーナーにとって、スポーツマフラーはアルミホイールに並ぶ、魅力的なカスタムパーツには変わりはない。
当分、エンジン車はなくならないだろうが、まだ残っているうちに、美しいエグゾーストノートを奏でるマフラーに交換してみては?
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