小学生にいう訓示ではないが、自戒の意も込めて言いたいのは「仲間というのは尊いものだ」ということをつくづく感じたドライブでした。
深夜のドライブがスタート
五速ミッション「ホンダS800」は現代のスポーツカーも顔負け!オーナー岡本祥太さんにインタビュー
先日、東奔西走して帰宅すると、後ろから見覚えのある欧州製コンパクトカーが私の駐車場に入ってきました。近所でもそのクルマは希少ですので、誰が来たかすぐにわかりました。お世話になっている編集部のSさん。お住まいもとても近所、同じ世代でクルマ好きの彼とは、ただただお話をするだけで楽しいものです。
ちょうど私は、預かっているシトロエンCXを移動させる用があったので、それで帰ってきたところ。自分のスペースにCXを置き、クルマから降りると「やっぱり中込さんかぁ。この辺にCXいたんだと思ったけど、こっち入ってきたからもしやと思ったんだ!似合うなあ」とSさん。営業もされる彼は口もうまいが、CXに似合うと言われて悪い気はしませんでした。メールなどでのやり取りは頻繁にしているものの、お会いするのはずいぶん久々。「乗ったことないんだよなあ、CX」というので、もう一度CXでドライブに出ようという話になりました。
「オイル漏れなし」、「屈伸運動も滑らか」シトロエン乗りの人は「チェック項目」のようにこんなことを言いますが、それはチェック項目の為のものではありません。類まれな、シトロエンが他の何物にも代えがたい走りの世界を作るための必要条件にすぎないのです。もちろんオイル漏れもなく屈伸運動も滑らかな上に、エアコンも寒いほど効く。Sさんは当然乗ったことがあると思い込んでいました。乗ったことないのであれば、乗っていただかねばなりません。川崎市北部、近所をぐるっとドライブすることになりました。(近所の地名が出てきてわからない方ごめんなさい。一度でも走っていただければどういうことかわかっていただけることだとは思うのですが…)
富士スピードウェイの下を抜けて国道一号と沼津で合流
まずは「間組の坂」。かつてその脇にゼネコン間組の社宅がありました。この辺りに昔から住む人はそんな風に呼ぶ人も少なくありません。そこを、まずは上がって浄水場通りに出ます。まずその坂を上がるフラットに滑空するようなさまをSさんはいたく感心しました。そして浄水場通りを清水台方面にクルマを進めるとゆるいカーブをともなった坂を下ります。その時のシュアなライン取り、さすがはシトロエンですね、と。二人して盛り上がります。そのまま北部市場の脇からあざみ野に抜け、246へと出ました。国道246号線です。昔の大山往還ですね。今や渋谷を抜け、厚木を通り、富士スピードウェイの下を抜けて国道一号と沼津で合流…の「にーよんろく」です。
坂を一回上がると、鷺沼のあたりでそこからペースの速い下りのカーブがあります、一切のよどみもなくペースが速い下り坂。そこを下ると再び一気に登りがあります。その先に長いストレートがあります。私たちを乗せたCXは目の前の視界をすべて黄色く染めてしまう、イエローバルブのガス放電式ライトが装着されています。等間隔で並ぶナトリウムランプのオレンジの街灯の元をテンポよく走ると、よりいっそうこのクルマが未来志向で、飛行機のようだという形容をしたくなるのです。鷺沼の坂を下るとき「おお!味わい深い」とSさん。その先のストレートをすぎると、馬絹のオーバーパスをも滑空していくではありませんか。「鷺沼が味わい深いだけにとどまらず、馬絹がかぐわしいとは!」夜も更けた、よく流れる246を流すCXの中でいい歳のアラフォー男二人で狂喜乱舞してしまいました。
仲間との会話もドライブの醍醐味です
そのまま津田山の先の切通しを過ぎて多摩川の橋を渡らず、川っぺりの道に出ます。川は静かに流れ、辺りの光を川面に移す。その流れと逆に川岸の土手の道をひたすら上流に。夜、たそがれるのにいいんですよね、なんて話をしながら稲城まで。フラットなのですが、微振動がまるでないわけでもなく、先入観の入る余地のあるピッチングでもないのです。滑らかで軽いステアリングはクイックで鋭敏。スポーティを標榜していないのに、そんじょそこらのスポーティサルーンには負けない機敏な動きをみせます。アクティブなのではなくシャープ。カタログ上の最小回転半径はそれなりに大きいですが、フロントが幅広のトレッドを持ち、対して排気量の大きくないエンジンを搭載していることもあり、めいっぱい切れるステアリングと、ギュッと絞られた後輪トレッドが転回サークルのピボットが可変するような動きを見せることもあってか、望外小回りが利くのも、乗ってみて驚かされるポイント。
キンキンに冷えたCXの車内で、このクルマそのものの仕組みもさることながら、コンディションが整っていてこそ感じることのできるこのクルマの良さをかみしめた我々でありました。小一時間ですが、秀逸なクルマに二人が乗るといろいろな話が飛び出します。
もちろん口の上手いSさん「中込さん似合うなあ…これ中込さんが買っちゃったら?」というようなまあよくあるクルマ好きの「おススメ合い」なども飛び出しましたが(かねがあったらマジでやぶさかではない!!とほほ。)、そればかりではなありませんでした。ジャガーとシトロエンの乗り味やキャラクターの近似性について。
しかし、ジャガーの場合は路面がフラットであるときに限る、とか、乗り味もさることながら、結果的にステアリングのキャラクターがジャガーのクイックさとハイドロシトロエンのシャープさに重ね合わせて感じられる部分があるなんていう話は、誰でも彼でも飛び出す話ではありません。エンスー媒体のSさんとの話はだから楽しいものです。またシートの妙など。カッコいいシート。BXよりも小ぶり?座面短い?でも腰かけると根が生えて、身をゆだねるほどに何とも言えない落ち着いた雰囲気がある…とか。この角度で座る人のさまざまな体形に対応しようとする巧みさにも感心しました。
フロントウィンドウの下の部分がものすごく低いこのフロント廻りの景色も特徴。つい、飛ばしたくなるのです。色気もへったくりもない、まあびっくりするくらい普通のエンジンなのに、走ることに貪欲にさせるクルマに仕上がっている。あまり「昔のモデルはよかった」と言ってもあまり生産的ではないものの、それでも最新のクルマが、当のシトロエンでさえ、どんなに背伸びをしてもまったくつまらない話でとどまっている点はどうしても否めない。私も賛同せざるを得ない点でした。
メディア論、自動車ジャーナリズムに関しての話に発展
そしてシトロエンの話から、メディア論、自動車ジャーナリズムに関しての話などに発展します。二人して反省したのは、私も最近常々悩んでいる「筆圧の弱さ」であります。徳大寺さんは普通にあんなことを書いた、こんな風に表現した。小林彰太郎さんは普通にサラッと、こんな風に描いた。それを書けないではないか。できる人がどれだけいるのか。過去の記事であの雑誌のこのコーナーにあんな特集がありましたよね、こんな記述がありましたよね、というとほぼSさんもわかる。そういう記事が書けているか?全然話にならない自分たちの力のなさを、ふわっふわっと寝静まった住宅街、CXが黄色くした世界が等間隔の街路灯がテンポよく自分たちの後ろへと過ぎ行く様をBGMに、憂いたりもしていたのでした。単に徳大寺さんの書いたもの、ライフスタイルを振り返るのではなく「ああいう世界感」をオマージュする。そういう特集も本当は必要なのではないか。そんな話をしたのです。
そんな中で感じた事。昔のクルマは「書かないではいられない」世界を持っていた。それがなかったというクルマに原因があるということ。これは否めなかった。今どきのエンスーブランドのクルマより、かつてのマークIIグランデでさえ、もっとグッとくるキャラクターはあった。そしてそのうえで、末席ながら私たち自動車メディアにかかわる者「クルマに対する愛情はあるか」そういう自問自答だったのです。
クルマの作り手の良心を汲み、クルマの美点を見出し、一人でも多くの人がそのクルマの前で足を止める。そして一人でも多くの人が、そのクルマに共感して、ドライブに出る。一見扇情的なコメントではあっても、ユーザーの共感の芽を摘む。自動車ライターや評論家はそんなことをしていいのだろうか?
自動車は最低でも工業製品なわけで…。悪意を持って生まれて来たクルマなど、日本で販売されているクルマにはないでしょう。であれば評価するしないはまあ個人の勝手ですが、そのクルマのここは紹介に値する。それをもっとくみ取れなければいけないよな。文体の良しあし、好き好きは置いておくとしても、昔のテキストにはそんなものがもっとあったような気がしました。
仲間というのは尊いものだ
Sさんが誘ってくれたから出かけたCXでのドライブ。行ってよかったと思います。そしてハイドロシトロエンの濃密な世界は、自動車ライターとしての表現を試すようなところがあると感じたのでした。そして、そういう人間の取り組みを正す。こんなクルマ他にはない。まだ木曜日の深夜だというのに、すべてを放棄して「このままうなぎでも食べに行きたいですね。」なんて話になりましたので、あぶないから引き返すことにしました。どこまでも走り続けたくなるCXはしかし名車。これだけはここでも動かしがたい感動の矢となって、わたしとSさんの心を射抜いたのでありました。クルマ好き、仲間っていいものですね。こういうご縁は大切にしていきたいものです。
CXに取って替えるに値するクルマかというと430は430でいいクルマ。エンジンが艶やかななのにクルマとしては案外まっとうな430と、エンジンはすごく味気ないのにクルマ全体は妙に艶やか。ある意味で対照的な二台。理想的な並び。そしてシトロエンがマセラティを傘下に収めたときにどうしてSMを作ろうと思ったか。この2台を乗り比べるととてもよくわかる。おそらくアンドレ・シトロエンの理想郷のようなクルマだったのではないだろうか。
[ライター・画像/中込健太郎]
※当記事は過去公開した記事の再編集版です
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