もくじ
ー 机上論では失敗作との評価
ー 135iクーペの立ち位置
ー 4座クーペならではの優位性
ー 強力無比なツインターボ
ー 中速域までで勝負あり
ー 考えるな、感じろ
ー 勝負の行方
机上論では失敗作との評価
ネット上の掲示板やクルマ好きのサイトを見る限り、このBMW 135iクーペを失敗作だと考えている人は少なくないらしい。そう主張するエンスージァストたちの言い分はこうだ。
「135iクーペはボトムラインの1シリーズがベースにしては、ドライブトレインがほぼ共通の335iに比べて格別安くはなく、当たり前だが狭く、そして重すぎる。さらに外も中も、どう見てもグッド・ルッキングとは言い難い」──なるほど。
確かにそうかもしれない。135iを実際に運転したことのないひとびとが数値だけを目で追っていったなら、そうした否定的な結論に至ってしまうのも無理はない。なにしろ135iは約600万円と相当な値段だし、室内がより広い335iに比べてわずか30kg程度しか車重が軽くないのだ。
残るスタイリングについては、本来なら個人的な見解を示すのは差し控えるところだ。しかし、そうも言っていられない。135iはクーペなので、見た目はかなり重要なファクターだからだ。そこで可能な限り客観的に評価するため、今回のテストに参加した5人がどう感じたかを数値化して記すことにする。
その数値、4対1。つまり1シリーズ・クーペのスタイリングが気に入った者はひとりだけだったわけだ。なお、BMWの名誉のために付け加えておくが、気に入ったそのひとりは単に「気に入った」という程度ではない。彼は135iを心底「大好き」になっていた。それは特筆しておこう。もっともほかの4人はまるで受け付けなかったのだが。
135iクーペの立ち位置
そんなわけで出足からつまずいてしまった様相の135iだが、もちろんこのままライバルの後ろ姿を呆然と見送るはずはない。優秀なドライバーズカーを送り出すことに関しては世界屈指のメーカーであるという評価をBMWが確固たるものにしているのには、それなりの理由があるのだ。
そしてその事実のほうが、ネット上の噂話よりはるかに信頼できる。BMWは特にこの種のクルマを造る際に決してヘマをしない。少なくともこれまではそうだった。よって過去の戦績に基づいた予想では、135iが大きくリードしているといえる。
根拠を示そう。135iを分析するとなれば、当然の比較対象として335iを引っ張り出すことになるだろうが、135iに標準装備されるMスポーツ・パッケージを、335iで選択すると車両価格は725万円になる。その瞬間、この小さいほうのBMWは独自の立ち位置を明確にする。
価格差は納得できるところまで広がり、コンパクトながら重要な機能をもれなく備え、より目的のはっきりしたモデルとして差別化されてことに気づくはずだ。
乗り比べれば、それはさらに鮮明になる。例えば135iの新型電制デフは、本格的な機械式リミテッドスリップデフとほとんど動作が変わらない。しかしそんな重要な性能も、紙のうえで見比べている限りまったくわからない。
135iは335iよりも小さく、わずかとはいえ軽量で、そのぶんだけ敏捷性に勝り、したがってほとんどのシチュエーションにおいて335iより速い。特に敏捷性の差は際立っており、そのため運転してみると135iは実際よりもかなり小さく感じられる。335iとはまるで印象が違うシャープさは、このクルマ以上に「M」のエンブレムがふさわしいBMWなど存在しないと思えるほどだ。この事実を知ってしまったら、誰もが新型M3の存在意義に疑いの念を抱くはずである。
そしてそれこそが、ここにポルシェ・ケイマンと日産フェアレディZを用意して真相を明らかにしようとしている疑問そのものなのだ。
もちろん実際にM3と直接対決すれば、135iにはほとんど勝ち目がない。約400万円の価格差は伊達ではない。しかし、価格帯が近くて優秀なハンドリングマシンでもあるケイマン(633万円)やZ(約510万円)のようなライバルと互角に渡り合えるのであれば、少なくとも135iは自らの正当性を証明できる。それに比べれば、さらに400万円を積み上げて、もう少しだけ速くて目的が明瞭なM3を選ぶべきかどうかについての議論など、議論のための議論でしかない。
4座クーペならではの優位性
スタイリングのことはさておき、135iの室内には乗り込むとある種の期待感がかき立てられる。現在のほかの多くのクルマに比べてコンパクトだが、必要なだけの広さは持ち合わせており、無駄が削ぎ落とされた空間は膨れ上がってしまう前の911によく似た雰囲気を醸し出している。
電動調整式ドライバーズ・シート(オプションで約18万円)の価格設定はほんの少し高すぎるが、インストルメントパネルはクリアでスクリーン越しの視認性は明瞭だ。視界を邪魔するような不必要な装飾はほとんど付いていない。Zはさらにタイトな感じが心地よく、ケイマンはドラポジに関して最高のクルマの1台だが、ともにキャビン自体は凝りすぎてごちゃごちゃしている。
シンプルさという見地からは残念なことだが、この135iにはGPSナビ(約37万円と高価だが、実に使えるオプション)から前述の電動調整式フロントシート(価格を考えればあまり魅力的ではない)まで、ありとあらゆるオプションが装備されている。その結果として、今回の試乗車はほぼ720万円という、ちょっとショッキングな価格になってしまっている。しかしこれだけのアイテムを満載していてもその操作系は機能的で、いたってシンプルかつ明快だ。この潔さにはZの室内ではおよびもつかず、ましてケイマンの乱雑さ加減ときたら比べるまでもない。
パッケージングに関しては、もはや135iの独壇場である。ケイマンやZとは違って4人乗りであるばかりか、そのリアシートは身長180cmの人間が同じく身長180cmのドライバーの後ろに座れるだけの実用性を備えている。そして、トランクの容量も申し分ない。ほかの2台では得られないユーティリティが、135iにはある。
強力無比なツインターボ
もっともそれらの美点も、ケイマンやZに路上でひと泡吹かせられるだけの走りを135iが示せないのであればなんの意味もない。もしも走りで後れを取るようならさっさと荷物をまとめてお帰りいただくしかなく、ネット上のいたるところから嘲笑の嵐が巻き起こることになるだろう。
しかしご安心あれ。このクルマは完璧に、ライバルたちと互角の渡り合いを見せた。路上でいちばん印象深い走りを見せたクルマは多くの場面で確かに135iであり、最高に能力あるオールラウンダーなのは間違いない。これほどまでに多くのことをこれほどまでに高い完成度でこなす135iには、もはや不可能の文字はないのではないかという気さえしてくる。135iからZへ、そしてさらにケイマンへと乗り換えていくと、BMWは万能マシンを追求していくうちに無敵のスポーツカーを作り上げてしまったように思えてくる。
流れが速く静かな道路をひとりで運転してみれば、135iの走りに角の立ったところがまったくないと気づくのに、それほど時間はかからないだろう。Mスポーツのサスペンションを備えているにしては驚くほど乗り心地がよく、ステアリングは剛性感があって正確でありながら過度に神経質でもない。路面のコンディションを問わず、ボディの振る舞いはよく躾けられている。ブレーキも、人によっては初期の利きが少し強すぎるように感じるかもしれないが、実に頼もしい。
エンジンも非常に力強い。シフトダウンせずとも135iの加速は十分にハードで、スロットルペダルを踏み込むだけで自然と自分の心拍数が上がっていくのがわかる。その加速たるや、ケイマンは言うまでもなく、マイナーチェンジで戦闘力を格段に高めたZでさえ、いともたやすく一蹴してしまう。
ストレートでの速さはまさに別格で、流れのスムーズな一級国道なら6速ギアに固定したままで十分にほかの2台を抜き去ることができるのだ。ケイマンの自然吸気フラット6やZの3.5ℓV6に比べ、135iのツインターボ・ストレート6の中速域での推進力がいかに優れているかが、それでおわかりいただけるだろう。
中速域までで勝負あり
極めつけは、その怒濤の加速がどこまでも続くことだ。6速で2000rpmも回っていれば十分、3速6000rpmならさらにいい。2500rpmから4000rpmにかけての途方もないトルクの立ち上がりもすごいが、135iが地平線めがけて突進していく際の最後の1500rpmといったら、ほかに比較する対象が思い浮かばないほどである。まるで終わりを知らぬかのようにどこまでも速度が伸びていく。
BMWは、このクルマはわずかながらE36型M3より速いと言っている。彼らがそんなオールドタイマーを比較対象に持ち出した真意は測りかねるが、確かにそれは間違いなさそうだ。
いずれにせよ、245psバージョンの素のケイマンでは、純然たるパフォーマンスでは135iにまったくかなわなかったわけだが、これはトルクや出力の差だけではなく、5段しかないトランスミッションのギアレシオにも原因がある。フラット6が持つ中速域でのトルクの谷間を、うまくカバーしてやることができないのだ。
さらに排気量の大きいZですら135iに敗れてしまったが、この勝負もトップエンドまでもつれることなく中速域で決着してしまう。ここでもBMWのツインターボが、より大排気量で許容回転数も高いが自然吸気である日産の3.5ℓを圧倒しているのだ。ほかの2台に比べたらストロークが長くて重い、まるで10年落ちの商用車のようなフィールのギアシフトも、Zの足を引っ張った。
考えるな、感じろ
それでは135iに死角はないのだろうか。
確かにこのクルマはほかの2台のどちらよりも速くて洗練されている。広くて安くて乗降性もよく、長旅でも快適だ。そして常にレッドゾーンぎりぎりまで回しているのでもない限り、経済性もおそらく優っているだろう。
しかし135iのレパートリーには、特に注目を浴びる分野というものがない。これがほかの2台、特にポルシェであれば、出るや否やスポットライトを浴びることができる舞台がはっきりしている。そう、古くからあるが漠然としていて定義のむずかしい『フィール』と呼ばれているあの舞台である。
135iにもそれが多少は備わっているが、十分とは言えない。対してZは多すぎると言っていいくらい豊富だ。そしてケイマンにいたっては、なんというかちょっと次元が違う。どこか別のところに行ってしまっている。一段上のほうで操縦しているというか、BMWに乗っていたら一生体験することがないような感覚のなかで運転できるのだ。
ステアリングだけを考えるなら、それだけでなにも考えずにディーラーに突撃する気になってしまうほどケイマンは素晴らしい。あまりにもコミュニケーションが詳細で、あまりにも入力に対する反応が純粋なので、135iのステアリングフィールがダルで、なくても予想で補える程度のものに思えてしまう。また、Zも、単体で考えるならかなり魅力的なステアリングなのだが、ケイマンと比べると鈍くてデッドに感じられてしまう。
ケイマンはシャシーもまた極上である。速いコーナーの半ばから加速していくときの、見事に均衡の取れた姿勢。ターンインのスピードと正確さ。脱出時のトラクション。公道上のどこでも変わらないがっちりしたグリップ。それらのフィールは筆舌に尽くし難い。加えて連続したコーナーを舞うようにスムーズに走り抜ける優雅さや、路面と完璧に呼吸を合わせて尻の下でなにが起こっているのかを的確に教えてくれる伝達能力、ステアリングのリムからだけでなくシートやペダルからも伝わってくる情報さえ、独特で充実している。
勝負の行方
走りを楽しめるような道路にケイマンを持ち込んだなら、たとえ運転技術がそれほど高くないドライバーでも、どれほどバランスがよくコミュニケーションが豊富なクルマなのかをすぐに悟るに違いない。空いていて車速の高い道路でこのクルマを上手に操ることができれば、純粋な喜びに満ちた別世界に自分がいるのがわかり、崇高な思いに満たされるだろう。
同時に135iには、そしてそれほどではないにしてもZにも、なにかが欠落していると気づくはずだ。より高速でより高価なケイマンSに比べてパワーとギアレシオで劣るとはいえ、ケイマンが素晴らしいクルマであることに変わりはない。買うべきはこのクルマである。
もちろん、劇的な体験とともに乗り手を別の場所へ連れていってくれる能力においてケイマンがいかに卓越していようとも、金銭感覚が正常であればBMWこそ勝者たるべきだと反論して当然だ。そして、4人乗りでまともに使えるトランクを備えていることがカーライフの必要条件であれば、言うまでもなく行くべきディーラーはBMW以外にありえないだろう。
しかしここでの最高のクルマは、やはり疑問の余地なくケイマンである。BMWは卓越したオールラウンダーだし、インターネット上にあふれている批評よりもはるかに優れたクルマであることは間違いない。けれど、たとえZには圧勝できたとしても、総合的にはケイマンに勝てるクルマではない。繰り返すが、この勝負はポルシェの勝ちである。BMWが優位性を訴えることができたのは、後部座席が必要な人たちに対してだけだった、というのがわれわれの結論だ。
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