これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。
当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は、優れたデザインで話題をさらった、ビークロスについて紹介していこう。
こんなクルマよく売ったな!! 【愛すべき日本の珍車と珍技術】独創的なデザインのビークロスはなぜ売れなかったのか?
文/フォッケウルフ、写真/いすゞ
■1代かぎりでも強烈な存在感を示したSUV
次代を担うクルマが存在しないからこそ、過去が輝かしく思うのかもしれないが、何年経っても色褪せない魅力を持った名車は確実に存在する。それらは、車両のコンセプトや走行性能、そしてデザインといったクルマの個性を決定づける領域について、他車とは明らかに異なる特徴を持っていることが多い。「いすゞ ビークロス」もそういった類のクルマと言っていい。
いすゞといえば、今でこそバスやトラックなど、物流を支える“働くクルマ”の専門メーカーとして世界にその名を轟かしているが、かつてはトヨタ、日産(プリンス自動車)と並び、「3大乗用車メーカー」と呼ばれていたことがある。
1990年代初頭までは乗用車を自社開発しており、古くはベレットや117クーペ、1980年代ではジェミニやピアッツアといった日本の自動車史に名を残すクルマを世に送り出していた。現在は海外向けにSUVやピックアップトラックを販売しているものの、日本国内では2002年の乗用車事業撤退以降、開発・生産販売はストップしたままだ。
そんないすゞが、1997年4月にリリースしたのが「ビークロス」である。当時のいすゞは、1993年にSUVとワンボックス車を除く乗用車の自社開発から撤退していたが、同年に開催された「第30回 東京モーターショー」に、ジェミニ4WDのプラットフォームを流用して作られたコンセプトカーを参考出品する。
東京モーターショーに出展されたヴィークロスは、当時のクロカン4WDの主流だった無骨でタフなイメージは一切ない
これがビークロスの前身である「ヴィークロス」だ。SUVながら2ドアクーペのような斬新なスタイルは、今風に言えばクロスオーバーそのもので、後に、“いすゞ製乗用車最後の輝き”などと揶揄されることもあるが、これほどのクルマを生み出したことで、いすゞが乗用車開発から撤退することを惜しむ声があったのも事実だ。
モーターショーから4年後、ヴィークロスは「ビークロス」と車名を変え、市販化される。ちなみにその車名は、Vehicle(乗り物)とVision(未来像)とCross(交差)を合わせた造語で、オンロードとオフロード、日常と非日常のクロスオーバーを表現している。
まだクロスオーバーという言葉がなかった時代に「悪路も走破可能な全天候型スポーツカー」を謳っていたことは驚きだが、なにより当時のいすゞのデザイナーだった中村史郎氏がまとめた有機的かつ前衛的なスタイルは人目を引くもので、無骨なクロカン4WDが全盛だったSUVクラスなかではまさに「キワモノ」と称していいほど独特の個性に溢れていた。
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