ビジネスの成功者がステアリングを握った
コーヒーとタバコの香りが風に漂う。ロンドンの西、ナフィールドにあるメーカーズ・カフェは、今後の経営に悩んでいるという。とても雰囲気の良い場所だから、ぜひとも存続して欲しい。
【画像】管理職サルーン ゾディアック/A110/クレスタ エルフとホーネット 同時期の北米車も 全127枚
その駐車スペースに並んだ3台は、ビジネスの成功者がステアリングホイールを握ったサルーンだ。フォード・ゾディアック MkIII、オースチンA110 ウェストミンスター、ヴォグゾール・クレスタ PBをかつて所有できたのは、一定の地位にある人に限られた。
いずれも、近年は目にする機会が激減している。クレスタ PBの発表は、1962年のロンドン・モーターショー。先代のクレスタ PAがまとっていたテールフィンと曲面ガラスは時代遅れになり、「クリーンでシンプル、抑制された」姿へ衣替えを果たしていた。
エンジンは、それまでと同じ2.6L直列6気筒OHVだったが、フロントにはディスクブレーキを採用。英国価格は918ポンドからで、充実した装備が少し高めの値段を正当化した。
フォグランプやバックランプ、ヒーターだけでなく、内装はレザーで仕立てられ、天井側には時計も備わった。シガーソケットとフロントガラスのウォッシャーも標準。ルーフが塗り分けられるツートーン塗装も、お約束といえた。
南フランスを感じさせるような優雅さ
謙虚とはいえない見た目を、当時のヴォグゾールは「ほぼ完璧」だと主張した。英国の人気TVドラマへ登場させることで、認知度の向上にも務めた。
数本の映画へも登場している。1964年の「絶叫する地球 ロボット大襲撃」では、俳優のレスリー・ニールセン氏が運転し、ちょっとした活躍を見せている。
当時の自動車雑誌、モーター誌は、ヴォグゾールのフラッグシップとして価格価値の高さへ注目。AUTOCARでも、端正で気取らないスタイリングを称えている。
実はコスト削減を理由に、1961年に発売されたヴォグゾール・ヴィクター FBとドアパネルを共有していた。確かに両車には通じる雰囲気も漂うが、シャープで折り目の強いボディラインとワイドな車幅が、見る人へ強い印象を与えた。
クレスタ PBには、南フランスを感じさせるような優雅さがある。地方の経営者がヴォグゾールのディーラーでインテリアを目にしたら、感動したに違いない。大型サルーンだとしても、ご近所からは怪しい手段で大金を得た成金には見られなかったはず。
1964年にエンジンは3.3Lへ拡大。1965年にはコークボトル・ラインと呼ばれる滑らかなデザインのクレスタ PCが発表され、PBの役目は終わった。
今回ご登場願ったクリーム色のクレスタ PBは、ジョン・コングラム氏がオーナー。別のモデルの部品をイーベイで検索中に、偶然1963年式を発見したという。
6気筒の2.6Lエンジンはガソリン食い
「売られていたのは、グレートブリテン島の西、サウス・ウェールズ州でした。1952年式のキャンピングトレーラー、バークレーを引っ張るのにピッタリだと思ったんです」。とジョンが笑みを浮かべる。
「車内が広くて快適です。直列6気筒は力強く、とても安楽に運転できます。3速コラムATも気に入っています。フロアシフトより、わたしは断然好きですね」。と彼の息子、ジャック・コングラム氏が話を続ける。
当時はオプションとして、高速巡航用のオーバードライブを指定できたが、必ずしもないと困るわけではなかった。「1人で乗っている限り、ギアに関わらず不満なく加速します。カーブでシフトダウンし忘れても、構わず走ってくれますよ」
ただし、燃費は好ましくない。「6気筒の2.6Lエンジンは、かなりガソリン食いです。燃料タンクには40Lしか入らないので、頻繁に給油が必要なんです」。ジョンが顔を曇らせる。
「部品も入手が難しくなっていますね。クレスタのオーナーズクラブが、メカニズムで重要な部品を再生産してくれているので助かっています」
座面の高さを調整できるフロントのベンチシートや、ダッシュボード下に用意された外気の送風口など、細かな設計もジョンは評価している。横に長いスピードメーターは、マーカーが緑から赤へ、速度が上昇するにつれて色が変化する。楽しいギミックだ。
ピエトロ・フルアの大胆なスタイリング
同じ頃、英国フォードは少し派手なアメリカン・スタイルのサルーンを売っていた。ゼファー MkIIIシリーズの発表は1962年4月。そのフラグシップとして、ゾディアック MkIIIが投入されている。
当時のキャッチコピーには「完璧なエレガンスとフレッシュさ」「自動車のマイルストーン」といった自信溢れる言葉が並ぶ。「これまで最高級モデルのオーナーが味わっていた、贅沢な自動車旅行を叶える品質」とさえうたっていた。
ゾディアック MkIIIの魅力といえるのが、大胆なスタイリングだろう。ペンを取ったのは、イタリアのカーデザイナー、ピエトロ・フルア氏。さらにカナダ人デザイナーのロイ・ブラウン氏が、コンセプトを量産モデルへ昇華させている。
4灯ヘッドライトが、同社の低価格モデルとは一線を画すフロントマスクを演出。ボンネット内の直列6気筒2.6Lエンジンもゼファー MkIIIよりパワーアップされ、上級のフォードを志向するオーナーを満たした。
英国フォードは6シーターで設計しているが、リアシート側の空間はさほど広くない。荷室容量は大きいが。
ゾディアック MkIIIの装備は、ライバルに劣らず充実。2速ワイパーやシガーソケット、折りたたみ式のアームレスト、時計などが1070ポンドの車両価格に含まれていた。
ただし、A110 ウェストミンスターやクレスタ PBとは異なり、ダッシュボードの装飾パネルはフェイクウッド。シートやドアパネルは、ビニールレザーが標準だった。新しい自動車の時代には人工皮革が適している、と考えたオーナーもいたかもしれない。
この続きは後編にて。
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