クルマと自分との関係性は人それぞれ千差万別だ。同じく運転免許証を持ちたいと思う理由もそれぞれに違う。運転免許証が取れる年齢になるのをいまかいまかと待ち構えて免許を取りにゆく人もいれば、必要にせまられて取りにゆく人もいる。クルマがなければ生活上の移動に困る人もいれば、人の能力を何倍にもしてくれる機械の能力を純粋に愉しみたいという人もいる。
僕の場合はと思い返してみると、当時の僕にとってはクルマは自由の象徴だと思っていたんじゃないかな、と思う。それは、自分で買ったかどうかは別にして、クルマを持つこと自体が大人への入口のように感じていたからだと思う。だから兄のセコハンを時々頭を下げて頼み込んで乗るのではなくて、自分だけのクルマが欲しくてたまらなかった(一度、ちょっとぶつけてしまったことがあって、そのときはめちゃくちゃ怒られました……)。
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10代の頃はとかく背伸びをするもので、早く大人になりたいとばかり思っていたから高校時代に免許証を取ってバイクに乗り始めた友人が羨ましかった。だからクルマも自分専用でなければ嫌だったし、ひとりきりで乗り回したいと思っていた。そして僕にはなによりその速さが最大の魅力であり、自分が操ることにも魅力を感じていたように思う。
スピードに魅せられたのは小学生時代。対象は自転車ではあるが、そこから始まっている。自転車で風を切って走る気持ち良さ、髪の毛がビュウビュウと後になびいて、頬を引っぱる風のなんともいえない圧力感がとても気持ち良かった。自分の足で走るよりも何倍も速い! ヒラリヒラリと蛇行しながら走るのも好きだったし、車体をリーンさせて思い切り角を曲がったりするのもとても気持ちよかった。だからクルマでもどちらかといえば飛ばして乗るのが好きだった。ただし技量がともなわないのでたいしたスピードではなかったのだが、高速道路をそれなりに飛ばしたり、峠道をタイヤを鳴らして駆け上がるのも好きだった。
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ほとんどそのまま大人になった僕はその後自動車会社でデザイナーとして働くようになるのだが、そこでようやく偏っていた興味の範疇が次第に広がってゆくことになった。
『クルマはスポーティ』『クルマは2ドアクーペ。4ドアはクルマに非ず』『クルマは速く走らにゃ意味がない!』と僕の趣味は極端に偏っていたうえに、完全に日本国内ドメスティックな世界観しかなかった。
そんな僕が、運よく海外出張に出させてもらって、さまざまなクルマに出会うことで、ようやく“クルマ”というものを“しっかり見る”ようになれた。世界にはいろんなクルマがあるものだ!
見るだけでなく運転もしてさらに驚く。ポジションが違う。ステアリングが違う。ペダルが違う。変な言い方ですけど『ちゃんとしたクルマに乗った』感じがしたし、クルマが『走るため』にできていると感じたのである。それは2リッターを超えるような大きな車や性能の高い車だけでなく、日常使いのためのコンパクトなサイズのクルマから『走れる』クルマに作られていた。生まれの素性が違う。さすがのヨーロッパだと思った。
『スポーティ』の意味を知る
そして、それはクルマの造形も同様だった。洋服に例えるならば『仕立て』が違うというところだろうか。そもそも裁断が違い、針の通しかたも違う。ゆるいわけではないが着心地が良くフィットしている感じというところなのだが、言葉で伝えにくい。しかもそのうえ見かけも良い。フォーマルなセダンでも、実用車であっても『スポーティ』なのだ。クルマは車輪で走っているわけだが、その車輪が転がって動くサマがじつにカッコよくできあがっているのだ。自然とそうなっているし、クルマとはそう見えなくてはならないんだ! という当たり前の感性を生まれ持っているんだろうなあ。
『スポーティ』という言葉の意味をこのとき初めて知ったように思う。残念ながら当時の日本車にはそんなクルマはいなかった(残念ながら、つい最近でもそう感じることは多々あるのですが)。
デザインという言葉はいろいろな意味を持つので説明が難しいのだが、姿カタチを司るスタイリストとしての表現能力部分においては力量に大きな差があると感じた。海外で行なわれる国際モーターショーで一堂に会されるとその差は歴然としてしまう。
そのようななかで僕のなかの『スポーツカー』のイメージも幅が広がった。
究極の性能を見せつけるゴリゴリと強いスポーツカーはその最高峰で、速いクルマはカッコイイのだけれど、それらのスペックの競い合いは僕にとってはどこか虚しさを感じる部分がいつもつきまとう。そしてその性能を制御できるテクニックを身につけたものでなければ持てる性能を最大限に引き出して運転ができないというのも僕に取っては魅力的ではなかった。
当然のごとく、その手のクルマのカタチは外観のスタイリングや内装スタイリングも徹底して他を圧倒するように見せられていることが多い。もちろんそれはそれで良いし、確かにその存在は素晴らしく、またそれらのスタイリングも見事にカッコ良いのだが、僕はそういうクルマを見ているとだんだん疲れてくるのである。僕の好きなスポーツカーとはちょっと違う。
僕の思う気持ちのいいスポーツカー
僕は一時期アルファロメオ スパイダー ヴェローチェを所有していたのだが、このクルマが僕にとってとても気持ち良いスポーツカーである。最終型Sr.4だったので初代から27年間も続いたこのクルマのもっとも最近のシリーズで、1961ccのDOHC120hpのエンジンを積んでいたが、それは僕にとって大事な部分ではなかった。
もちろんガレージにしまっておくのではなく、日常で乗りたかったので1990年製の最終型を選んだのだが、一番の魅力はそのスタイリングが醸し出す空気感(あるいは創り出す世界観)なのである。
初代のボートテールの“デュエット”モデルも良いのだが、僕は最終型で加えられたとくにテール周りのデザイン変更が気に入っている。ピニンファリーナデザインのスタイリングは威張らず虚勢を張るわけでもなく、しかしじつはとても豊かで、それでいて静かにスムーズに前から後に流れるエレガントさを持っている。27年間も基本的なスタイリングが変わらずにあったなんて凄いことだし、それで構わないと判断していた会社上層部の懐の広さが凄い。あり余るパワーとウェッジシェイプのボディで空気を押しわけてゆくスポーツカーもありだが、このスパイダーのように流れのなかに身を任せるようなスポーツカーも悪くない。いやどちらかといえば一切パワーについては触れない表現で、風と一体になって流れるように進むこの姿こそオープンスポーツの醍醐味であるように思っている。湖に浮かべてもそのまま走っていきそうな自然との親和性を持ったスタイリングはとても魅力的だ。
また、僕のスパイダーはボディカラーがシルバーだったのだが、この色は、このスタイリングを未来的にも見せてくれたし、品格も感じさせてくれ、僕は赤いボディよりもかえって感情豊かであるように感じていたし、このボディデザインをもっとも引き立ててくれるのではないかと思っていた。実際に色つきの車体と並べて眺めていると、ピニンファリーナのボディデザインの豊かさを一番感じることができるのは、このスパイダーに限ってはシルバーだと思っている。
僕のクルマは、ホイールもドアミラーもこだわったのです。僕はスパイダーに乗るときには必ずオープンにしていた。もともと幌は雨が降ってきた時の緊急時のものだから、オープンは幌を開けて乗るのが本来の姿でもっとも美しい。海岸線を走るのも良し、気持ちの良い緑の中を走るも良し、そして一番は夜の都心に、このシルバーボディはとてもよく映えた。
これが僕とスパイダーが作る関係性で、そしてそれは僕なりのスポーツカーの定義でもあり、僕はそれを楽しんでいた。クルマはいま、ガソリンから電気へと大きな変革期を迎えていて、デザインも時流に乗るように変化を急いでいる。でも典型的なEVデザインで、隙がなく、体温を感じないデザインばかりが多くなかろうか。ちょっと緩くて、そして心が気持ち良くなるこんなスポーティな関係もなくさないでほしいなと思っている。
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みんなのコメント
ものすごく羨ましい話だったが、自分もこれを運転する機会に恵まれた。
当時はATとマニュアルがあったのだが、幸いにもこいつはマニュアルで、昔からのアルファの基本がこの車にはあった。
ボディ剛性はひどく、ダッシュは平行移動、段差を越えれば車は上下だけではなく左右にもユッサユッサと揺れ、エンジンもインジェクションゆえにドローンとしたのんびりしたものだったが、それはそれで楽しかった。
問題はブレーキで、かなり早めに踏まないと止まらないと言うか、隣に座る従兄弟の顔がその都度引きつったのを覚えている。六甲山に走りに行って、(これは自分の運転では無い)大した速度でも無いのに、ちょっとウエットな路面で急にケツが滑って恐ろしい思いをしたこともあった。でもあの車は本当に味があったなあ。今でも所有しているみたいだけど。
馬鹿みたいに金かけて
後先考えずに設計して
あとは知ったこっちゃない…。
そんなクルマはランボルギーニしかない。
他のクルマは妥協のカタマリみたいなもん。
つまんない男と同じ。