新型クラウン・スポーツは、これまでのクラウンとは一線を画すデザインが特徴だ。ゆえに、「クラウンらしくない」といった声も多い。はたして、“クラウンらしさ”とはいかに? 今尾直樹が考えた。
明治維新ならぬ、クラウン維新
この秋発売予定の新型トヨタ・クラウン・スポーツが巷の評価を二分しているらしい。これまでのクラウンにはなかったSUVの5ドア・ハッチバックということで、これぞ新時代のクラウンだ、と歓迎するむきもあれば、こんなのクラウンぢゃない! と、拒否反応を示す方もいらっしゃるというのだ。
筆者はどちらかというと、こんなのクラウンぢゃない派ですけれど、このような保守派の反発も、新型クラウン開発陣にとっては折り込み済み、むしろ狙い通りなのではあるまいか。
だって、昨年のクラウンの発表会で、豊田章男さんは15代にわたるクラウンの歴史と伝統を振り返って、こんな内容のことを語っている。徳川幕府も15代将軍・慶喜で幕を閉じた。クラウンも15代でひと区切りし、16代目となる新型で新時代を迎える、と。明治維新ならぬ、クラウン維新。SUVスポーツのルーフを叩いてみれば、文明開化の音がする。てなもんである。
だけどねぇ、ホントにいいのでしょうか。クラウン・スポーツはこれでクラウンと呼べるのか? 分断の時代ゆえ、肯定派と否定派が理解し合うこともむずかしそうな今日この頃ではあるものの、では、どういうかたちであれば、クラウンらしい、とオールドボーイの守旧派は納得するのか? ここでは守旧派を代表して、と、申し上げるのもおこがましいけれど、筆者の考えを述べてみたい。
やっぱり、クラウンはニッポン独自の高級車であってほしいのである。1955年の発売以来、15代まで、60年以上もそうだったのだから。よくも悪くも、ニッポンならではの美意識を感じさせてほしい。
外観は基本的に直線基調の3ボックスの4ドアセダン、もしくは4ドアハードトップで、神社仏閣を思わせるリッパなグリルがフロントにデンとついていて、フロントに3.0リッター程度の6気筒エンジンを搭載し、後輪を駆動する。
ボディ色は個人用なら白、法人用なら黒。警察用なら白かシルバー、覆面も白黒ツートーンだと、それとわかってありがたい。明るいブルーとかピンクなんてのはクラウンぢゃありません。外装白ならシートはエンジ色のベルベット風の生地で、クッションはもちろんふかふか。乗り心地もふかふかで、静粛性は世界一。パワートレインはあくまでスムーズで、助手席に座っていたら、すやすや眠りたくなる。そういうのがクラウンである。
つまるところ、2003年に登場した、いわゆるゼロ・クラウン以前のクラウン、百歩譲って、それ以後でもアスリート系ではなくて、ロイヤル系が、私のクラウン像なのだ。
ニッポンがすっかり変わってしまった少なくとも2000年以前は、多くのひとがそう考えていたと思う。たとえば、1991年に出版された『初代クラウン開発物語』(グランプリ出版)の序で、著者の桂木洋二はこう記している。以下少々長くなるけれど、抜き書きさせていただきます。
「初代クラウンが発表されたのは、今から36年前のことだ。この初代から、日本の代表的乗用車としてクラウンはその伝統を守り続け、その主要コンセプトは不変である。(中略)クラウンに乗ることは、社会的に成功した者とみなされるといっていい。トヨタでもそれを意識して開発を続けており、クラウンは日本人の豪華さ、ぜいたくさを示すバロメーターとしての存在でもある。したがって、クラウンこそが、日本の乗用車の典型として、日本人のクルマ観とは何かに対する反映であり、回答のひとつである。しかも、このクルマのつくり方がトヨタ自動車の企業としてのあり方を示すエッセンスを含んでいるはずである」
あるいは、『2000年版間違いだらけのクルマ選び』(草思社)で、徳大寺有恒は当時のクラウンをこう評している。同書は前年12月の発行で、対象としているのは1999年にデビューした11代目、ゼロに戻る前の、最後のクラウンである。
「新しいクラウンは、リファインされた先代のうえに、さらにリファインを重ねたクルマである。室内もあらゆる部分の作りが驚くほどていねいになされている。しかし、なるほどあらゆるものが少しずつよくなってはいるが、新しいクラウンは画期的に変わったということはない。ま、それはクラウンとしては当然であろう。新しいクラウンを買うユーザーの大半は、クラウンからの乗り換え組だ。その人のところへ新しいクラウンを持っていって、『ああ、よくなったね』といわれるような小改良が大事なのだ。旧モデルと抜本的に変わってしまうと、『なんか前のほうがよかったな』といわれてしまう。そうなったらクラウンは元も子もないのである。クラウンはトヨタが考える“高級”の塊である。私は日本人が考える“高級”を知りたかったらクラウンに乗ってみることをお勧めする。」
徳大寺さんはさらにこう続けている。
「しかし、私はその“高級”は好きじゃない。したがって、クラウンには乗らない。私が考える日本的高級とは、伝統的な古典芸能とか、茶室、庭園などに表現されているものだ。きっと、クラウンの開発陣もそれを考えているとは思うが、それをクラウンで表現しようとしても、しょせんヴァーチャルの世界にしかなるまい。年間十数万台も作られる複製品が表現する“高級”と、人間が、その手でもってコツコツと手間と時間をかけて作る、この世にたったひとつしかない高級とは、しょせん次元が違うのである。」
このように、クラウンとはゴリゴリの保守であり、変わらないことが求められる、ニッポンの高級車だった。繰り返しになるけれど、その結果、トヨタをもってしても15代にして行き詰まり、今回の御一新とあいなった。
その背景に、ニッポンがすっかり変わってしまったこともある。2001年には小泉純一郎が内閣総理大臣となり、いわゆる小泉改革がはじまった。新自由主義が広まったこともあり、小泉首相がみずからの年金加入歴に関して語ったように、「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」、ニッポンの年功序列、終身雇用を柱とするサラリーマン社会は崩壊した。「いつかはクラウン」の夢も同時に消えた。それでも、そこからおよそ20年、クラウンはクラウンのままであろうとしたのだからアッパレだった。痛みに耐えて、よくがんばった。
16代目クラウンでは、クラウンというひとつ屋根の下に、クロスオーバー、スポーツ、エステート、そしてセダンと、4つのモデルをマルチ展開し、世界にマーケットを求めた。ダイバーシティがとなえられる時代でもある。トヨタの最上級としてのクラウンのサブブランド化、あるいは多品種・少量生産への新たな取り組み、ととらえることもできる。これぞ、内燃機関もハイブリッドもEVもPHEVもFCEVも全力で取り組むという、トヨタの全方位戦略のクラウン版というべきか。
おそらく、クラウン・スポーツを否定するひとたちにも理屈ではわかっているのである。だけど、心情的にはわかりたくない。でもって、新しいクラウン・スポーツを否定するほどに、ほぼ同時期に登場する新型クラウン・セダンに期待せずにはいられない。どっちも否定すると、自分の居場所がなくなっちゃうような気がするから、である。
ま、新型クラウンの関係者のみなさんはたいへんでしょうけれど、広い心で許してほしい。
悪口も庶民の、というか、人間の娯楽のひとつなのです。
文・今尾直樹 編集・稲垣邦康(GQ)
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メーカーも売れなければ販売止めるだけ
それが市場原理というもの
記者がどうこういう問題でもない