ミドシップ・レイアウトを採用したシボレー「コルベット」にあらためて今尾直樹が試乗した。“アメ車”ならではの魅力とは?
モータースポーツでのさらなる戦闘力アップ
スーパーカーは空間をゆがめる力を持っている。ここでは仮にそう定義してみよう。あるいは、空間をゆがめる力を持っているクルマをスーパーカーと呼ぶ、と。
2019年発表の、8代目にしてエンジンの搭載位置をフロントからミドに移動したシボレー・コルベットはまさにそれだ。ブルーのC8コルベットが神宮外苑(東京都)のイチョウ並木にあわれたとき、別の世界からやってきた乗り物であるかのように私には思えた。
C8コルベットの運転席に乗り込む。ドアはフツウに開く。カモメやハサミのように開いたりはしない。ただ、樹脂製のドアは奇妙なほど軽い。フロントにエンジンがない。ということで、コルベット初の右ハンドルが実現している。初物にしてはドライビング・ポジションに違和感がない。ステアリングホイールはスクウェア気味になっていて、パッド中央のコルベット・レーシングのVの字型の紋章がドライバーにモータースポーツでの輝かしい数多の勝利を訴えている。
コクピットはセンターコンソールが大きく張り出していて意外と狭い。スポーティなシートは身体にピッタリ、フィットする感じがする。年産4万台のうち、95%はアメリカ国内向けというのに、こんなにタイトで不満は出ないのか? と、余計な心配をしてしまう。サラブレッドスポーツカーのコルベットのオーナー層にはこれでよいのだろう。
ボディの3サイズは全長4630×全幅1940×全高1225mmで、ホイールベースは2725mm。V8エンジンを縦置きするフェラーリ「F8トリブート」と較べると、20mmほど長くて、40mmほどスレンダーで、20mmほど背が高いだけだ。つまり、さほど変わらない。F8トリブートのホイールベースは「458イタリア」から普遍の2650mmで、C8は75mmも長いのは居住空間の確保とスタビリティ重視だろう。
前述したようにセンターコンソールの張り出しのせいでタイトに感じるものの、足元は広い。日常での実用性の重視はC8の特徴のひとつで、トランクルームが前後に設けられている。最低地上高もスーパーカーとしては高めだ。その意味ではホンダの初代「NSX」と通じるものがある。
もっとも、C8コルベットがミドシップに転向したのは、モータースポーツでのさらなる戦闘力アップが主な理由とされているから、その点は大いに異なる。初代NSXの狙いはF1に近いロードカーであって、レース参戦は主な目的ではなかった。
これが最後の自然吸気のアメリカンV8かGMの長年の努力の賜物で、内外の品質感は高い。眼前には近未来的なスクリーンがふたつ並んでいる。ステアリングホイールのポストの左側にある丸いスターターを押すと、背後のV8がヴォンッ! と、爆裂音を轟かせて目を覚ます。センターコンソールにある8速DCTのシフトをDに入れて走り出すや、その乗り心地のすばらしいことに一驚する。
タイヤは前245/35R19、後ろ 305/30R20の、まさにスーパーカーサイズ。前後異形の大径、超扁平ながら、ミドシップは低重心で前後重量バランスに優れているから、バネをさほど硬くする必要がない。ということもあるのだろう。スポーツカーっぽく、よく引き締まっている感はあるものの前後ダブルウィッシュボーンにマグネティック・セレクティブ・ライド・コントロールという可変ダンピングシステムを備えた足まわりはストローク感でもって、乗員を心地よくもてなしてくれる。
エンジンは先代同様、6156ccのV8OHVを継承しているわけだけれど、筆者の記憶のなかの先代C7のエンジンよりもよくまわる。先代DC7のLT1ユニットは最高出力460ps/6000rpm、最大トル4600rpm。ドライサンプ化された新しいLT2は502ps/6450rpmと637Nm/5150rpmを発する。数字的にも高回転化が図られた。C7の場合、分厚い中低速トルクが印象的で、ギアがどこに入っていても関係ないみたいだった。C8は違う。新採用のデュアルクラッチ式8ATが歯切れよく変速すると、その度に自然吸気のV8OHVがヴォオオオオッという野性の雄叫びをあげて、のびのある加速を披露する。エンジンの性格の変更もあって、ギヤ比も当然、そのように見直されている。
これが最後の自然吸気のアメリカンV8になる。そういうセンチメントもあって、回転フィールにターボエンジンとは異なる、木目の細やかさ、濃密なつぶつぶを感じる。
ツーリングモードからスポーツに切り替えると、乗り心地が明瞭に硬くなり、上下動が小さくなって、ステアリングもシュアになる。さらにトラックモードを試してみると、ダンピングがさらに引き締まり、ギアが低くなってエンジン音が大きくなる。4000rpm以上まわすと、V8がグオオオオオッという野獣の雄叫びをあげる。スゴイ。ドライバーは、って私のことですけれど、思わず笑みを浮かべる。ブレーキのレスポンスも明瞭によくなる。
アメリカの威信をかけた、サラブレッドスーパースポーツ。もっと、たっぷり乗りたかった……。というのが私の気持ちです。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.) 編集・稲垣邦康(GQ)
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