すべては後席のVIPのおもてなしのために
1967年、トヨタグループの創始者である豊田佐吉氏の生誕100年を記念して発売されたトヨタ・センチュリー。以来およそ半世紀に亘って、皇室や大企業のトップなど、各界のエグゼクティブに愛され続けている日本を代表するショーファードリブンカーだ。
【ニッポンの名車】匠の技術で生産! 唯一無二の超高級車トヨタ・センチュリー
センチュリーの最大の特徴のひとつは、一般的な量産車とは一線を画す比類なき高品質。それを支えているのは、研ぎ澄まされた感覚と高度な技能を持った「匠」と呼ばれるセンチュリー専任の作業者たちだ。
ボディの生産や塗装、組み立て、さらには最終検査に至るまで、選ばれた少数の専任作業者たちによる手作業工程を数多く採用。もはや工業製品というよりも、工芸品と呼んでも大げさではないほど「手作り」のクルマとなっている。完成したクルマについても1台ごとに「ヒストリーブック」と呼ばれる検査結果を記したバインダー状の記録冊子が作製され、そこにはひとつひとつのボルトの締め付けトルクまでが記録されるという徹底ぶりだ。
そのセンチュリーが21年ぶりのフルモデルチェンジを実施。開発テーマは「継承と進化」。その狙いについて、開発責任者を務めた田部正人さんは次のように語る。
「後席にお乗り頂く方への最上級のおもてなし。そしてトヨタが誇る匠の技。こうしたセンチュリーのDNAをしっかりと守りながら、そこに20年分の進化を盛り込み、日本の新しい高級車像を確立させること。それが新型センチュリーの目指したものです」
たとえば、吸い込まれそうな深みをたたえた鏡面仕上げのボディカラー「エターナルブラック〈神威〉」も、伝統を「継承」しながら、さらなる「進化」によって実現したものだ。
「黒のボディカラーは、先代では5コートだったものが、新型では7コートへと進化しました。3つあるクリア層のうち、ひとつには黒染料入りのカラークリアを採用しています。染料は非常に粒子が細かくて光を反射しないため、より深みのある漆黒感が出るんです。これだけでも一般的な量産車の倍以上の手間です。ですが、ひとつひとつの層にわずかな凹凸が残ったままで次の層を塗り重ねてしまうと、完璧な鏡面には仕上りません。そのためセンチュリーでは、3回に亘る『水研ぎ』工程を繰り返しています。これは塗装の『匠』が、流水のなかで、素手で仕上がりを確かめながら微細な凹凸を修正するというものです。さらにそのあとで『鏡面仕上げ』のための磨きを行うことで、ようやくあれほどの平滑性と艶を実現できるんです」
匠たちが作るセンチュリーはわずかなバラつきも許されない
近年の大量生産車の生産ラインでは、早いものでは1分に1台の割合でクルマが完成する。だが、センチュリーは1日に生産可能な台数はわずか3台。実際には2~2.5台程度が1日の生産台数となるという。
企画の当初から新型の開発プロジェクトに携わってきた西村美明さんにも、センチュリーのこだわりの数々を聞くことができた。
「自動車の生産工場というのは何千人もの作業員たちが働いている場所ですが、センチュリーのメインラインでは基本的に6人で1台のクルマを組んでいます。ひとりが受け持つ範囲が非常に広いんです。ですから工程の前後の関係を見ながら作業することができます。たとえばいくつもの部品を仮止めしてから、最良の調整を行って本止めするといったこともできるんです」
室内中央にあるタワーコンソールの位置調整もそのひとつだ。前席左右のシートの真んなかに備わっているため、ほんのわずかな傾きがあっても、後席に座る人の目には違和感が生じてしまう。工業製品というものは、どれほど精度が高くとも、微細な個体差が生まれてしまうものなのだが、センチュリーでは、そのわずかなバラつきさえも感じさせないよう、組み付けの最終段階で人間の目と手による位置調整を行い、もっとも美しく見える位置で固定しているのだ。
「建て付けのよさは、質感に大きく影響する要素です。人間の目はとても繊細ですからね。ほんの小さなすき間や傾きがあっただけでも、質感の違いを感じてしまうんです。複数の部品を建て付けよく組み合わせるためには、それぞれの部品にいくつもの基準穴を設けて、それを合致させることで位置を合わせる方法と、長穴のような調整マージンのある穴を利用して組み付けを調整する方法とがあります。センチュリーではそれぞれの箇所で最適な手法を選び、また両者を組み合わせることで、最上の建て付けのよさを実現しています。外観について言うと、ドアの下にあるメッキモールも上下方向を調整できるようにしてあり、組み付けの最後の段階で匠による調整を行い、固定しています」
新型センチュリーの実車を見る機会があれば、ドアの表面とその下のメッキモールの映り込みにも目を向けることをお勧めする。クルマが置かれた場所に駐車ラインなどの白線が引かれていれば、そのラインの輪郭がわずかにもゆがむことなく美しくボディに映り込んでいるのを確認できるはずだ。
この美しさは、塗装技術や塗料の進化はもちろん、匠の専任作業員による研ぎや磨きの技、そして彼らの研ぎ澄まされた感覚など、どれかひとつが欠けただけでも実現することはできない。田部さんはさらに次のように語る。
「その実現のためには、高いプレス技術も必要になります。もともとの板金のできが悪ければ、いくら研ぎや磨きで匠が高い技能を発揮しても、美しい映り込みはできません。新型センチュリーでは、ボディサイドの伸びやかなキャラクターラインに『几帳面』という技法を採用しています。これは平安時代の屏障具(へいしょうぐ)の柱にあしらわれていた面処理の技法です。細い2本の線を通すことで1本に見せるというとても精緻な表現です。これも非常に高度なプレス技術がなければ実現できませんし、そのうえセンチュリーでは、型から抜いたあとも、匠の専任作業員がごく小さな力で叩いて修正を行っています。匠たちは、私には見分けが付かないような微細な歪みも見逃しません。これらも一朝一夕では絶対に身に付かない技術なんです」
後席の方にごくわずかな違和感さえ感じさせてはいけない
こうした高度な技能を、若い世代に伝承することも、センチュリーというクルマの大きな役割のひとつ。先代センチュリーは2017年1月に生産を終了しているが、それから新型の生産がスタートするまでの約1年半、ベテランたちは若い作業員とペアを組み、マンツーマンによる技能伝承を行ったという。
今回のフルモデルチェンジを「式年遷宮」に例える声がトヨタ社内ではあったという。式年遷宮とは、日本を代表する神社である伊勢神宮が、20年に一度、社殿や神宝を新しく作り直すという1300年も前から続けられている儀式のこと。高度な技能を必要とする造営技術が伝承されるための機会にもなっているわけだが、21年ぶりに実施されたセンチュリーのフルモデルチェンジは、まさにトヨタにおける式年遷宮と言えそうだ。
高度な技能による最上級品質の実現は、デザインや建て付けなどの静的な部分にとどまらない。開発プロジェクトの牽引役のひとりである吉ヶ崎 建さんに聞いた。
「動的な部分、たとえば足まわりの組み付けなどでも徹底して行っています。アクスルやボディの素性をデータ化することで、それぞれのわずかな個体差の把握を行い、さらには間に入るブラケットなどの選択による調整作業を行うことで、バラつきを抑えた最良の組み合わせとなるように作っているんです。センチュリーがもっとも大切にしていることは、最上のくつろぎ空間を提供する移動手段であることです」
「そのためには、乗員の方にほんのわずかな違和感も覚えさせてはいけません。むしろ、そうした『違和感』という存在があることすら忘れてしまうような、そんなセンチュリーだからこその世界観を構築することを大切にしています。矛盾した言い方になってしまいますが、徹底的に違和感を排除することで、なにも感じなくなってしまうような、そんな高いレベルの心地よさ、気持ちよさを味わっていただきたいというのがわれわれの想いなんです」
一般的な市販車では、完成後に個体ごとに2~3km程度の距離の走行テストを実施するが、センチュリーでは50kmにもおよぶ。品質検査にも匠の技が生かされ、2名ひと組になった検査員が走行時の静粛性についても厳重なチェックを行っている。
この静粛性の進化も、今回の開発のこだわりのひとつ。搭載されるエンジンは環境性能の進化を目的に、先代の12気筒から8気筒ハイブリッドへと変更されているが、新型では後席乗員がエンジンのかかったことに気付かないレベルの静粛性を目指したという。マウント系のチューニングや、エンジンがかかった瞬間のトルクの立ち上がりにもこだわったほか、エンジン音と逆位相の音を発することで室内のノイズを打ち消すアクティブノイズコントロールシステムでは、集音マイクを一般的なシステムの3つから4つへと増設し、より高いノイズキャンセル効果を実現。
「室内天井に貼るサイレンサーという防音材は、一般的なクルマの場合、天井の骨の間に収まりやすくするため、ある程度の隙間を作って内装材にあらかじめ貼り付けておき、丸ごと貼り付けるんですが、センチュリーでは実際に専任作業員が天井を見上げながら骨の間に手作業で隙間なく貼り付けています。フロアも同様です。トンネルなどの貼り付けづらいふくらみ部分も、丁寧に手貼りすることで隙間なく貼り付けているんです」と、吉ヶ崎さんがこう語る、こうした労を惜しまない細やかな工夫は、後席の乗員に最上級のおもてなしをするためのもの。
作り手の魂や心を引き継ぐこともセンチュリーの使命
センチュリーはトヨタ自動車東日本の東富士工場で生産されているが、今回の開発プロジェクトにトヨタ自動車東日本から参画した村田重光さんから、次のようなエピソードを聞かせてもらった。
「新型の開発にあたり、私たちは『快適性ワーキング』というアイディアを出し合う独特な会を立ち上げました。お乗りになる方が、まずクルマを見る、そして乗り込む、座る、車内で過ごす、降りる、さらにはクルマの後ろ姿を見送るまでのすべてのシーンにおける『見る』『聴く』『触る』を徹底的に掘り下げ、そこで出された意見やアイディアをひとつひとつの部品に落とし込むといった試みを行ったんです」
「この会議は週に2回、各領域の部品設計や評価部署、製品企画のメンバーやエンジニアなども出席して、ずっと積み重ねてやってきました。お乗りになっていただく方がくつろぐための姿勢はもちろん、さまざまな年齢の方が室内で快適に疲れずに読書ができる読書灯の色温度の検討や、足もとに物が落ちても拾いやすいランプの明るさや照らし方など、後席の方のあらゆる動作を想定して快適性の追求を行ったんです。開発メンバーの全員が誰かに強制されることなく、むしろプライドを持って積極的にやってやろうという気持ちにさせてくれるのは、やはりセンチュリーが特別な存在だからだと思います。センチュリーの開発テーマにある『継承』は、私たちにとって、作り手の魂や心を引き継ぐことでもあるんです」
最後に開発責任者の田部さんが、さらに付け加えてくださった。
「新型ではとくに運転のしやすさにもこだわって開発しました。運転する方がストレスなくドライブできれば、後席の方を気づかう余裕が生まれますし、より安全に運転することもできます。結果、運転のしやすさも後席の方へのおもてなしにもなります。一切の妥協を許さず、やれることをすべてやり切る。それがセンチュリーというクルマです」
開発者全員が掛け値なしに最高級のクルマを作ろうという想いで臨んだと語る田部さん。新型センチュリーは、トヨタ自動車の匠の技の結集というだけでなく、エンジニアたちの熱い信念と高いプライドの結晶であるとも言えそうだ。
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