■愛らしいフォルムで街になじむウォークスルーバン「クイックデリバリー」
今や私たちの生活に欠かせない宅配便。その業務を担う車両はさまざまですが、「宅配業者が使うバン」で思い浮かぶのが、ヤマト運輸などが使用していた高い車高に小さなボンネットを備えた愛らしいフォルムの通称「ウォークスルーバン」ではないでしょうか。
しかし近年、こうしたウォークスルーバンの姿を街で見かけることも少なくなってきました。ではなぜ、ウォークスルーバンは数を減らしているのでしょうか。
【画像】懐かしの「クイックデリバリー」と最新「EVウォークスルーバン」を写真で見る(62枚)
通常、宅配や集配などに用いられるトラックは、運転台(キャブ)と荷台が分かれており、その間を行き来することはできません。
しかし運転席からそのまま車内を歩いて荷室にアクセスできるウォークスルーバンは、ドライバーが車外に出なくても良く、また車内の高さを大きく取っている車両が多いことから、車内で立って作業ができるという大きなメリットがあります。
ドアもスライド式や折り戸が採用されている場合が多く、道の端に寄せても乗り降りがしやすいのも利点です。
アメリカでは戦前からすでに登場しており、宅配のみならず人員輸送、ケータリング、現金輸送、郵便まで幅広く使用され、そのどこかユーモラスな姿は、ハリウッド映画などでもおなじみの存在といえるでしょう。
一方日本では1982年、トヨタが開発した「クイックデリバリー」が最初のモデルでした。
クイックデリバリーは、「クロネコヤマトの宅急便」でおなじみの宅配便大手・ヤマト運輸の依頼により、トヨタが開発したウォークスルーバンです。
その依頼とは、「ドライバーが車内で屈まずに作業ができるクルマを開発してほしい」というもの。
これを受けたトヨタは、同社の商用車「ハイエース/ダイナ/トヨエーストラック」のシャーシを活用。その上に、直線・平面で構成された箱型車体を載せるという方法で、室内高約1800mmを確保したウォークスルーバンを生み出しました。
屈強なハシゴ型フレームや長いドライブシャフトも持つ後輪駆動のトラック・バンは、構造上、床面が高くなってしまいますが、リアタイヤを小径化して床面のフラット化を実現していた「ジャストロー」仕様のシャシを選ぶことにより、その問題に対応しています。クイックデリバリーのリアタイヤが小さいのはそのためです。
当初は販売店やベースシャシ・全長の違いなどに合わせ、積載量2tクラスを「ダイナ クイックデリバリー」「トヨエース クイックデリバリー」、同1tクラスを「ハイエース クイックデリバリー」という車名で販売していましたが、その後、それぞれ「クイックデリバリー200」「クイックデリバリー100」というシンプルなネーミングに変更されています。
ウォークスルーバンという特性と、宅配に特化した設計を生かし、クイックデリバリーはヤマト運輸を代表する車両に発展。細かな改良や数回のモデルチェンジを行い、2016年まで生産されました。
とくに1999年のモデルチェンジは大掛かりで、平面のみで構成されていた車体・窓ガラスにカーブがついて、やさしい印象に変化しています。
宅配用車両として優れた素質を備えていたクイックデリバリーは、当初はヤマト運輸専用車でしたが、のちにヤマト運輸以外の宅配業者でも用いられたほか、車内で立てるという特色を生かし、ケータリングカーとしても活躍しています。
しかし2000年頃から、クイックデリバリーは再びヤマト運輸のみに販売されることになったため、中古車市場で2000年以降の同モデルを見つけることは難しくなっています。
なお、2001年にはクイックデリバリー100の後継「アーバンサポーター」が登場し、ヤマト運輸以外の一般需要にも供給されましたが、こちらはわずか3年ほどで販売を終えてしまいました。
■宅配便需要の変化で廃止されるも、EVの後継モデルが実証実験中
このように現場の声を受けて誕生し、長年にわたりヤマト運輸を支えてきたクイックデリバリーですが、2016年に生産を終えたことにより、街中で走る姿を見かける機会は年々少なくなっています。
ではどうしてクイックデリバリーに直接の後継車がなく、消えていく運命にあるのでしょうか。
その理由は、車両価格が通常のトラック・バンより高いことと、時代の流れを汲んだ宅配サービスの変化でした。
そのサービスのひとつが、1988年からスタートした、冷蔵品を冷たいまま届ける「クール宅急便」です(1993年からは冷凍品も輸送可能)。
しかしクイックデリバリーでは、車内にクール宅急便用冷凍・冷蔵庫を床置きで備え付けており、取り出すには上部のフタを開閉する必要がありました。すると、その上には荷物が置けなくなってしまい、積載性に影響が出るようになりました。
この冷凍・冷蔵庫は荷室の右半分を占めていたため、大型荷物が積みにくい、という事情も発生しました。
また都市部でクルマが停めにくい場所などでは、台車や自転車などを活用した集配を行うなど、宅配方法も進化した結果、車体が小さめで狭い道にも入っていけるクイックデリバリーの利点や優位性が薄くなったことも挙げられます。
クイックデリバリーの生産終了後、これを置き換えているのは、通常の2トンクラストラックです。ウォークスルーはできなくなりましたが、近年のトラックは、拡大するクール宅急便需要に合わせ、仕切りを可動させて冷凍・冷蔵スペースのレイアウトを変更できる仕様も登場。使い勝手の向上が進められています。
一方ヤマト運輸では、「2050年CO2排出実質ゼロ」を長期目標として掲げており、低炭素車両導入の一環として日野の電気自動車「デュトロ Z EV」の実証実験を2021年からスタートさせています。
デュトロ Z EVは、外観こそ2トンクラストラック「デュトロ」のパネルバン風ですが、機械的部品を少なくできるEVの利点を生かし、前後のウォークスルーを実現しているのが大きな特徴です。
床面地上高はクイックデリバリーの約800mmに対し、約400mmという低さを可能としました。クイックデリバリーでは約2.6mあった全高も、デュトロ Z EVは約2.3mに抑えられています。
このように時代に合わせて進化を続ける宅配用車両ですが、その礎のひとつになったクイックデリバリーのスピリッツは、新たにこうして受け継がれていると言えます。
※ ※ ※
クイックデリバリーは、前述のように宅配用車両として優れた機能を誇りました。そこで各社も独自のウォークスルーバンで追随しました。ここでは手短にそれらを紹介しましょう。
同門トヨタでは、クイックデリバリーの弟分的な存在として、長めのボンネットを持った「デリボーイ」を販売していたほか、日産は、同社の小型トラック「アトラス」をベースに「アトラスウォークスルーバン」(初代ベース)、「アトラスロコ」(2代目ベース)を、1980年代から1990年代にかけて販売。ほかに変わったモデルでは、明確なボンネットを備えた「ダットサントラック ウォークスルーバン」も存在しました。
トラック・バスの大手、いすゞは、1970年代にもウォークスルーバンを製作していましたが、クイックデリバリーに類するモデルでは「エルフUT」「ビギン」を用意。「ビッグホーン」に大きな箱をつなげたようなデザインの「ハイパックバン」も異色の存在でした。マツダは「タイタン ウォークスルーバン」を、三菱ふそうも「キャンター ウォークスルー」を開発しました。
しかしいずれのモデルも、クイックデリバリーの牙城を崩すことはできず、おおむね短命に終わっています。
なおいすゞでは、2011年からアメリカ市場で「リーチ」という比較的大きなウォークスルーバンを販売していますが、日本では展開していません。
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