6輪ティレルが、モナコのオークションを席巻?
F1モナコGPの舞台であるモナコは、クラシックカー愛好家にとっても夢の国。2年に1度、クラシック版モナコGPである「グランプリ・ドゥ・モナコ・ヒストリーク」が開催されるのみならず、それに付随するかたちでRMサザビーズ社の「MONACO」オークションも大々的に開かれます。7回目を迎えた2024年は、5月10日から11日に、地中海に面した見本市会場「グリマルディ・フォーラム」を舞台とし、115台の「お宝」的なクルマたちが、2日間にわたって競売ステージを飾り、最大の目玉は往年のF1ワールドチャンピオン、ジョディ・シェクター氏の個人コレクションでした。今回はその出品車両のなかから、シェクター氏をレジェンドたらしめたもっともアイコニックな1台、ティレル「P34」を俎上に乗せ、モデル概要とオークション結果についてお伝えします。
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F1GP史上もっともサプライズにあふれたマシン
英国『モータースポーツ』誌の欧州特派員として尊敬を集めるいっぽう、1955年の「ミッレ・ミリア」では優秀無比なコ・ドライバーとして、スターリング・モス卿とメルセデス・ベンツ「300SLR」の伝説的勝利に貢献したことでも知られるデニス・ジェンキンソンが言葉を失うことは、あまりなかったそうだ。しかし1975年の初秋のある日、ケン・ティレルに誘われ、正式発表に先立ってチームの新型F1マシンを目の当たりにしたときは、驚きでしばらく無言になったという。
6輪のティレル「P34」は、開祖「001」からティレルの各マシンを設計してきたデザイナー、デレク・ガードナーが1960年代後半に北米インディカーの4輪駆動システムを研究していたときに思いついたまま、放置されていたプロジェクトだった。
ところがそれから数年後、同時代のF1グリッドに並ぶライバルの大半が同じ「フォード・コスワースDFV」エンジンで拮抗する中でのアドバンテージを模索するため、彼はこのアイデアを再び検討することになった。ガードナーの計算では、4つの小さなフロントホイールとすれば、通常は2つの標準的なホイールが発生する空気抵抗を大幅に減らすことができる。また、ブレーキ性能の向上も期待できると考えた。
そこで当時F1用タイヤをワンメイクで引き受けていたグッドイヤー社は、10インチのフロントホイール用に特注のタイヤを作ることを承諾し、P34は極秘裏に開発された。1975年9月22日、世界中の報道陣の前で正式に発表されたとき、このクルマをどう評価すべきかは誰にもわからなかった。単にPRのための演出ではないか……? という声さえあったとのことである。
しかしガードナーのコンセプトは、間違いではなかった。まずはパトリック・デパイエが1976年スペインGPでP34をデビューさせ、予選3番手につけた。いっぽう、古い4輪の007に乗るチームメイトのジョディ・シェクターは14番手だった。その後ベルギーGPではシェクターもP34を駆って4位入賞。モナコGPでは2位でフィニッシュした。
そしてP34の初栄冠は、この年のスウェーデンGP。予選でポールポジションを獲得したシェクターが見事な優勝を飾った。デパイエも2位でゴールし、この年のF1ワールドチャンピオンシップ、コンストラクター部門を3位で終えた。
翌1977年シーズンも、ティレルはデパイエとロニー・ピーターソンを擁してP34によるレースを続けたが、ガードナーはこの年をもって離脱し、1978年シーズンになるとティレルのマシンは従来の4輪レイアウトの「008」へと回帰することになった。
しかしティレルの「6輪車」P34は、史上もっとも有名なF1デザインの1つとして、「たいれる」のロゴマークとともに1976年の「F1世界選手権イン・ジャパン」を走った日本を含む、世界中のレースファンから愛されているのだ。
当時物のヒストリーがあれば、もっと高かったかも……?
このほどRMサザビーズ「MONACO 2024」オークションにて「ジョディ・シェクター・コレクション」の1台として出品されたティレルP34はシャシーナンバー「8」。当時ティレルのファクトリーで製作されたが、長らく「ピン止め」された状態のスペア用タブとして保管されていたシャシーを利用して製作されたものである。
1990年代に入ると、のちに「マクラーレンF1-GTR」とともにル・マン24時間レースでも活躍したレーシングガレージを主宰するポール・ランザンテが、このモノコックタブとそのほかのP34用パーツ一式を購入し、1992年にトビー・ビーンへと売却した。
その後、アメリカのヒストリックレース・スペシャリスト「RMモータースポーツ」社のバド・ベネットが1995年にこのプロジェクトを購入し、完成に向けて着手したのち、メキシコの新聞王にして、モータースポーツ愛好家のロドルフォ・ジュンコに売却した。
P34はその後、2008年の「モントレー・ヒストリック・ミーティング」において、1970年代にはF1レースに出場歴もあるロドルフォの息子、ルディのドライブによって優勝を果たした。さらに2年後のラグナ・セカ(モントレー・ヒストリック・ミーティング)では、今度はバド・ベネットの息子であるクレイグ・ベネットがドライブした。
そしてジョディ・シェクター・コレクションに加わったのち、このティレルP34は「カーフェスト・サウス」でも定期的に展示されてきたとのことである。
現在でも正しいスペックの「フォード・コスワースDFV」エンジンと英「ヒューランド」社製ギアボックスを搭載し、スペアノーズや多数のタイヤにくわえて、さまざまなステアリングおよびサスペンション用コンポーネントなどを含む大量のスペアパーツも、マシンとともに落札者に引き渡されるとのことだった。
ジョディ・シェクター氏のコレクションから直接販売されるこのティレルP34は、これまで製造されたF1カーの中でもっとも象徴的で、ひと目でそれとわかるもの。クラシックF1マシンの価値が高騰している現在では、非常に魅力的なオファーともいえた。
RMサザビーズ欧州本社はシェクター氏との協議のうえ、45万ユーロ~65万ユーロのエスティメート(推定落札価格)を設定。ティレルP34の人気や歴史的価値を考慮すれば、かなり安価なプライス設定にも感じられるが、それは現役時代のレースヒストリーのない、スペアパーツで組まれた個体だからと思われる。
くわえて、今回の競売においては最低落札価格を設定しない「Offered Without Reserve」としたのも注目すべきこと。この「リザーヴなし」という出品スタイルは、金額を問わず確実に落札されることからオークション会場の雰囲気が盛り上がり、ビッド(入札)が進むことも期待できる。ただしそのいっぽうで、たとえビッドが出品者の希望に達するまで伸びなくても、オークションを停止できないという二律背反的リスクも持ち合わせる。
そして世界のファン注視のもと、迎えた2024年5月11日の競売では、エスティメート上限を40万ユーロ近く上回る104万ユーロ、日本円に換算すると約1億7800万円という、驚きの高値で落札されることになった。
オークション公式ウェブカタログでは、権威ある「モントレー・ヒストリック・レース・ミーティング」での過去の優勝マシンであり、現時点でも「世界中の歴史的なレースイベントに出場資格がある」と謳っている。
とくに後者の出場資格が、たとえばクラシックF1レースの世界最高峰である「グランプリ・ドゥ・モナコ・ヒストリーク」などでも有効とされるならば、今回の落札者は非常に良い買い物をしたことになるだろう。
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みんなのコメント
昔のF1を知る日本人には「たいれる」がしっくり来ますね!
ヒストリーの無いスペアシャシーからの製作でこの値段なら、ジョディ・シェクターとかが搭乗した優勝車とかだと、その数倍はするのだろうね。
一見の価値はあると思います。