こちらの記事は2016年11月に有料配信したものを無料公開したものです。
「クルマは走ってナンボ」ということを主張する人は少なくないが、実は止まっているクルマの評価も重要だ。自動車メーカー業界では、これを「静的評価」と呼ぶ。走っての評価は「動的な評価」、「ダイナミック評価」などと呼び、主として専門教育を受け、経験を積んだテストドライバーが担当する。
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もちろん、稀に専門のテストドライバーではなく、同じ自動車メーカーの事務職の社員や女子社員が試作車を運転するケースもある。これは一般のドライバーがどう感じるか、どのように反応するかをチェックするために行なわれる。
■プロも行なう静的評価
一方の静的な評価は、テストドライバーの所属する実験部ではなく商品実験部署が担当する。商品実験、商品監査などと呼ばれる部署は、開発段階での個々の性能、走りの総合性能評価を受け持つのではなく、完成するであろう新しいクルマを、ユーザー目線で客観的に評価する部署だ。
そのため、一般のユーザーが使用してどう感じるか、ユーザーが不満を持つような欠点はないかをチェックする。また、同じカテゴリーの競合車と比べてどうか・・・など様々な視点で実験評価する。
例えば、スライドドアや特殊なドア形式を採用したよう場合は、休日に社員の子供を集めて新型車を置いた部屋で遊ばせ、ドアの開閉などで手を挟まれたり、操作に戸惑ったりすることがあるかどうか、といった点を検証するのもこの部署の仕事なのだ。
また、クルマの見た目の品質や、質感のチェック、競合車との比較も重要な評価ポイントとなる。さらにこの静的評価は、販売店のセールスマン研修でも行なわれることが多い。
この場合は、新型車とライバル車が集められ、チェックシート(点数表)を手にして、クルマの外観の細部や、インテリアの見え方、手触り、使い勝手、質感などを順番にチェックし、チェックシートのそれぞれの項目に点数や感想を記入するという方法が採られる。
セールスマンはこうした静的な評価を行なうことで、自分が販売するクルマの特徴や優位性、欠点を把握することができ、実際の販売の現場でセールストークの材料として役立つのわけだ。
もちろん、メーカーの実験エンジニアや販売店のセールスマンではない、ごく一般のユーザーでも、こうした静的な評価方法を知るとクルマを見る目が変わり、よりそのクルマを理解しやすくなるので、知っていて損はないのだ。
では具体的な静的評価のポイントを紹介しよう。
■ 外観の評価方法
・ 全体のデザイン:コンセプトに合致しているかどうか。多くの人に好まれるか。
カッコいいか、どうか。
・ デザイン表現:独自性があるか、きちんと作り込まれているか(ボディの面の抑揚、仕上げや、キャラクターラインなどのプレス処理がきちんとされているか。
・ 塗装:仕上げの美しさ、深みなど。
・ ボディパネルの仕上げ:ボンネット、ドア、トランクリッドやリヤゲート、バンパーなどの隙間の大小、精度。開閉時の操作性や開閉音。ウインドウ・モールの作り込み、見え方。
・ ホイールハウス内の内張り:走行時の砂や泥の巻上げ、雨天時の水はね音を抑えるためには内張りの有無や、内張りの仕上げも重要。高級車では植毛樹脂ライナーが使用されている。
これらの項目が主なチェックポイントとなる。
ボディの面の大きな曲面や、キャラクターラインのエッジがしっかり出るかどうかは、自動車メーカーの板金プレス技術に左右される。当然ながら強い曲面やシャープなエッジを出すのはプレス技術的に難しい。そうした点をきれいに処理していると見栄えもよく、プレス技術が高いことを示す。プレミアムクラスでは、こうしたボディパネルの美しさを表現するために、複数回のプレスを行なうなどコストをかけているのだ。
ボディカラーの塗装も同様で、高級車ほど時間をかけて入念に何層もの塗装を行ない、カラーの発色、深みを表現し、ぱっと見たときの色の質感を高めている。
ドアやボンネット、トランク、バンパーなどは、ボディ骨格に後から取り付けるが、それぞれの合わせ精度、取り付け隙間の狭さなどもクルマ全体の見栄え、質感に大きな影響を与える。
この点は、高級車といえどもハードルが高い。精度を高めるためにはそれだけの生産ラインでの高精度な作り、取り付け法と、決められた基準内になっているかどうかの計測装置が必要になるからだ。
現在ではアウディのボディパネル間の隙間の狭さが世界基準でトップとされ、日産スカイラインGTがこれと同等かやや上回るとされている。もちろん、これを実現するために生産ラインで高精度な取り付け法や検査システムが導入されている。
さらに、ドアやボンネットなどはパネル間の隙間から下地が見えるかどうかも見栄え品質を左右する。例えば単純なボンネット構造では、斜め上から隙間を見るとフェンダー側のパネルが見えてしまう。
これを防ぐために上級車はヘミング処理と呼ぶパネルの端を丸めるプレス処理を加え、フェンダー側のパネルが見えないように、さらにボンネットとフェンダー側の隙間を狭く見せるようにしている。
前後のドアの隙間は空力対策もかねてゴムでシールする、ドアパネルの間の隙間の下側を盛り上げる形状にすることで隙間を狭く見せるという手法もある。
また、ドアやボンネット、トランクリッドなどの開閉音や操作フィーリングも、クルマの質感を見る上で重要だ。ヨーロッパ車では、ドアハンドルの操作フィーリングは、柔らかいバターをナイフで切る感触にすることが理想とされる。
昔の高級車は、金庫の扉を開け閉めするような固い、重厚なフィーリングが追求されたが、現在ではより軽やかで滑らかなフィーリングが良いとされている。
高級車といわれるクルマでも味気ない操作フィーリング、開閉音になっているクルマも少なくない。というのも開閉フィーリングや、閉めたときの音は、ドアの蝶番の構造、ドアを受け止めるラッチ金具、さらにドアのボディ側のゴムシール/ウェザーストリップの気密性、ドアの剛性、車体側の剛性など、多くの要素が関連しているため、一朝一夕で改良することは難しく、少量生産のクルマでも職人は微調整するにも限度があるからだ。
ラグジュアリークラスのクルマはサイド・ウインドウ周りにクロームメッキ・モールやアルミ製のモールを付加している例も多い。このモールも、どこに継ぎ目があるのか、あるいは継ぎ目の見えない一体のモールなのか、なども見栄え品質を左右する。
一時のアウディのアルミ製モールの場合、使用過程で酸性雨の影響で錆、雨滴痕が付いてしまうといった問題もあったが、こうした使用段階での見栄え品質も無視できない。
また通常は見えにくいが、ルーフとサイドパネルとの左右の溶接継ぎ目を樹脂製カバーにしているか、まったく継ぎ目が見えない仕上げとしているかも見栄えとしてはひとつのポイントとなる。この点は生産ラインでの追加設備の有無が影響し、プレミアムカーといえども樹脂製カバーとしているクルマも少なくない。
継ぎ目なしの仕上げになっているクルマは、ルーフとサイドパネルを溶接後にさらにその上から半田を流し、最後に表面を平面に研磨するという手間をかけているのだ。つまり、通常の溶接以外に、半田溶接と研磨の工程が追加されている。
日本車でこれを実現しているのは最新のレクサスのみである。
<次回へ続く>
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